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殺人能力の起源

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第四章 選ばれしジハード

  それから嘘のように殺人は止んだ。何事もなかったように時がすぎて行く。村人もあの凄惨な殺人を忘れて元の生活に戻った。そして俺も元の生活に戻り修行に明け暮れた。

[数ヶ月経ったある日]

 今、俺はジャックと村をまわって人助けをしている。修行と同時にみんなを助けて回るのだ。いつまでも修行する身ではいられないしな。
「この村は!」
「どうした? 知り合いでもいるのか?」
「ああ。昔助けられなかった子供がいるんだ」
「そうか、だけど今なら助けられる! そうだろ? お前は必死で修行した、誰よりも一生懸命」
 俺はジャックに褒められて少し嬉しかった。ジャックは本当にいい先生だと思った。厳しいけど、本心から俺の成長を願ってくれている。ジャック無しではここまで強くなることなんてできなかった。本音を言うと、ジャックを父親のように感じていた。だけどそれは内緒だ。俺はいつも誰かの中に父親の影を探してしまう。
「まもる、俺はお前のことを家族のように思っているよ。ここまで強くなってくれて心の底から嬉しい。お前は俺の誇りだよ」
 俺は何も答えられずに笑顔で返した。
「さあ無駄話していないで行くぞ!」
 ジャックと出会えて本当に良かった。
  そして、俺はあの子を探した。昔助けられなかったあの子供を。その子は昔と変わらずに座って助けを待っていた。俺はその子のそばにしゃがみこんだ。
「助けに来たよ」
 俺は強くなったんだ。もう誰にも負けない。俺は選ばれしものなんだ。俺がこの世界を救うんだ。どんな犠牲を払ってでも一人残らずみんな助けてやる。それが俺の役目だ!
 俺はその子の目に手を当てると。


