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一皿目 採用試験と練り切り
その8 小鬼の鬼之丞
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「えいしょ、えいしょ」
可愛いかけ声と共に、ぴょこっと小さな頭が覗く。手のひらに乗るくらいの小さな鬼の男の子がカウンターによじ登ってきた。
「ふう、登れた」
小さな手で汗を拭う彼は、三頭身くらいで、人形のように可愛い。
髪の色は青色で小さな角が生え、くりくりとした大きな目をして、黄色と黒色の縞模様のパンツを穿いている。
(小鬼のあやかしだ。可愛いなぁ)
菜々美は思わず笑みを浮かべる。あやかしとはいえ、動く小さな人形のような小鬼は全然怖くなく、思わず声をかけてみた。
「あの、小鬼ちゃん……こんにちは」
「ふぁっ、び、びっくりした」
咲人のそばへ行こうとしていた彼は、菜々美に気づいて立ち止まり、ゆっくりと見上げた。
おもわず指先でつつきたくなるような、ふっくらした頬が愛らしい。
「お姉たん、なんでボクの家にいるの?」
「ここは坊やのお家……?」
「うん、ここの二階、ボクとパパのおうち」
小鬼が小さな指で、咲人を指差した。
「パ、パパ? パパって、咲人さんが? パパ……咲人さんが……?」
菜々美の表情が強張り、動揺して同じ言葉を繰り返す。
(咲人さんは独身と言っていたはず。まさか隠し子? でも小鬼ちゃんは咲人さんに似てないような……)
「パパ――!」
「鬼之丞――」
鬼の子供が小さな両手を広げて咲人のほうへ走っていくと、咲人は彼を大切そうに抱きあげた。
小さな頭を指先で撫で、肩にそっと座らせる。
いつもしているのだろう、小鬼は滑り落ちないように、咲人の長い白銀の髪に上手に掴まり、嬉しそうに微笑んでいる。
凍り付くように冷やかな表情が多い咲人の頬が綻み、愛しい人を見つめるように笑みを浮かべている。彼のその眼差しは、父親としての愛情にあふれていた。
「菜々美、この子は友人の子供で、家庭の事情で少し前から預かっている。名前は鬼之丞だ。同じ家に住む家族という認識なのだろう。俺のことをパパと呼ぶようになった」
「そ、そうですか。よろしく、鬼之丞ちゃん」
咲人の子供ではないとわかって菜々美は胸をなでおろし、彼の肩に座っている鬼之丞を真っ直ぐに見つめた。
「お姉たんだあれ?」
「私はこのお店でお世話になることになった桃瀬菜々美よ。どうぞよろしくね」
「ななみ……? ななたん? よろしく!」
か細い声で挨拶する鬼之丞が可愛くて、握手しようと手を差し出すと、がぶりと指先に噛みつかれた。
「いっ……た……」
鬼之丞の小さな口には牙があるようだ。棘が刺さったようなチクリとした感じがしただけだが、それでも驚いて声が出てしまった。
「鬼之丞、いきなり噛んではいけない」
「あいっ、ななたん、ごめんなたい。おなかがすいてたの」
「空腹なのか? できたての練り切りがあるから、これを食べるか?」
先ほど菜々美が作った練り切りが載った銘々皿を見せると、鬼之丞は元気にテーブルの上に飛び下りた。
「わぁ、おいしそう。パパのネリキリだ」
「これは菜々美が作った和菓子だ」
「ななたんが? そっか、パパが作ったんじゃないの……」
不安そうな表情になった鬼之丞が、おそるおそるといった様子で、菜々美が作った練り切りの端っこを、小さな両手でちょんとちぎった。
「いたらきましゅ……」
ちゃんと挨拶をして、ぱくっとかぶりつく。
