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【最終話】エンドゲーム

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俺の正体が老人だとすれば全ての辻褄が合う。
小学校に一年四組がないのも、知らない先生がいるのも、
自分の家がなくなっていたのも、当然だ。

時が経ったから知らない先生がいて、一年四組がなくなっていて、自分の家が消えていたんだ。

やたら息が切れたこと、小学生と同じくらいしか身長がないことは、両方とも老衰が原因だったんだ。

そして、あのえっちなお姉さんは実際に誘拐されたんだ。

だけど、それはとっくに過ぎ去った出来事。今から八〇年前の事件だ。
殺人鬼との命をかけたゲームは二度目だったのだ。

(殺人鬼からもらったカードにも『今度こそ負けないぞ』と書かれていた)
俺は、殺人鬼とのデスゲームをわざともう一度行うことによって自分の記憶を取り戻したんだ。

全ては、あの約束を守るために。

「もしかしたら……まだ間に合うかもしれない」

まだゲームは終わっていないんだ。今からは……わしのゲームだ。

『こうもんで遊んではいけません』このキーワードがやたらとわしの頭の中で反芻された。

性的なワードが小学校の用語とミスマッチし、不思議な魅力を放っていたわけではなかった。老いた頭で必死になって、お姉さんとの約束を思い出そうとしていたんだ。

「ちょっとおじいさん! どこに行くんですか?」
わしを引き止める警官の声を無視して、わしは走った。
今度こそ間に合うように。

体が夜の街の間を縫っていく。ヨボヨボの老体を引きずりあの人の元へと走る。
男の人生を狂わせ、悩ませ、悲しませ、そして明るく彩ってくれるのはいつだって女だ。

男が走る時は、女性を待たせている時だ。
何歳になっても、いつの時代でも変わらない。

河原を走り抜け、公園をつっきり、かつて自分の家があった場所に見向きもせずに走っていく。
足が根本からひきちぎれそうだ。

心臓は、破裂してしまいそうだ。
老体に鞭をうち、女のために命の蝋燭を輝かせる。

そして、待ち合わせの場所に着いた。
わしが彼女と待ち合わせをした小学校のこうもんだ。

そこにはわしのことを待っていてくれた人がいた。

わしはその人に向かって、
「遅れてごめん……」

今朝ぶつかってしまって、暗号を一緒にといてくれた老婆は、わしの顔を見ると、
「こらっ!」

その瞬間、宝石のような記憶のカケラが浮かび上がる。
頭の中に若かりし頃の彼女の姿が浮かぶのだ。

髪は肩よりも長く真っ黒。目はぱっちりしていて、整った目鼻立ち。
可愛がりたいというよりは、甘えたくなるようなタイプ。
胸はエイチカップ以上の超爆乳。

いつも胸元が空いた服を着て、俺が谷間をチラチラ覗くと、悪戯っぽい表情になって『こら!』と言ってくる。

「こらっ! 女を待たせたらダメでしょ?」
「ずっと待っていてくれたの?」
彼女は、コクンと頷いた。

【日曜日の夕方こうもんで待ち合わせしましょう? 遅れたら承知しないからね】
それがお姉さんと交わした最後の言葉。

わしがえっちなお姉さんと結んだ男としての初めての約束だ。

わしはそんな約束を守れなかった。
「約束守れなくてごめん……待っていてくれてありがとう」

彼女は、近所に住んでいた年上のお姉さん。両親を殺されたわしを可愛がってくれた。一緒に暗号を解いて遊んだり、話を聞いてくれた。

ひとりぼっちで泣きじゃくるわしを慰めて、孤独を和らげてくれた。
彼女がいたから一人じゃなかった。

彼女がいたからこの残酷で不平等な社会で狂わずに済んだ。

そして、ある日こうもんで待ち合わせしていたのにお姉さんは来なかった。
あの殺人鬼に誘拐されたのだ。

だがわしは、自分の大切な人をもう殺されるわけにはいかなかった。
だから走った。今日と同じように。そして、お姉さんを助け出すことに成功していたんだ。

俺は……約束を守っていたんだ。

◆◆◆[過去の記憶 (視点変更でえっちなお姉さん視点になっている場所は全て過去の出来事)]
【私は、恐怖のあまり目尻から涙が溢れた。麻布に涙のシミが浮き上がる。
そして、心の中で祈った。
(お願い助けて!)