【真っ暗闇の踊りダンサーインザダーク
効果、下げた分の視力を対象に与える。
コスト、任意の数値の視力を下げる。

 能力を発動し、俺の視力を少し削りその子に分け与えた。
¬¬  そしてその子供は久しぶりに見て外の世界に涙を流さなかった。感動しなかった。ただただ驚いていた。目を見開いていた。まっすぐ俺の後ろを見ていた。
「なんで? なんで殺人鬼と一緒にいるの? そいつが僕の両親を殺した殺人鬼だ! そいつが処刑隊のリーダーだ!」
  この時まではその子が何を言っているのかわからなかった。
¬¬  次の瞬間劔が俺の胸に突き刺さっていた。背中側から刺されて貫通して胸から切っ先が飛び出ている。飛び出た切先は俺の臓器を傷つけて吹き出てきたルビーのように真っ赤で新鮮な血に染まっている。まるで劔が血を貪り求めている獰猛な獣のようだった。そして俺は痛みよりも何よりも目の前の現実が受け入れられなかった。
「なんで? 先生?」
 殺人鬼は、ジャックは、無視して劔を俺の体から一気に引き抜いた。胸の穴を塞いでいた栓の役割を果たしていた劔が抜け、ぽっかりと空いた空間から真紅の体液が地面に流れて行く。俺は力なく地面に倒れ込んだ。
「いつから裏切っていたんだ?」
  俺は必死に声を絞り出した。
「最初からだ」
「ひかりちゃんも裏切者なのか?」
「いや、あいつも騙されている」
「お前が殺人鬼マーダラーを殺したんだな?」
「そうだ。俺が殺した。俺が二人目の殺人鬼だ」
「そうか全部お前のせいだったんだな」
「そういうことになるな」
「今までの俺たちの生活はなんだったんだ? 全部嘘で塗り固められていたのか?」
「残念ながらそうだ」
「せっかくウサギ小屋から助け出されたんだ」
「その話は聞いている。気の毒だと思う」
「嘘で塗り固められた生活からやっと抜け出せたんだっ!」
「ああ、そうらしいな」
「やっと俺の生活が始まったんだ」
「ああ、それももう終わりだな」
「ふざけるなよっ!」
  俺は傷口から血が吹き出すのを無視して叫んだ。
「ふざけてなんかない。真剣にお前らに殺人能力キリングを教えていた」
「嘘をつくな!」
「本当だ」
「うるさい! 黙れっ! 黙れーーーーー!」
  俺はなんとか立ち上がるとかつての師に向かって吠えた。
「騒ぐな。もう諦めろ。楽に殺してやる」
「本気で信じていたんだ。あんたのことを本当の父親のように感じていた!  よくもみんなを裏切りやがって! 絶対に許さない! あんたが教えてくれて、手に入れた俺のこの力であんたを殺す! 殺人能力キリング【選ばれしもの(ジハード)】発動!」
  このときひかりちゃんの顔がよぎった。『もうあの力は使わないで』そう言って悲しそうにした彼女の顔が浮かんでは消えた。だけどもうどうでもよかった。もう死んでもいい。目の前にいる敵に復讐さえできればいい。あいつを殺したい。瞬く間に心の中を残酷な感情が包み込んで言った。
  そして、殺人能力キリングは不発に終わった。
「どうしてだ? さっさと発動しろ!」
「無駄だ」
「何で?」
「【選ばれしもの(ジハード)】発動」
  ジャックはそう呟いた。そして今まで何度も見て来た光が彼の体を包み込み弾けた。
  パキンっ。そして見慣れた黒の刺々しい鎧がジャックの体を包み込んでいた。
「なんでジャックが、それを発動している?」
  俺は弱々しく聞いた。もうやめてくれ。これ以上俺を苦しめないでくれ。
「これはお前の能力ではなく俺の能力だからだ」
「違う!  そんなの嘘だ! それは俺が必死で修行して手に入れた俺の力だ。返せよっっっ!」
  俺は血が吹き出ているのも気にせずに叫んだ。力強く叫ぶたびに血はどくどくと吹き出た。
「嘘じゃないんだ。お前は殺人能力キリングの発動に失敗していたんだ」
「そんな」
「俺の装備能力はしっかり目視で確認できれば誰かに貸し出すことができる。だから発動するときに俺の許可を求めるようにお前に言ったんだ。お前一人で発動することができないから、バレてしまう恐れがあった。そして貸し出し機能を利用してお前の能力に見せかけていた。お前に、自信をつけさせるためにな」
「どういうことだ? 答えろっ!」
「知っているだろ? 人間というのはすぐに結果が出てとんとん拍子に進まないと努力できない生き物なんだ。テレビゲームや漫画がなんであんなに売れるかわかるか?  失敗しないからだ。経験値が設定されていてそれを達成できればどんなグズでもレベルが上がって達成感が得られる。現実は何も変わらないのにな。漫画もそうだ。何回読み返しても同じ話。最後には主人公が勝ってハッピーエンド。失敗のしようがないんだ。諦めずに戦う主人公に自分を重ね合わせて、戦っている気になっているだけだ。そして漫画を閉じるとまた何も成し遂げることのできない自分に戻るんだよ、一仕事終えたような顔でな。いつもいつも苦労するよ、生徒をやる気にさせるのにはな」
  ジャックは淡々と無表情に話している。もう昔のように笑ってくれなかった。鬼のように冷たい表情で、かなと母親と同じような冷たい温度のない表情で。
「この国に三つのルールがあるのは知っているだろ?」
ジャックは続けた。
「本当にあんなの信じているのか? 本当にこんなに都合のいいルールがこの世にあると思うのか? 諦めなければ誰でも夢が叶うなんて本気でそう信じているのか?」
「嘘だったのか」
「ああ、そうだ。本人の能力にあった修行期間が計算されてポップアップウィンドウに表示されるだけだ。お前も実際修行期間と発動時期は大幅にずれていただろ。みんな努力が無駄にならないと思い込んで挑戦するから誰も失敗しないんだ。皮肉だよな。成功することを信じて疑わなければ、失敗することなんてないんだ。だけどみんな失敗する。なんでかわかるか?」
「自分を、信じられないから」
「そうだ。どいつもこいつも何かやる前に言い訳ばかりして行動しない。失敗する確率、かかる金と時間、考えたらきりがない。なのに朝から晩まで延々とあーでもないこーでもないとぐちぐちぐちぐちと。情けない奴らばかりだ。そんな奴らでも自分に自信を持てば成功する可能性がどれだけ高かったのか」
  俺は何も答えられなかった。冷たい沈黙が俺の体表をなだらかに滑る。
「それにな、待っているだけでだれかが助けてくれると本気で信じているのか? 俺が、お前の才能を認めてお前を選んだと本当に思っているのか?」
  俺は何も答えられなかった。
「まもる。最初に会った時に行ったよな? 俺がお前を選んだんだって。なんでお前を選んだかわかるか? 本当はわかっていたんだろ? 言ってみろ。口に出していうんだ。言えよ」

「俺がいらなかったから」

  俺は泣きながら答えた。
「そうだ。身寄りもなく、才能もなく誰からも必要とされていない。お前が死んでも誰も困らないから選ばれたんだよ。だけど気分が良かったろ? 選ばれしものだなんて言われて。まもる、お前は弱い。いつもいつも誰かに家族の影を求めて、お前は一人だ」
 俺はもう何も答えられなかった。力なく俯く以外何もできなかった。
「俺の能力は他人の努力を奪い取るものだ。必死に努力していたみたいだけど、お前に何ができるんだ? こんなに才能のない奴には初めてあったよ。そして二ヶ月後この国は処刑隊の物になる。処刑隊の全員でまた来る。もしその傷で生きながらえたらお前らの大好きな努力で何とかしたらどうだ? できるならな」