ぷくぷくした頬を動かして、あむあむと咀嚼する可愛い姿に見入っていると、鬼之丞はごくんと呑み込んだ。
血色のいい頬をさらに赤くして、ぱぁっと顔を輝かせる。
「おいしい! パパが作った次においしいネリキリ。ななたん、ありがとう」
「鬼之丞ちゃん! 嬉しい……!」
美味しいと繰り返し、あっという間に完食した鬼之丞が可愛くて、菜々美は両手で彼を抱き上げてすりすりと頬ずりした。
「ななたん、くすぐったいー」
鬼之丞は菜々美の手の中で、小さな足をバタバタさせる。
「ふふ、もっとくすぐっちゃうぞ」
喜んでいる小さな体をくすぐると、ひゃあぁと声を上げて鬼之丞が笑った。その拍子に穿いていた黄色と黒色の縞模様のパンツがするっと脱げてしまった。
「あ、ごめん、やり過ぎたね。パンツが落ちちゃった」
テーブルの上に落ちたパンツのそばに鬼之丞を下ろす。
「ボクのパンツ……う……うわぁん」
鬼之丞はつるんとしたお尻をぷるぷると震わせ、パンツを抱きしめて泣き出した。
「ぱんつぅぅ……、ひく、ひっく」
「ど、どうしたの?」
あわてる菜々美に、鬼之丞はちんまりとした体をかがめ、しゃくり上げる。
「こ、このパンツは、かーしゃまが作ってくれたの。とーしゃまとおそろいのパンツ……うぅ、僕、かーしゃまに会いたい……」
パンツを見て両親への思慕が湧いたのだろう。部屋にひっく、ひっくと、パンツを抱きしめた鬼之丞のすすり泣く声が切なく響く。
咲人が鬼之丞の小さな体を優しく抱きしめた。
「鬼之丞、もう少しの辛抱だ。もう少しで両親に会えるから――」
「パパ……ひっく、ひっく」
「泣くな。お前の好きな牛乳だ。ほら、飲め」
咲人が玩具のように小さなカップを差し出すと、鬼之丞はようやく泣き止んで両手で受け取り、こくこくと飲み干した。
「パパ、ありまと。おいしいネリキリとにゅうにゅうで、ボクしあわせ」
笑顔になってパンツを穿いた鬼之丞のふっくらした頬に、涙の筋がついている。
可愛いかけ声と共に、ぴょこっと小さな頭が覗く。手のひらに乗るくらいの小さな鬼の男の子がカウンターによじ登ってきた。
「ふう、登れた」
小さな手で汗を拭う彼は、三頭身くらいで、人形のように可愛い。
髪の色は青色で小さな角が生え、くりくりとした大きな目をして、黄色と黒色の縞模様のパンツを穿いている。
(小鬼のあやかしだ。可愛いなぁ)
菜々美は思わず笑みを浮かべる。あやかしとはいえ、動く小さな人形のような小鬼は全然怖くなく、思わず声をかけてみた。
「あの、小鬼ちゃん……こんにちは」
「ふぁっ、び、びっくりした」
咲人のそばへ行こうとしていた彼は、菜々美に気づいて立ち止まり、ゆっくりと見上げた。
おもわず指先でつつきたくなるような、ふっくらした頬が愛らしい。
「お姉たん、なんでボクの家にいるの?」
「ここは坊やのお家……?」
「うん、ここの二階、ボクとパパのおうち」
小鬼が小さな指で、咲人を指差した。
「パ、パパ? パパって、咲人さんが? パパ……咲人さんが……?」
菜々美の表情が強張り、動揺して同じ言葉を繰り返す。
(咲人さんは独身と言っていたはず。まさか隠し子? でも小鬼ちゃんは咲人さんに似てないような……)
「パパ――!」
「鬼之丞――」
鬼の子供が小さな両手を広げて咲人のほうへ走っていくと、咲人は彼を大切そうに抱きあげた。
小さな頭を指先で撫で、肩にそっと座らせる。
いつもしているのだろう、小鬼は滑り落ちないように、咲人の長い白銀の髪に上手に掴まり、嬉しそうに微笑んでいる。
凍り付くように冷やかな表情が多い咲人の頬が綻み、愛しい人を見つめるように笑みを浮かべている。彼のその眼差しは、父親としての愛情にあふれていた。
