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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち
その1 初出勤と開店準備
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翌朝は快晴になった。晴れた空に綿菓子のような雲が浮かび、幸先がよさそうだ。
菜々美は紺色のズボンと水色のカットソーを合わせ、自室の姿見の前でくるりと回る。
「出勤は普段着でと、咲人さんが言ってた。こんな感じでいいかな」
ふいに咲人との『また明日』という言葉を思い出し、頬が緩んでしまう。
出勤準備を終えてバッグを肩にかけて、大元神社まで歩く。鳥居をくぐり抜け境内を通って裏参道を歩き、雑木林の中へと入った。
転ばないようにスニーカーを選んで正解だった。ぬかるんだ地面に所々露出している木の根に足を取られないよう、気をつけて歩いて行く。
(わ……ピアスが熱い)
左耳の翡翠のピアスが熱を出し、雑木林を抜け、結界をくぐる。
じきに朱色の橋の前に着き、そこを渡ると『甘味堂夕さり』の看板が見えた。
広い庭に囲まれた、二階建ての大きな和風の建物の前に立ち、深呼吸する。
「お、おはようございます!」
正面の引戸を開けると、菜々美は元気よく挨拶した。対面式になっている厨房の中で、咲人が顔を上げる。
「菜々美か。おはよう」
何度見ても、ぞっとするほど美麗な顔と、すらりとした長身に藍色の作務衣がよく似合って、今朝もハッと息を呑むほど凛々しい。
「咲人さん、耳と尻尾が……」
彼の長い髪は白銀色で、同色の獣耳と九本の立派な尻尾を出していた。
「狭間にいる時はだいたいこの姿だから、慣れてくれ。それにずいぶん早いな。九時からでいいと言ったはずだ。まだ八時過ぎだが?」
低い声はすこぶる不機嫌で、彼の尻尾がゆらゆらと揺れている。
「開店準備を手伝いたいんです」
前のカフェの時も、勤務時間より三十分は早く出勤し、準備をしていた。
しかし、よかれと思って早く出勤した菜々美を見つめ、咲人の表情が険しさを増していく。
「――明日からは時間通り、九時に来い」
「わかりました」
咲人は焜炉の火を止め、カウンターの奥から何かを取り出した。
「これに着替えろ」
広げてみると、採用試験の時に借りた白エプロンではなく、臙脂色の作務衣に藍色の前掛けがセットで、両方に『甘味堂夕さり』と店名が刺繍してある。
「サイズが合わなければ、言ってくれ。それから滑りにくいコックシューズも用意した」
「あ、ありがとうございます!」
急いで発注してくれたようだ。うれしくて奥の部屋で着替え、髪をくくって戻る。
トタトタと小さな音が聞こえ、ぴょんとテーブルの上にパンツ一丁の小鬼、小さな鬼之丞が駆け寄ってきた。
「ななたん、おはよう」
「あっ、鬼之丞ちゃん、おはよう」
鬼之丞は、菜々美の臙脂色の作務衣の裾にちょこんとしがみつく。腕の力があるようで、えっちらおっちらと登ってきた。
途中でずるずると落ちてしまいそうになると「はぅ」とあわててしがみつき、再び登り始める。
「よいちょ、どっこいちょ……。ななたんの肩に、とうちゃく。ボク、ななたんにあいたかったー」
小鬼は菜々美の肩にちょこんと座ると、ポニーテールにした髪をそっと握りしめて、嬉しそうに笑っている。
可愛いなぁと思いながら、ちょんと小鬼の頭を撫でる。
「きのう、ななたんが帰ったあと、るりたんのお誕生日会があって、そのあとでパパ、ななたんのネリキリをほめてた」
「咲人さんが、採用試験で私が作った練り切りを?」
「うん。パパがね、おりぇのネリキリとおなじくらい、しゅごく、おいしいって」
そんなに気に入ってもらえたのかと、嬉しくなる。
「――鬼之丞、開店準備中だ。余計なことを話すな」
咲人が低い声で窘めると、ぷくぅと小鬼の頬が膨らんだ。
「ちょっとくらい、いいのに。ななたんと、もっとあしょびたいんだもん」
「菜々美は今日が初日だ。覚えることがたくさんある。ほら、鬼之丞は朝食を食べなさい」