「【斬り裂きジャックザリッパー】発動」そういうと剣を振りかざした。

 剣が俺の体を切り裂いた。雨の中で少年が泣いている記憶が日に蘇った。きっとあれは俺の昔の記憶なんだろう。何もできずにただ目の前で家族が死んだ。そして今も、俺は弱いままで何もできずに殺されるのだろう。
 必死で努力をして必死で頑張って何度も何度も挫折してやり直してまた失敗した。それでも諦めずに頑張ってきた。だけどその努力には何の価値もなかった。何の意味もなかった。何も変わらなかった。弱いまま必死に強い人の真似をしていただけだった。
「こ、これは? こんなことがあり得るのか? 信じられない、まもるお前は!」
 ジャックが何か言っている。悲しそうな、驚いたような表情でじっと俺の顔を見ている。
「いや、今は関係ないな。まもる、この能力は他人の努力を奪い取ることができる。対象が弱ければ弱いほど成長しやすいため効果的なんだ。じゃあな」
 ジャックが何か言っていたようだがほとんど耳に入ってこなかった。耳に入ってくるのは虚しい雨音だけだった。どくどくと脈動して吹き出る血が、雨と混ざって溶けていく。雨で流しても、流しても体の中から血が出てくる。
 気づいたらジャックはもういなかった。雨が降っていた。あの日のように。空が泣いてくれているようだった。俺が視力をあげた子供がまだそこにいてじっとこっちを見ている。恐怖で動けなかったようだ。
「助けて」
  俺は声を絞り出した。
  そしてその子供は俺に近寄ると、運がないからどうしようもないんだ、そんな目で俺を一瞥して走り去って行った、かつて俺がそうしたように。
  誰も助けてくれなかった。意識が遠のく。痛みも感じない。ただただ血を流している。雨が血を流している。自分の死期が近いことがわかる。もう死ぬんだ。
 その時見覚えのあるポップアップウィンドウが目の前に表示された。焦点の合わない目で確認した。
『まもる様あなたは今から百二十秒後に死亡します』
 何だ? そんなことわざわざ伝えてどうするんだよ。今から死ぬことぐらいわかる。
  しかし、死刑宣告には続きがあった。
『これにより、黒崎真咲が発動した【君に読む物語ザノートブック】の発動条件が整いました。発動しますか?』
 何を言っているのかもその女性がだれかもわからなかった。だけど最後の力を振り絞ってこくりと小さく頷いた。
『発動許可を確認。これより黒崎真咲の寿命をコストにあなたの寿命が強制的に延長されます』
  そういうとプツリとウィンドウは閉じた。
  そして、
「もりっ」
 緑色のぬいぐるみのような生き物がどこからか現れた。その生き物は目は可愛らしいまん丸で、二足歩行の短足のトカゲみたい。そして尻尾には大きな剣が生えていた。剣はごく普通のどこにでもあるようなもので、柄の部分から黒い尻尾が伸びていてそれがお尻にくっついている。
  そして、そいつは俺の傷口を見ると魔法を唱え、俺の傷口はみるみる治った。そして不思議な呪文を唱えると魔法陣が地面に現れて俺の仲間達が現れた。ひかりちゃん、レッドラム、ブルース、グリーンもいる。そしてみんなが俺を慰めてくれた。俺は裏切られた事よりも仲間が助けに来てくれたことの方が嬉しかった。
 そんな妄想をしていたが妄想は妄想でしかなかった。その化け物は口にするのも憚られるような身の毛がよだつような方法で俺を助けてくれた。そいつは傷口を両手で無理やり開くと、顔を突っ込んで俺の傷口から体内に侵入してきた。これまで味わったことのない激痛を感じ、気を失った。

[未来のある日、その二 たつひこ視点]

「なぜ俺を助けた? 何が目的だ? お前は誰だ? お前は、俺の父親なのか?」
まもる様が過去で言ったであろうセリフが画面に映し出された。
「違う!  俺の独断であんたを助けたんじゃない。頼まれたんだ!」
僕は返信を過去に送った。
「誰にだ?」
「あなたにだよ! あなたに助けてくれと頼まれたんだ! どうしようもなくて死の危険に瀕するときが何度かあり、重大な後遺症が残ったことが何度かあった。だからそれを止めて欲しい。そう言われたんだよ、未来のあなたに。【龍王の系譜インペリアルジニオロジー】は俺が考えたんじゃない。あなたが俺に教えてくれたんだ。あなたがそれを使って未来の子孫である俺を頼ったんだ」
 その後僕のメッセージにまもる様からの返信は来なかった。でも、これでいいのだ。真実はいつもいつも残酷だ。知らなければ幸せなのに、みんな真実を求めたがる。だけどそれは弱さなんかじゃないんだ。




