愛されない寵愛メイドの逃避行~捨てられたオメガの辿り着く場所~

潮 雨花

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涙のプロポーズ

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「ルクレール。貴様、どういうつもりだ!」

ドレイクの怒声に、ルクレールの背後に隠れていたノアの肩がビクリと震えた。

「大声出すんじゃねぇよ! しばかれてぇのか!?」

それに負けず劣らず、ルクレールが怒鳴り散らす。
だがすぐにノアへと穏やかな視線を送り「大丈夫よ」と彼にだけ聞こえる声で囁いた。

「ノアは私のオメガだ! 貴様もアルファならそれが誰のモノかわかるだろう!!」

常に不機嫌そうではあるが滅多に声を張り上げないドレイクだが、今回ばかりはそうはいかないのだろう。
それがわかるだけに、ルクレールはハッと息を吐き捨て、にやりと口元を吊り上げると腰に手を当てた。

「俺はてめぇらみたいなアルファが昔っから気に食わねぇんだよ。オメガを『モノ』『モノ』言いやがって。何様だ!? あぁ!?」

女言葉を使わないルクレールの声はドスが効いており、ディランとドレイクですら怯むくらいの迫力がある。
さらに言えば、ルクレールの方が彼らより長身であり、ふたりを見下ろすような視線も相まって、その勢いもひとしおだ。

「ノアとリラは自分の意思で俺について来たんだよ。その意味が、そのすっからかんな脳味噌じゃ理解できねぇか!?」

ははっ、と皮肉気に笑うと、ディランとドレイクはグッと口を噤んだ。
だがふたりも負けてはいない。
黙っていたディランが一歩前に出て、ルクレールの前で跪いた。

「ルクレール……。頼むよ……。リラに……会わせてくれ……」

涙ながらに訴えられようが、ルクレールの心は一切動かない。
番を失ったオメガを数多く見てきた。
だがその中には、こうして迎えに来るアルファがいなかったわけではない。
しかし迎えに来たからなんだというのだ。
適当に扱ってきたオメガたちがそれまでどんな思いをしてきたのか、本当に理解しているのか。
謝れば良いなんて思っているのではないか。
そんな浅はかな考えで、彼らの望みを叶えてやるつもりなど毛頭なかった。

「ノア! 何をしている! さっさとこっちに来い!」

ドレイクがノアに向かって言い放つ。
それを受け、ノアは明らかに顔面蒼白になり、苦しそうに眉根を寄せ今にも泣きそうな顔になっている。

「ノア。あんたはもう自分の意見をはっきり言える子になったでしょう。あのバカにあんたの気持ちを言ってやんなさい」

背中に縋りついてくるノアの手をポンポン、と叩けば、彼はキュッと唇を引き締め、こくりと頷き意を決した表情で一歩前に出た。

「僕はあなたの所には戻りません」

はっきりと、ノアはそう言い切った。
そして自分の腹に手を添える。
それだけで何を示しているのか、ドレイクは瞬時に気付き、ルクレールを睨みつけた。

「貴様……ッ!」

殴りかかろうとするドレイクだが、床に這いつくばっていたディランがそれを制止する。

「ドレイク、止めろ! 相手はルクレールだぞ!」

焦った声でドレイクを止めるのも当然だろう。
ルクレールの生家は現王国軍の総帥を務める侯爵家であり、幼少期から軍人となるべくして鍛え上げられたその腕っぷしは本物だ。
同じアルファと言えども、本気で殴り合いをすれば敗北するのがどちらかは火を見るより明らかである。

「それにディラン。番のいないお前がなんでここに居る」

ぎろり、とディランを睨みつければ、彼は戦力を喪失したドレイクを離し、床に両手を付いた。

「ちゃんと、許しは得てきた」

つまり、辺境伯の許しが出た、ということだ。
これにはルクレールも奥歯を噛みしめた。

「――あいつ……」

そんな話は聞いていない。
だが最近顔を合わせていなかったので、話すタイミングがなかったのだろう。それでも、人を使う方法はあったはずだ。
それをしなかったということは、敢えてルクレールには伝えなかった、ということなのだろう。
チッ、と口汚く舌打ちをしてから、ルクレールはノアの肩を抱き寄せた。

「あとはあんたの問題よ。あんたの口からちゃんと話さないと帰らないでしょうし。ひとりであのクソ野郎と話せる?」

耳元でそう尋ねると、ノアはこくりと頷いた。

「僕は大丈夫です。この仔たちもいますから」

そう言ってノアは足元でまだ唸っている犬たちへと視線を落とした。
犬たちは毛を逆立て、ルクレールとノアの周りを行ったり来たりしながら、ドレイクたちが近づこうとするのを阻止しているようだ。

「まぁそうね……。あんたたち。ノアになんかあったら、容赦なくあの男の手でも足でも噛み砕いてやんなさい」

ルクレールの言葉を理解しているのか、犬たちは一斉に「ワン!」と威勢よく吠えた。
ノアはルクレールの傍から離れると、しっかりとした足取りで項垂れていたドレイクの目の前まで歩み寄った。