小さなおにぎりと大豆ハンバーグとお味噌汁を小鬼用の器に入れて、テーブルに置いた。
「あいっ、たべるー、おなかしゅいた」
小さな手を合わせ、「いたらきましゅ」と元気に挨拶し、小鬼はもぐもぐとおにぎりを頬張っている。
ガラガラと音がして、 色白で童顔っぽい蘭丸が、チェック生地のシャツとハーフパンツを着て、ノートパソコンを脇に抱え、入って来た。
「菜々美ちゃん、おはよう」
「おはようございます、蘭丸さん」
「その臙脂色の作務衣と藍色の前掛け、よく似合っているね。とても可愛いよ」
さらりと可愛いと言われ、菜々美の心臓が大きく跳ねあがってしまう。今まで男の人から、可愛いと言われたことはなかった。
「いいえ……蘭丸さんの服も素敵です。歌手みたいで……」
こういう時、なんて返していいのかわからず、もごもごとつぶやいた菜々美は視線を泳がせた。
(大人の男性のハーフパンツ姿って、珍しい。脛が見えているけど、スラリときれいな足……)
色白の蘭丸の足は女性のようにきれいだ。目のやり場に困っていると、蘭丸は人懐っこい笑顔を向け、穏やかに言った。
「ねえ、菜々美ちゃん。この店があやかしのための甘味堂だと聞いて、驚いたでしょ? 大丈夫だからね。お客さん、優しいから」
「はい……!」
深く頷く菜々美を見て、蘭丸は安心したように笑みを深め、持っていたノートパソコンをカウンターの上に置くと、朝食を食べている小鬼の頭を人指し指で優しく撫でた。
「鬼之丞もおはよう。いっぱい食べて大きくなるんだよ」
「おはよう、蘭たん! パパがつくったはんばーぐ、たべる?」
小鬼はちょこんと立ち上がり、小さくカットしたハンバーグをひとつ、蘭丸の口に運んでやる。
「んっ、美味しい。ありがとう、鬼之丞」
咀嚼して笑顔になった蘭丸が、厨房の咲人へ声をかける。
「咲人くん、今日も店に余裕がある時は、二階の部屋でデザインの仕事をしてもいい?」
「ああ、今日から菜々美がいるし、準備もはかどっている」
「菜々美ちゃんが来てくれてよかった。さっそく上の部屋を使わせてもらうね。急ぎの仕事が入って大変なんだ。菜々美ちゃん、忙しくなったら声をかけてね。特に僕は婚活の方の手伝いがメインだから、依頼があったら呼んでね」
蘭丸は和菓子関係より、婚活の方を担当しているという。
菜々美は紺色のズボンと水色のカットソーを合わせ、自室の姿見の前でくるりと回る。
「出勤は普段着でと、咲人さんが言ってた。こんな感じでいいかな」
ふいに咲人との『また明日』という言葉を思い出し、頬が緩んでしまう。
出勤準備を終えてバッグを肩にかけて、大元神社まで歩く。鳥居をくぐり抜け境内を通って裏参道を歩き、雑木林の中へと入った。
転ばないようにスニーカーを選んで正解だった。ぬかるんだ地面に所々露出している木の根に足を取られないよう、気をつけて歩いて行く。
(わ……ピアスが熱い)
左耳の翡翠のピアスが熱を出し、雑木林を抜け、結界をくぐる。
じきに朱色の橋の前に着き、そこを渡ると『甘味堂夕さり』の看板が見えた。
広い庭に囲まれた、二階建ての大きな和風の建物の前に立ち、深呼吸する。
「お、おはようございます!」
正面の引戸を開けると、菜々美は元気よく挨拶した。対面式になっている厨房の中で、咲人が顔を上げる。
「菜々美か。おはよう」
何度見ても、ぞっとするほど美麗な顔と、すらりとした長身に藍色の作務衣がよく似合って、今朝もハッと息を呑むほど凛々しい。
「咲人さん、耳と尻尾が……」
彼の長い髪は白銀色で、同色の獣耳と九本の立派な尻尾を出していた。
「狭間にいる時はだいたいこの姿だから、慣れてくれ。それにずいぶん早いな。九時からでいいと言ったはずだ。まだ八時過ぎだが?」
低い声はすこぶる不機嫌で、彼の尻尾がゆらゆらと揺れている。
「開店準備を手伝いたいんです」
前のカフェの時も、勤務時間より三十分は早く出勤し、準備をしていた。
しかし、よかれと思って早く出勤した菜々美を見つめ、咲人の表情が険しさを増していく。
「――明日からは時間通り、九時に来い」
「わかりました」
咲人は焜炉の火を止め、カウンターの奥から何かを取り出した。