[数時間後]

「そんなジャックが裏切り者だったなんて」
 俺の説明にひかりちゃんと村のみんなが戸惑いを隠せないでいる。みんなの顔は血を全部抜かれたように真っ白だ。あれだけ血を流した後だとあまり気にならなかった。
 ひかりちゃんによると、村はずれに倒れている俺を村人が見つけて運んできてくれたらしい。辺り一面が血の海だったそうだ。そして、夥しい血で地面がぬかるみになっていたから死んでいると思われた。だけど、傷跡はどこにもなく健康そのものだった。服はビリビリに破れていたけど、傷は不思議と無かったらしい。そして何事かと駆けつけた村のみんなに囲まれながら事の顛末を説明している。
「もう終わりよ。処刑隊に目をつけられたら最後ひとっこひとり残らず連れていかれるわ。でも私たちに逃げ場はない。この国から出られないのよ」
「なんでだ? みんなでよそへ逃げればいいだろ?」
「無理なのよ。ネバーランドでは自分の意思で故郷を捨てて出て行くことはできないのよ。何かのコストなのか。誰かの殺人能力キリングかはわからないけど」
「私たちもうおしまいよ。せめて残り少ない人生を楽しみたいわ。もう努力なんてしたくない」
  別の女性が叫んだ。
「そんなのダメだ。諦めるなんて」
  俺の言葉に対して誰も返事をしない。みんな俯いて黙りこくっている。
「おい!  ふざけるな。何が『もうおしまいだ』だ!  この国の長所はなんだよ? ここは努力の国なんじゃないのか? なんで誰も何もしようとしないんだ? ねえ! ひかりちゃん君は一緒に戦ってくれるよね? なんとか言えよ!」
「ダメよ。無駄よ。私たちはみんな小さい頃から努力して育ってきている。そして結果を求めるためには相応の対価がいるの。だからわかるでしょ? もう間に合わないわ。二ヶ月で処刑隊よりも強くなるなんて不可能もいいとこよ。それにあなたはこの国出身ではないから、いいのよ。私たちを捨てて逃げて。あなたにはなんの関係もないわ」
「そんな、あんまりだ。だめだ。わかった。今から目標をこの村を、いやこの国を救うことを俺の目標にする。そしたら逃げられなくなる」
  そういうとウインドウを開き言った通り目標を設定した。
「ダメっ!  早まらないで!」
  その言葉はもう耳に入らなかった。
「次の目標を設定する。逃げずに処刑隊を全員倒せるまで強くなること」
 俺はウインドウに表示された数字を見て絶望した。
『目標達成までの必要日数二千四百六十五年』
「二千四百六十五年? そんなに実力に差があるのか」
「ばかっ!  だから言ったのに、一度目標を決めたらもう変えられないわ。残念だけどもうどうすることもできないの」
  部屋の中の空気はより一層重たくなった。
「じゃあ私はこれで。残りの寿命は家族と過ごすわ」
 そして一人部屋を後にした。
「どうせ何もできやしないさ。私は諦めることにするよ。あんたもそうしな。どうせ無駄だ」
  と、いつも嫌味を言ってくるおばちゃん。
「私は今までずっと頑張ってきたからもう頑張るのをやめて最後の二ヶ月はゆっくり休むわ。昼ごろ起き出して、お酒を一日中飲んで、普通の人がやっていることでしょう?」
  また一人部屋を出て言った。
  部屋にはひかりちゃんと俺の二人だけになった。
「じゃあ、私も行くね。私は残りの二ヶ月はレジスタンス復興のために少しでも役に立ちたいの。無駄な時間を他のことに避けないわ。無駄な努力はもうしないわ。おやすみ」
  一人きりの部屋の中の空気は質量を持ってまるで触れるんじゃないかと思うくらい重くねっとりとまとわりついてきた。

[数日後]