「菜々美、この子は友人の子供で、家庭の事情で少し前から預かっている。名前は鬼之丞だ。同じ家に住む家族という認識なのだろう。俺のことをパパと呼ぶようになった」
「そ、そうですか。よろしく、鬼之丞ちゃん」
咲人の子供ではないとわかって菜々美は胸をなでおろし、彼の肩に座っている鬼之丞を真っ直ぐに見つめた。
「お姉たんだあれ?」
「私はこのお店でお世話になることになった桃瀬菜々美よ。どうぞよろしくね」
「ななみ……? ななたん? よろしく!」
か細い声で挨拶する鬼之丞が可愛くて、握手しようと手を差し出すと、がぶりと指先に噛みつかれた。
「いっ……た……」
鬼之丞の小さな口には牙があるようだ。棘が刺さったようなチクリとした感じがしただけだが、それでも驚いて声が出てしまった。
「鬼之丞、いきなり噛んではいけない」
「あいっ、ななたん、ごめんなたい。おなかがすいてたの」
「空腹なのか? できたての練り切りがあるから、これを食べるか?」
先ほど菜々美が作った練り切りが載った銘々皿を見せると、鬼之丞は元気にテーブルの上に飛び下りた。
「わぁ、おいしそう。パパのネリキリだ」
「これは菜々美が作った和菓子だ」
「ななたんが? そっか、パパが作ったんじゃないの……」
不安そうな表情になった鬼之丞が、おそるおそるといった様子で、菜々美が作った練り切りの端っこを、小さな両手でちょんとちぎった。
「いたらきましゅ……」
ちゃんと挨拶をして、ぱくっとかぶりつく。
ぷくぷくした頬を動かして、あむあむと咀嚼する可愛い姿に見入っていると、鬼之丞はごくんと呑み込んだ。
血色のいい頬をさらに赤くして、ぱぁっと顔を輝かせる。
「おいしい! パパが作った次においしいネリキリ。ななたん、ありがとう」
「鬼之丞ちゃん! 嬉しい……!」
美味しいと繰り返し、あっという間に完食した鬼之丞が可愛くて、菜々美は両手で彼を抱き上げてすりすりと頬ずりした。
「ななたん、くすぐったいー」
鬼之丞は菜々美の手の中で、小さな足をバタバタさせる。
「ふふ、もっとくすぐっちゃうぞ」
喜んでいる小さな体をくすぐると、ひゃあぁと声を上げて鬼之丞が笑った。その拍子に穿いていた黄色と黒色の縞模様のパンツがするっと脱げてしまった。
「あ、ごめん、やり過ぎたね。パンツが落ちちゃった」
テーブルの上に落ちたパンツのそばに鬼之丞を下ろす。
「ボクのパンツ……う……うわぁん」
鬼之丞はつるんとしたお尻をぷるぷると震わせ、パンツを抱きしめて泣き出した。
「ぱんつぅぅ……、ひく、ひっく」
「ど、どうしたの?」
あわてる菜々美に、鬼之丞はちんまりとした体をかがめ、しゃくり上げる。
「こ、このパンツは、かーしゃまが作ってくれたの。とーしゃまとおそろいのパンツ……うぅ、僕、かーしゃまに会いたい……」
パンツを見て両親への思慕が湧いたのだろう。部屋にひっく、ひっくと、パンツを抱きしめた鬼之丞のすすり泣く声が切なく響く。
咲人が鬼之丞の小さな体を優しく抱きしめた。
「鬼之丞、もう少しの辛抱だ。もう少しで両親に会えるから――」
「パパ……ひっく、ひっく」
「泣くな。お前の好きな牛乳だ。ほら、飲め」
咲人が玩具のように小さなカップを差し出すと、鬼之丞はようやく泣き止んで両手で受け取り、こくこくと飲み干した。
「パパ、ありまと。おいしいネリキリとにゅうにゅうで、ボクしあわせ」
笑顔になってパンツを穿いた鬼之丞のふっくらした頬に、涙の筋がついている。
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