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61.中期滞在(20)
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「ほぇ? さっきのお客さん、お弁当屋さんだったの?」
突然の来客により、先ほどまでオフィスの奥にある個室で息を潜めていたミオが、目を丸くしながら聞き返してきた。
「そ。まぁ厳密には、宅配もやる弁当屋さんってとこかな。ここいらにある会社と契約してるそうなんだけど、急なキャンセルで持ち戻りが出たっぽくてさ。『せっかくの機会ですから、ぜひご試食を』って事で売り込んできたんだね」
「……ふーん。じゃあ、試食でお弁当を売ってくれたの?」
「いやいや、もちろん今日のはタダだよ。この場合の売り込みってのは要するに、『ウチの弁当宅配サービスと契約してくれませんか?』って意味で営業をかけたかったわけだな」
ミオは「弁当の試食」というのが良く分からないようで、しきりに首を傾げていた。まぁ無理もないな、まだ十歳の子供だし、今日のは偶発的な事情による営業だったわけだし。
「まぁまぁ、とにかく食べてみようよ。まだご飯が温かいうちにさ。気に入ったら、続けて届けてもらうのもいいんじゃない?」
――なんて言ってはみたものの、弁当のボリュームや味が一食分の単価に見合わなければ、ご縁が無かったと断る事をためらってはいけない。ウチの愛しいショタっ娘ちゃんが、「口に合わない」と判断したものを食べ続けさせるのは酷だからね。
もし、さっきの弁当屋さんとの契約に至らなくとも、平日、週五日のお昼ご飯に、宅配弁当という選択肢が増えたのは紛うことなき収穫だ。
「ねぇねぇお兄ちゃん。試食のお弁当箱、大きいのと小さいのが二つずつあるよー。どっちを食べたら良いの?」
ミオが保温バッグから弁当箱を取り出し、並べていくと、確かに箱は四つある。箱そのものの見た目が同じなだけに、ミオは中身の想像がつかないのだろう。
「両方食べていいよ。たぶん、小さい方は白飯だけを詰めたものだから。両方のフタを開けてごらん」
「はぁい。じゃ、開けてみるね。……あっ! ほんとだー。小さい箱の中身は全部ご飯だよー」
「だろ? どうやらこのお弁当を配達してくれる業者さんは、ボリュー……いや、食べ応えのある多さを売りにしてるっぽいね」
もっとも、ただ白飯のみを詰めておくだけでは、どうしても見た目がうら寂しくなる。おそらく、さっきの弁当屋さんも同じ事を考えたからこそ、梅干しと黒ゴマを加え、見栄えを良くしたのだろう。
「あっ! おっきなサバの塩焼きだよぉ、お兄ちゃん!」
補足を求められたら、もう少し踏み込んだ説明をしてあげようと思っていたのだが、どうやらその必要はないらしい。ウチの子猫ちゃんは既に、大きい弁当箱の中で真っ先に目に止まった、ジューシーなサバの塩焼きに心を奪われてしまったようだ。
「へえ、下ろしたサバを一枚丸ごと? たいていは切り身を塩焼きにして、おかずの一品にするから、その手合いだと思ってたんだけど意外だな。ま、とにかく食べるとしますか」
「うん。いただきまーす!」
やっぱり本能には抗えないのだろう。ミオは合掌を終えるなり、真っ先にサバの塩焼きへと箸を向けた。
お手柄だな、弁当屋さん。「災い転じて福となす」って言うと大げさだが、でっかいサバの塩焼きが奏功して、お魚大好きショタっ娘ちゃんのハートを鷲掴みにしたのは間違いなさそうだぞ。
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