 ガンガンガンガン!  勢いよく村人の家のドアを叩いた。
「今日も広場で、みんな集まって修行するから。みんなで諦めないで戦おう」
「みんなって言ってもあんたしかいないんだろう。ごめんね。私たちはもう諦めることにしたよ」
  ドアの奥からやる気のないイラだった返事が聞こえて来た。
「待っているから」
  ボソリと言った。
「まったくそんなに死にたきゃ一人で勝手にやればいいのに。私らを巻き込まないでおくれよ、いい迷惑だよ」
  聞こえて来た陰口を聞こえないふりして他の家に向かった。
  他の家でも同じような反応だった。
  そして、いつものように広場で終わりっこない修行を始めた。広場には誰もいなかった。修行は単調だった。ジャックに教わった基礎練習をもう一度最初からやり直している。ひかりちゃんが言うには修行方法自体は間違っていないらしい。だけどジャックを倒せるような強力な殺人能力キリングは発動できなかった。いくら待ってもいくら頑張っても発動できなかった。




[未来のある日、その三 たつひこ視点]

「よし! これで全ての条件は整った。もう少しでもう少しで未来が変わるんだ。さあ甦えれ! 僕のご先祖様よ! いや、二代目処刑隊隊長黒崎まもる様!  僕の全ての幸福と寿命とこの僕の存在をコストとして支払う。頼む! あなたしかいない。蘇ってくれ。【暗黒騎士復活ダークナイトライジング】発動!」
 目を閉じて今までの幸せだった人生を思い返した。両親のこと。友達のこと。幸せだった日々を。その全てが消えてもよかった。たとえ自分の存在が消えてなくなって、その後には何も残らなくても、誰も自分のことを思い出せなくなっても、それでもよかった。さよなら。お父さん。お母さん。
  そして、何も起こらず五分がすぎた。
「何で? どうして? このコストじゃ足りないの?  いや、違う。コストはこれで足りているはず」
  そのときポップアップウィンドウが目の前に表示された。
『【暗黒騎士復活ダークナイトライジング】の発動に失敗しました』
「何でだ?  能力の限界か? 人を生き返らせる能力ならたくさん程あるだろ? コストさえ支払えば不可能なことではないはずだ。それとも僕の知らないルールでもあるのか? 死後数年以内のものしか生き帰らせる事が出来ないのか? まもる様が死んだのは数百年も前だ。だから失敗したのか?  答えろ!  なぜ失敗した?」
 ポップアップウィンドウは答えた。怒りと不安で動揺している僕と対照的に極めて冷静に。
『失敗した理由は、あなたの能力の蘇生対象である黒崎まもるが現在も生きているからです』

 たつひこは言葉を失った。

暗黒騎士復活ダークナイトライジング
効果、対象一人を生き返らせる。蘇生確率は最初零パーセント。そこからコストを好きなだけ支払い確率を上げていく。
コスト、なんでも可。

[数日後]

 いつものように俺は修行をしていた。広場で一人だけで。この広い世界に俺しかいなくなってしまったようだ。時間の流れが止まって、閉じ込められてしまったみたいだ。その静寂を破り誰かがこちらへ近づいてくる。背が低い。女の人のようだ。
「誰? ひょっとしてひかりちゃん? もしかして一緒に修行してくれる気になったの?」
  俺は嬉しくなって駆け寄った。だけど近づいて来たのはひかりちゃんではなかった。いつも嫌味を言ってくるおばちゃんがいた。
「おばさん、何しに来たの? 嫌味ならあなたに言われなくてももう散々言われたよ」
「まだ諦めないのかい?」
 俺は予想していた反応と違っていたから少し戸惑った。
「えっ? あ、うん」
「そうかい」
「あの何の用?」
「あんたはよく頑張っているね。成果が出るのかわからないのにね」
「え? ありがと」
「でも、最後には必ず負ける。せいぜい無駄な努力をしな! それが嫌ならさっさと諦めろ」
 なんだよ結局嫌味を言うんじゃないか。俺はおばちゃんを無視して一人きりの修行に戻った。

[数日後]