「これに着替えろ」
広げてみると、採用試験の時に借りた白エプロンではなく、臙脂色の作務衣に藍色の前掛けがセットで、両方に『甘味堂夕さり』と店名が刺繍してある。
「サイズが合わなければ、言ってくれ。それから滑りにくいコックシューズも用意した」
「あ、ありがとうございます!」
急いで発注してくれたようだ。うれしくて奥の部屋で着替え、髪をくくって戻る。
トタトタと小さな音が聞こえ、ぴょんとテーブルの上にパンツ一丁の小鬼、小さな鬼之丞が駆け寄ってきた。
「ななたん、おはよう」
「あっ、鬼之丞ちゃん、おはよう」
鬼之丞は、菜々美の臙脂色の作務衣の裾にちょこんとしがみつく。腕の力があるようで、えっちらおっちらと登ってきた。
途中でずるずると落ちてしまいそうになると「はぅ」とあわててしがみつき、再び登り始める。
「よいちょ、どっこいちょ……。ななたんの肩に、とうちゃく。ボク、ななたんにあいたかったー」
小鬼は菜々美の肩にちょこんと座ると、ポニーテールにした髪をそっと握りしめて、嬉しそうに笑っている。
可愛いなぁと思いながら、ちょんと小鬼の頭を撫でる。
「きのう、ななたんが帰ったあと、るりたんのお誕生日会があって、そのあとでパパ、ななたんのネリキリをほめてた」
「咲人さんが、採用試験で私が作った練り切りを?」
「うん。パパがね、おりぇのネリキリとおなじくらい、しゅごく、おいしいって」
そんなに気に入ってもらえたのかと、嬉しくなる。
「――鬼之丞、開店準備中だ。余計なことを話すな」
咲人が低い声で窘めると、ぷくぅと小鬼の頬が膨らんだ。
「ちょっとくらい、いいのに。ななたんと、もっとあしょびたいんだもん」
「菜々美は今日が初日だ。覚えることがたくさんある。ほら、鬼之丞は朝食を食べなさい」
小さなおにぎりと大豆ハンバーグとお味噌汁を小鬼用の器に入れて、テーブルに置いた。
「あいっ、たべるー、おなかしゅいた」
小さな手を合わせ、「いたらきましゅ」と元気に挨拶し、小鬼はもぐもぐとおにぎりを頬張っている。
ガラガラと音がして、 色白で童顔っぽい蘭丸が、チェック生地のシャツとハーフパンツを着て、ノートパソコンを脇に抱え、入って来た。
「菜々美ちゃん、おはよう」
「おはようございます、蘭丸さん」
「その臙脂色の作務衣と藍色の前掛け、よく似合っているね。とても可愛いよ」
さらりと可愛いと言われ、菜々美の心臓が大きく跳ねあがってしまう。今まで男の人から、可愛いと言われたことはなかった。
「いいえ……蘭丸さんの服も素敵です。歌手みたいで……」
こういう時、なんて返していいのかわからず、もごもごとつぶやいた菜々美は視線を泳がせた。
(大人の男性のハーフパンツ姿って、珍しい。脛が見えているけど、スラリときれいな足……)
色白の蘭丸の足は女性のようにきれいだ。目のやり場に困っていると、蘭丸は人懐っこい笑顔を向け、穏やかに言った。
「ねえ、菜々美ちゃん。この店があやかしのための甘味堂だと聞いて、驚いたでしょ? 大丈夫だからね。お客さん、優しいから」
「はい……!」
深く頷く菜々美を見て、蘭丸は安心したように笑みを深め、持っていたノートパソコンをカウンターの上に置くと、朝食を食べている小鬼の頭を人指し指で優しく撫でた。
「鬼之丞もおはよう。いっぱい食べて大きくなるんだよ」
「おはよう、蘭たん! パパがつくったはんばーぐ、たべる?」
小鬼はちょこんと立ち上がり、小さくカットしたハンバーグをひとつ、蘭丸の口に運んでやる。
「んっ、美味しい。ありがとう、鬼之丞」
咀嚼して笑顔になった蘭丸が、厨房の咲人へ声をかける。
「咲人くん、今日も店に余裕がある時は、二階の部屋でデザインの仕事をしてもいい?」
「ああ、今日から菜々美がいるし、準備もはかどっている」
「菜々美ちゃんが来てくれてよかった。さっそく上の部屋を使わせてもらうね。急ぎの仕事が入って大変なんだ。菜々美ちゃん、忙しくなったら声をかけてね。特に僕は婚活の方の手伝いがメインだから、依頼があったら呼んでね」
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