「伯爵さま……」

そう声を掛けたその時、ドレイクはノアを抱き寄せ、無言でその腕の中に閉じ込めた。
犬たちがそれを見て牙を剥くが、ノアはそれを手で制し、ドレイクにされるがまま大人しくしている。
一度は諦めた相手でも、番契約を結んでしまったノアは、ドレイクを本心から拒めないのだろう。
二人の様子に嘆息を零したルクレールは、床に膝をついたままのディランへと視線を移した。

「――来いよ」

短くそう言い、ルクレールはリラの部屋へと入っていく。ディランは自ら立ち上がりその後を追った。







ディランの瞳に移った光景は、信じられないものだった。
寝台には毛布が掛けられ、僅かに盛り上がっている。そこに横たわる人物が誰なのか、視界からはわからない。だがそれがリラだと、ディランにはすぐに理解できた。
毛布からはみ出した銀色の長い髪。そして部屋にわずかに漂う甘いフェロモンの香りは間違いなくリラのモノだったからだ。

「リラ……?」

頭まですっぽりと毛布がかぶせられている。
つまり――。

「そんな……どうして……!」

ディランはその場に崩れ落ち、リラであろうその膨らみの上に覆いかぶさった。

「懺悔でも何でもしろ。リラがどれだけ苦しんだか、お前も味わえば良い」

ルクレールはそう言うと、肩を震わせ、顔を背け、部屋を出て行ってしまった。
二人きりにされ、ディランは震える唇で彼女の名を何度も繰り返した。

「リラ……。ごめん、リラ……。全部僕のせいだ……。僕がキミを愛してしまったから……。キミのことが何よりも大切だったんだ……。キミを傷つけないようにしていたのに、逆に傷つけてしまった……。僕が……、僕は……!!」

毛布を握りしめ、ディランはその上から彼女の身体に顔を埋めた。

「リラ……愛してる……。愛してるんだ……」

ここに来るまでの間、彼女に伝えたい想いがたくさんあったはずなのに、その言葉しか出てこなかった。
どんなに謝罪を積み重ねても、愛を囁いても、もうリラには届かない。
そのショックで気が狂いそうだった。
唯一無二の自分だけのオメガを失ってしまった。
その絶望感にディランは声を殺してむせび泣く。
どれくらいそうしていただろう。
僅かに毛布が捲りあがり、リラの左手が露わになった。
その手は骨と皮で、かつての柔らかさの欠片もない。
震える手で彼女の左手を握りしめたディランは、ローブのポケットから小さな小箱を取り出した。
パカッ、と乾いた音を立てて開いたその箱の中には、ふたつのリングが収まっている。
二つの内、細身で小さい方を手に取ると、ディランはリラの痩せ細ったその指の薬指にリングを滑り込ませた。
僅かにサイズが合っていないのは、彼女が痩せてしまったからだろう。

「キミの行方を捜している間に、ウエディングドレスも用意したんだ……。キミに許してもらえたら、プロポーズをするつもりで……」

でもキミは嫌だというんだろうね、とディランは乾いた笑みを浮かべた。

「――それでも、諦められないんだ……。ねぇ……リラ……? 僕も、キミの傍に逝ってもいいかな……?」

リラの細い手に自分のソレを添え、リングが嵌まった指に口づけを落としたディランは、緩慢な仕草で腰の短剣を引き抜いた。

「リラ……」

ディランが短剣を自分の首へと添える。そしてグッと力を込めた瞬間、ヒュンッと何かが飛んできたかと思えば、ディランの手から短剣が壁へと叩きつけられた。

「馬鹿なことしてんじゃねぇよ!」

外に出ていたルクレールがいつの間にかディランの背後に立ち、足で短剣を蹴り飛ばしたようだ。

「ルクレール。頼む。リラと同じ場所に逝きたいんだ……!」
「甘えたこと言ってんじゃねぇ!」

言い終わるか否か、ルクレールの拳がディランの頬を殴りつけた。
床に転がった青年を一瞥した後、ルクレールは大仰な溜息を吐いた。

「――だそうだけど、あんた、どうすんの?」

ルクレールが毛布を鷲掴みにし、勢いよくそれを剥いだ。
彼らの前に、リラの姿が露わになる。
彼女は大きな瞳を溢れそうな大粒の涙で潤ませ、顔を真っ赤にして息を殺して震えていた。

「とっくに起きてたんでしょ」

ふっ、と息で笑うルクレールの瞳にも、わずかに涙が浮かんでいる。

「っ……!」

こくこく、と頷くリラを目の当たりにし、ディランは床に尻餅をついたままの格好で固まってしまっている。
リラは僅かに顔を横に傾け、硬直するディランへ手を伸ばした。

「ご、しゅじ……さまぁ……」

擦れた声でそういつものように呼べば、ディランは弾かれたように起き上がりリラを抱きしめた。
抱き合う二人を蚊帳の外から眺めていたルクレールは、もう一度小さく笑うと「ポリッジでも温めてくるわ」と部屋を後にしたのだった。
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