  その日は雨が降っていた。その日も同じように村のみんなに声をかけて、なじられて一人で修行していた。
「はあはあはあはあ」
  息を切らしながら、修行をしていた。その時、誰かの気配がした。俺は村人の誰かが来たと確信し振り向いた。
「もう、やめなよ」
  ひかりちゃんは傘を差し出してそう言った。
 俺はそれを無視して修行を続けた。
「まもるちゃん? 聞こえているんでしょ? 本当はわかっているんでしょ? 無駄だって。結果の出ない努力なんて辛いだけだよ。修行期間は後どれくらい残っているの?」
「二千四百六十五年」
  ボソリと呟いた。
「そう、あのね、言いたくないんだけど。これはまもるちゃんのためだから言うね。わたしは今までジャックに騙されてたくさんの人を彼の元で修行させたわ。いろんな人を見てきた。その中には才能がない子もたくさんいたわ。でも殺人能力キリングのレベル三自体は数カ月でできるようになるものなのよ」
「何が言いたい?」
  少し苛立ちながら答えた。
「こんなに才能のない人はあなたが初めてよ。だからもうやめよう。もう十分頑張ったじゃない。十分苦しんだわ。ここで諦めてもあなたのことを誰も責めたりなんかしない」
  優しく言った。俺を傷つけてでも助けようとしていることが伝わってきた。これがきっと彼女なりの優しさなんだろう。
「俺は確かに才能がない。この国で一番才能がない。ひょっとしたらこの世界の中で最も才能がないかもな。こんなに才能がないのは俺だけかもな」
  俺は半笑いで冗談のつもりでいった。だけどひかりちゃんは少しも笑ってくれない。多分本気でそう思っているんだろう。
「ええ。そうよ。だからもうこんな苦しいことやめよ。ね? お願い」
「こんなに才能がないのは俺だけだ。だけど、これだけ才能がないのにまだ諦めずに続けられるのも俺だけだ」
 ひかりちゃんは黙り込んだ。俺は続けた。
「君が俺をウサギ小屋から助け出してくれた。そしてこの国に来て、俺の世界は変わった。俺はウサギ小屋の中にいた時は、ペットのウサギみたいだった。ただ毎日座ってりゃ勝手にもらえる餌を食べて、自分が狭い小屋に閉じ込められていることにも気付かずに、そこを広い世界だと信じていた。友人がいて、家族がいて、幸せだと思っていた。だけど現実は違った。家族はいなく、友人もいない。俺はひとりぼっちだった。そこに君が現れた。俺を助け出してくれた。また家族ができたような気がした。君がいて、みんながいて、自分の居場所ができた。そして努力することの大切さを学んだ。夢見たいな日々だった。だけど今の俺にはこの国の住民こそがウサギ小屋に飼われているウサギに見えるよ。何もせずに待つだけで狭い小屋から出ようとしない。俺はせっかく狭い檻から外に出てここにきたのに、俺にとってここは新しいウサギ小屋になってしまった。今は、ウサギ小屋の中にいた時よりもひとりぼっちだと感じてしまう」
  ひかりちゃんは俯いたまま何も答えない。雨音だけが聞こえてくる。
「俺は諦めるつもりはないから。修行をしないなら帰ってくれ。」
「わかったわ」
  そう言うと駆け寄って、俺の手を優しく握った。そして、
「【癒える傷跡ライトオン】発動」
  俯いた顔をあげてにこりと笑顔になった。久しぶりにひかりちゃんの笑顔を見た気がする。最後に見たのはずっと前だった。思えばみんな俺も含めてずっと暗い顔をしていた。朝起きて絶望の一日が始まり、なんのやる気も起きない。どうせ何をやっても無駄なのがわかりきっているのに朝は来てしまう、辛い状況にある人を追い詰めるかのように。そして夜は不安と恐怖に包まれながら震えて眠る、明日が来ることを望んでいなくても。
  辺りに降っていた雨はいつの間にか止んでいた。雲の切れ間から太陽のひかりが差し込み、俺の不安を優しく溶かした。そして修行で傷ついた俺の手から傷がひかりちゃんの手に移る。傷は前見たときと違ってずっとずっと小さいものだった。
「ひかりちゃん」
「さあ! じゃあ今からは二人で一緒に頑張りましょう!」
  笑顔で言ってくれた。彼女の笑顔は太陽のひかりよりも眩しかった。

[翌日以降]

  翌日から一人また一人と村人たちがやって来た。ひかりちゃんが説得してくれたらしい。最初はもちろん乗り気でなかったらしいが根負けして来てくれたらしい。
「毎日、毎日昼まで寝て酒を浴びるように飲むってのもね。もう飽きちまったよ。それより、みんなで一緒に悪あがきの一つでもしようと思ってね。勝てるとは思えないけど私たちは努力のエンデヴァーの国民よ! 死ぬ前にすることが努力じゃなくてどうする?」
  ひかりちゃんが参加者全員に対して発動した【寿命の安売り(スピリットアンドタイム)】で処刑隊の襲撃の日まで不眠不休で修行するつもりだ。

【寿命の安売り スピリットアンドタイム】は文字通り寿命を削って時間に帰る能力だ。ただ一日の時間が増えるわけではない。睡眠と休憩を取らなくて良くなるのだ。体が一次的に麻痺状態となり、疲労を感じなくなる。そしてぶっ続けのぶっ通しで修行する。そして処刑隊を迎撃した後解除してツケを支払う。
 もちろん一度に全部払うことはできない。およそ一ヶ月分の疲労とストレスが一気にきたらほぼ間違いなく死ぬ。だから数ヶ月かけてゆっくりと支払う。具体的には、一ヶ月頑張って、その後三ヶ月寝たきりってことだ。コストパフォーマンスが悪い。はっきり言って最悪だ。だけど背に腹は変えられない。
  修行は単調だった。それぞれみんなが自分の長所を伸ばすようにしておもいおもいの方法で殺人能力キリングを強化する。
 力が強い人は怪力になる肉体強化系の能力。頭がいい人はより高度に考えられるように思考系の能力。
  そして俺はまだレベル三が発動できないでいた。

