あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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一皿目 採用試験と練り切り

その7 あやかしの婚活

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 咲人は菜々美が理解しやすいように、ゆっくりした口調で続けた。

「あやかしも人間と同じように伴侶を選び、子を成し、子孫をつなげている。生命の営みに、人界と異界で変わりはない」
「えっ⁉ あやかしが結婚して子供を生むんですか?」

 目をまたたかせる菜々美を見て、彼は眉根を寄せた。

「何を驚いている。分裂でもすると思っていたのか?」
「いいえ、あの、不老不死なのかと……」
「種族による違いと個体差があるが、我々あやかしは不老長寿だ。どのあやかしもいつかは死ぬ。人間の寿命と比べると長寿ではあるが。だからこそ、結婚し子供を作らなければ、その種族は消滅してしまう。だがその結婚が難しい」

 菜々美は「なぜ、結婚が難しいんですか?」と小声で尋ねた。

「あやかしの人数が減っている分、出会いも少ない。だからこの『甘味堂夕さり』で、あやかしの婚活を手伝っている」
「ここは和菓子店なんじゃ……?」
「そうだ。ここは人界に紛れて暮らすあやかしたちが、美味しい和菓子を食べて休憩するだけでなく、伴侶を探すこともできる甘味堂だ。縁組を仲介したり、相談に乗ったりする。人界の結婚相談所みたいな役割を兼ねている。それから……」
「ちょ、ちょっと待って。待ってください」

 菜々美は真っ白になりそうな頭を両手で押さえ、懸命に思考をまとめる。
 咲人の空恐ろしいまでの美貌は、人成らざる者だからだと腑に落ちた。そしてあやかしに結婚の概念があること、人間と同じように、結婚して子供ができることも、一応理解できる。そしてこの甘味堂は、婚活を手伝っているらしい。

「えっと、つまり、ここは結婚相談所ですか?あやかしの……」
「そんな大げさなものではない。和菓子を食べに来た客から婚活の相談を受けたら、話を聞いて身上書を書いてもらい、いい相手を紹介したり、喧嘩したら仲裁したり、手助けをするという場所だ。その奥の棚を見ろ。ファイルがあるだろう?」
「あ、はい」

 彼の視線の先に大きな棚があり、色がついた背表紙が並んでいる。

「あれは、あやかしたちの身上書のファイルだ。独身者の男性は青色のファイル、女性はピンク色のファイルにそれぞれ種族ごとにまとめている。成婚した場合はこちらの黄色いファイルに移し、離婚して再婚希望はこちらの白色のファイルだ」

 青色のファイルを手渡され、菜々美は中をパラパラと確認する。

「名前と種族、職業、同居家族の有無、希望する居住地、好みのタイプ……すごい、本当の結婚相談所みたいです」
「あやかしは人間に比べて寿命が長い。ほとんどが不老長寿だ。だから焦らないのか、独身の俺が言うのもなんだが……」
「咲人さんは独身なんですか⁉」
「ああ。最近、独身で長期間過ごす者が多く、少子化傾向にある」

 あやかしも少子化なんだ。そんなことより、咲人が独身だと知った菜々美の胸に春の日差しのようなあたたかな風が吹き抜け、ふわふわした気持ちになる。

「そうなんですね」
「、こうして人界と異界との狭間に、あやかし専用の美味しいものを食べられる店や、マッサージで心身をリフレッシュできる店、映画館やゲームセンターなどが設置されている。婚活をこの店で始めたのは二十年ほど前からで、その頃から今まで、多くのあやかし達を成婚させてきた。菜々美の作る和菓子なら、きっと喜ばれるはずだ」
「あの、ここは私のような人間も、出入りするのですか?」

 咲人は首を横に振った。

「人界に凄む妖怪へ和菓子を届けたり、馴染みの人間の店に和菓子を置いてもらったり、我々が人界へ行くことはあるが、基本的に人界と異界との狭間には結界が張られている。妖力を出す翡翠のピアスを身に着けていない普通の人間は、結界内には入って来られない」

「このピアスが妖力を出しているんですか?」
「そうだ。妖力で取り付けているから、あまり触れるな。無理に引っ張ると、耳が取れるぞ」

(怖い。このピアスにはできるだけ触らないようにしなくちゃ)

 菜々美はピアスから指を離し、ふぅっと息をついた。

「それから、和菓子について話すのは構わないが、あやかしの存在に関することは、一切他言しないでほしい。家族にも」
「家族にも話せない……?」

 深く首肯する咲人の顔は真剣だ。仕方がない。菜々美は「わかりました」と答えた。

 ふいに、ひっそりした厨房の奥から、トタトタと小さな足音が近づいてきた。

「パパ、どこ……?」

 小さな声が聞こえると、咲人の頬が緩み、切れ長の双眸が優しさを帯びた。

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