ホームレスを装備しました(この小説はホームレス専用の小説です! ホームレスではない方は見ないでください!)

大和田大和

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凍りつく背筋はまるで

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「ちょっと! 何やっているのっ?」
私はジャックを無視して、泥を飲み込んだ。泥は排水とゴミの味がした。喉の中を力強く、固形物と液体のハーフが通る。その味と食感に全身が震えがなら拒否反応を示す。小さな石の粒や何かの死体が喉を勢い落ちていく。腹の底から嘔吐感と嫌悪感がこみ上げてくる。ぞっとするほどの悪寒が私の背中を舐める。足の先からピリつく何かが昇ってくる。舌の上をヘドが出るほどの絶望が転がる。そして、私はそれを勢いよく道端に吐き出した。

「あなた何を考えているの? そんなものを食べたら身体を壊すわよっ?」
ジャックが信じられないとばかりに目を見開いている。私の背中をさすりながら、落ち着かせようとする。
ひとしきり、地べたに吐くと、私はジャックの方を見た。
「これは、私がホームレスだった時にいつも食べていたものよ」
ジャックは真顔で私の瞳を見つめ返す。

「これがホームレスの生活よ。お腹が空いたら草や砂利を食べるの。喉が渇いたら泥や排水を飲むの。寒くなったらみんなで身体を寄せ合って夜を凌ぐの。ホームレスはなんでも食べられるし、どこでも寝られる」
私の中に眠る辛い記憶は、消えてなんていなかった。一生胸に残る傷跡は深くて生々しかった。見えない傷は、目に見えるほど大きかった。

「ごめんなさい。ただホームレスの子供を見て、思い出してしまって」
すると、ジャックは何も言わずにドブの元に行き、屈み込んだ。私の元に戻ってくると、指先についたドブを私にみせた。そして、それを舌先で舐めた。
しばらく口の中でドブの味を堪能すると、急に顔をしかめてそれを吐き出した。
「美味しくないわ」
ジャックは泥を吐き出すと、笑顔を作ってみせた。
「でしょ?」
私はジャックと少しだけ仲良くなれたような気がした。
そして、私たちは再び歩き出した。
「私は、この国からホームレスをなくしたい。もっと大きくなって立派になったら一人もホームレスがいない国にしたい」
私は自分の目標をジャックに告げた。
「あなたならきっとできるわ。あなた、愛というものがなんなのかわかっている?」
「世界で一番強い力でしょ?」
「ええ。でもそれはただの飾り言葉。愛っていうのは人間の心の底にある原動力のことよ。あなたが誰かを助けたい、誰かを守りたいと願う時に身体を動かす源にあるもの、それが愛なの」

ジャックは再び私の右ほほに掌を優しく押し当てる。彼女の手から再び何かが流れ込む。優しくてもどかしいほどの幸福感がそれに伴っている。目に見えないそれは、見えない輝きを放ちながら、私の心を少しだけ満たした。きっとこれが愛なんだろう。
「明日から先生と一緒に修行が始まるわ。それはすごく辛いことで、あなたは何度も挫けそうになるかもしれない。でも、諦めないで。あなたならできるわ」
「うん。またね!」
「今日は本当に楽しかったわ。また会いましょう」

そして、私は長かった一日を終えた。辺りは焦がした黄金のような夕焼けに包まれていた。昼が夜に飲み込まれる瞬間は、それはそれは綺麗だった。太陽から地上に打ち込まれる光の束は、惑星の表面を舐める。オレンジ色の輝きが地表を鮮やかに綾なす。地平線まで続く、久遠のカーテンは一日の終わりを告げる。
私は噴水広場を通って、自室に帰ろうとした。噴水から空に打ち上げられる水の柱は、夕日を反射して私の顔をオレンジ色に濡らした。

そんな心地よい静寂を切り裂いて私に誰かが声をかける。
「君が愛ちゃん?」
そこには見たこともない青年が立っていた。先生そっくりの金髪が夕日を弾いて綺麗に光る。彼の出で立ちは、私の想像の中のジャックそのものだった。
「そうだけど、あなたは?」
「ずーと一日ここで待っていたんだぞ? 今までどこをほっつき歩いていたんだよ?」
「どこって、先生の部下のジャックに街を案内してもらっていたのよ。あなた誰?」

「ジャックだ」

「え?」
その瞬間、世界が止まったような気がした。
「俺がそのジャックだ」
「え? だってジャックは女の人で、さっきまで私と一緒にいたわ」
「いいや、俺が正真正銘、先生の部隊の隊長のジャックだ。君、今まで誰と一緒にいたの?」



夕日は消える。太陽が完全に地面に飲み込まれて姿を消した。そして、訪れる夜の闇。真っ暗で冷たくて、光なんてどこにもない。目を閉じればいつだってそこにあるはずなのに、この日の暗闇はいつもより、ずっと、深くて、黒くて、暗くて、重たかった。

その後、私のことを不審に思う本物のジャックとともに、簡単に街の案内をされた。さっきまでいた店長代理の人たちはどこかへ消えていた。代理ではなく本物の店長が店先にいた。

もちろん、その人たちに店長代理のことについて尋ねたが、どの人も『急遽用事が入って、都合よく現れた知らない人に店を手伝ってもらった』と口を揃えた。

本物のジャックによるこの街の説明は、この時の私の頭にはまるっきり入ってこなかった。私の脳内は、今日一日をともにした正体不明の謎の女性のことでいっぱいだった。あの人は一体誰だったのだろうか?
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