[処刑隊襲来一ヶ月前]

 一ヶ月前になった。もう村の全ての人が今広場で修行している。
  目の見えなかった子供も来た。
「あの時は助けられなくてごめん」
「俺も一度は君を見捨てた。だからおあいこだな」
「一緒に戦おう。僕たちみんなで」
  そこには大勢のストリートチルドレンがいた。
 どの子も障害を抱えていたり、とてもじゃないが殺し合いなんてできない、今のままだと。その子達全員に殺人能力キリングを教えた。目の見えない子は目が見えないことをコストに、耳が聞こえない子は耳が聞こえないことをコストにした。この国で最も強い能力者は障害を持った人たちとなった。
  だから村人全員が少しずつ寿命や聴力、身体能力を分けてあげた。最小限のコストで最大限の人員を確保した。
 一ヶ月前と違って村の全員が揃っていた。俺以外の全員がいなかった広場には大勢の人がいる。この中にこの国が勝てると思っている人はおそらくいないだろう。だけど諦めている人はいなかった。
「みんなちょっと聞いてくれ」
 俺は広場の中心で村人全員に対して声をかけた。村に住む全ての人々が俺を見ている。子供も女も男も、その全員が今は共に戦う仲間だ。これから起こる戦いなんて忘れてみんなで逃げてしまいたい。だけど、そんなこと出来ない。
  そして、俺は村人全員が俺を見ている中、口を開いた。
「この国には三つのルールがある。一つ目は、何があっても絶対に諦めてはいけない。二つ目は、この国では努力が無駄にならない。そして、三つ目は、夜十二時以降は部屋に誰も入れてはいけないというルールだ」
「二つ目のルール、これは誰が作ったのかはわからない。だけど少なくとも現時点ではなんの効果もない。ただの嘘だ」
 本当は誰がなんの目的でこんな嘘をついたのかなんとなく見当はついていた。だけど確信が持てなかった俺は、何も言わずに続けた。
「次に三つ目のルール、これはひかりちゃん! 君が作ったんだろ? 殺人鬼から村の人々を守るために」
「ええそうよ。だけど私一人でじゃないわ。みんなで話し合ってルールをこっそり追加することに決めたのよ」
  こっそり追加したのはみんなに本気で信じさせるためだろう。
「そうか。ありがとう。以上のように上の二つのルールは嘘だった。今から言うことは全て真実だ。言いたくないけど言わなくちゃいけない。知っているものもいるだろうが、ここで改めてもう一度言う。しっかり聞いてくれ。みんなは努力は無駄にならないと信じて今まで生きてきたはずだ。だけどわかっただろ。処刑隊の襲来には今からいくら頑張っても絶対に間に合わない。現実は、無駄にならない努力なんてほとんどないんだ」
  ざわつく周囲。
「どれだけ頑張っても、少し運が悪いだけで、少し生まれる場所が悪かっただけで叶わない夢っていうものはあるんだ。どれだけ努力しても関係ない。最初から生まれたときから無理だと決まっていることもあるんだ」
「じゃあ俺たちが今までやってきたことは全部無駄になるっていうのかよ?」
「そうだ」
「今日までの頑張りはなんだったの?」
「これから無駄になる努力だ」
「馬鹿馬鹿しい。なら私たちはずっと何をしていたの? これじゃ笑い者じゃないの? 私たちは何も頑張っていなかったっていうの?」
「違うっ!  確かに俺たちはいい笑い者だ。馬鹿みたいに努力だ夢だガキみたいに騒いで。毎日毎日自分たちが手のひらの上で踊らされているとも知らないで、騙されていた。だけど、それこそが本当に努力するってことだ。リスクがあって、金も時間もいくらあっても足りない。途中で諦めれば今まで費やしてきた全ての時間は無駄になる。いくら一生懸命頑張っても途中でやめたら、何もやっていないのと同じだ。どれだけ頑張っても結果が出なけりゃ、自分の半分も頑張っていない奴に馬鹿にされて、周囲の人間から笑われる。それでも諦めずにやるのが努力だ。失敗もしない、リスクもない、最初からうまく行くことが決まっている。俺たちがやっていたのは努力じゃなかったんだ」
  みんな黙って聞いている。
「三つのルールのうちの一つ目。なんだったか言ってみろ」
「「「「「「何があっても絶対に諦めてはいけない」」」」」」
「そうだ!  もうポップアップウィンドウを見るのをやめろ!  あんなのを嬉しそうに見つめ続けるのことは努力じゃない。どれだけ時間がかかるかわからない。目の前は真っ暗だ。もしかしたら向こう側には何もないかもしれない。見えない壁にぶち当たるかもしれない。ひょっとしたら谷があって越えられないのかもしれない。それでも必死で見えない向こう側に向かって暗闇の中を進んで行くのが頑張るってことだ」
  俺の演説に応えるように村の住民いや、この国のすべての人々が答えた。
「そうだ! 俺たちがいるのは努力の国だ」「処刑隊なんかに負けるもんか!」「絶対に勝つぞ!」「俺たちの努力ならきっと何かを変えられるさ!」「処刑隊のやつらめ、父さんと母さんの仇を討ってやる」「俺たちにもまだできることはあるんだ」「絶対に諦めちゃいけない」「俺たちにできないことなんてない!」「俺たちは最後まで諦めない!」「絶対に勝つ!」「みんなで力をあわせるんだ」「努力こそが最強の力だ!」「最後の一瞬まで諦めてたまるか!」

  そして、最後の一ヶ月が終わった

[処刑隊襲来の日]

  ついに襲撃の日が来た。みんなそれぞれ自分の長所を生かして強くなった。だけど、まだ十分とは言えない。俺は一対一でジャックと戦うために一人で戦いの準備をした。
「俺が一人で戦う!  みんなは村で待っていてくれ!」
「何言っている? 危険すぎる。だめだ。みんなで戦っても勝てるかわからないのに!」
  魚売りのおっちゃんが俺を制止する。
「悪いな。無理矢理にでも行く」
  そういうと俺は無理矢理、村の入り口に走って行った。
「ひかりちゃん。あのバカを連れ戻してくれ。一人じゃ殺されるだけだ!  絶対に勝てない」
「わかった。連れ戻してくるわ」
 ひかりちゃんはそう言うと走って俺を追いかけてきた。
 俺は走った。
「待って、まもるちゃん。止まって」
 無視して走った。
「まもるちゃんっ!」
 学校で教室から逃げた時のように走った。友達に背を向けて。
「止まって! ジャックと一人で戦う気なんでしょ? 少しで良いの!」
「俺一人でも行く。君は、俺を連れ戻しに来たんだろ?」
 俺はようやく立ち止まると振り返らず言った。
「違う!  あなたならできる! あなた以外の全ての人間が諦めてもあなただけは諦めなかった。あなたなら勝てるわ。わたしはそう信じている。それを言いにきたの」
  そういう驚いてぽかんとした俺に駆け寄り、にこりと笑ってから頬に口付けをした。
「行って!  はやくっ!」
  俺の目をまっすぐ見て叫んだ。迷いも疑いもなく本気で人のことを信じている目だ。澄んだ瞳の中には少しの陰りもなかった。俺が勝てると信じてくれている。
 俺は何も言わずにこくりとうなずいて走っていった。
「絶対に勝って。あなたは私たちのひかりよ」
  ひかりちゃんは、まもるに聞こえないくらい小さな声でつぶやくように言った。

[街外れ]

  処刑隊の部隊は想像よりも大きかった。みんな鎧で武装して、手に手に凶悪そうな武器を構えている。その中の一人、リーダーであるジャックが口を開いた。
「いたな。どうだ? 俺のことを殺せそうか?」
「ああ」
 俺はそっけなく応えた。
「じゃあレベル三を発動できるようになったんだな? 驚いたな、あのおまえの才能で」
「いや、レベル三はまだ発動できない」
「やはりな。そんなんでどうやって俺に勝つんだ?」
「いまから習得してコストを支払わずに発動する」
「は? 悪いがが言っている意味がわからない」
「おい! 俺はいまからそこの余裕満々の金髪を殺す。だから俺にレベル三を発動させろ!」
 俺はその場にいないそいつに向かって話しかけた。
「俺に言っているのか?  さっきから何を言っているのかわからない」
  戸惑いながらジャックが答えた。
「いや、違う。ジャックおまえは黙って見ていろ」
  俺はぶっきらぼうに答えた。
「おい! さっさとしろ! みんなを俺がまもるんだ! 聞いているんだろ?」
 返事はない。だが俺は話しかけ続けた。
「そこの金髪に言っているんじゃあない。殺人能力キリングを作り出したお前に言っているんだよ。聞いているんだろ?」
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