その時だった――
勢いよくドアが開く音がした。
そして、聴き慣れた声が部屋に響いた。

「お姉さん! 間に合ったよ!」
彼は、私の小さなヒーローは約束を守ってくれた】





【エピローグ[時系列:現在 主人公視点]】

老婆はわしに言う。
「一体何年待たせる気?」
「八〇年かな。待たせてごめん」

わしが小学生から中学生、高校生へと大人になっていくにつれ、お姉さんへの気持ちは変わっていった。

最初は恋愛感情なんてなかった。だけど、大人になるにつれて彼女への気持ちが女性への愛情だということに気づいたんだ。

わしの頭の中にははっきりと女性とセ○クスした記憶がある。小学生なのに女性経験があると言うのはやっぱりおかしい。あれは、きっと若い時の記憶。

わしがお姉さんと愛し合った時の記憶だったんだ。

その後、数年付き合ってからわしたちは恋人関係ではなくなった。
「こらっ! またお茶こぼして!」

小さい時憧れていたえっちなお姉さんは……わしの嫁は、すっかり変わってしまった街で、変わらない笑顔をわしにくれた。

〈完〉


【登場人物紹介と時系列の解説】
なもなき老人 自分のことを小学生だと思い込んでいた。その正体は、八六歳の老人。

なもなき老婆 主人公の嫁。冒頭のプロローグで主人公にえっちなことを言ったシーンはこの人の若い時の姿。

殺人鬼(伊集院光人) 主人公の恋敵。八〇年前、小学校の校門で女生徒を誘拐したが、主人公に阻止されて、恨みを抱いていた。


本小説を最後までお読みいただき本当にありがとうございます。

この小説の最大のトリックは、過去の出来事と現在の出来事が同時進行していたことです。
二度[◆◆◆えっちなお姉さん視点]を物語の途中で挿入しましたが、現在の出来事ではありません。視点変更したシーンは全て過去にすでに解決された事件の描写です。

伏線は、『黒いバンに乗っていたのに視点変更した後は、青いバンに変わっていたこと』
『殺人鬼に捕まったシーンで普通に喋っていたお姉さんが視点変更後では、急に猿轡をハメられていたこと』

「ん?」と思われた方も多いと思いますが、その感覚はあっています。
他にもやたら息切れしたり、老眼で遠くが見えなかったり、老婆のお茶に懐かしさを感じていたり、山のようにヒントを挿入しておりますので、気づいた方はコメント欄にでも書いてください!

時系列は、
[プロローグ](お姉さんとえっちな会話をした冒頭)
[お姉さん視点一](バンで連れ去られるところ)
[お姉さん視点二](小学生が助けに来てくれたところ)
[本編](逃げ出した殺人鬼を再び追い詰めるところ)
の順番です。なのでプロローグとその後の本編の間に、省かれた八〇年があります。


【主人公の作戦が難解だったと思うので、以下で時系列順に、解説します】

一、 精神病院内で殺人鬼と接触。この時、彼の精神錯乱が嘘だと見抜く。
二、 自分だけが解ける暗号を殺人鬼に渡しておく。『これを使ってゲームをしないか? え? 興味ない? なんだ負けるのが怖いのか?』と挑発した。
三、 殺人鬼を逃し、自分も精神病院を脱走した。
四、 殺人鬼から自白を引き出し、彼を最逮捕させる。裁判はやり直し。
五、 過去の記憶の再体験により、自らは記憶を取り戻す。
六、 老婆の元へ。


【読者サイドから考えられる質問】

主人公は、自分の手を見たりしなかったの?
『冬なので手袋をしていた(ちゃんと冒頭で手袋をつけているとこを描写しました)』

老婆はなんで主人公の元家の近くにいたの?
『老婆は主人公の近所に住んでいたお姉さん。なので会ったのはたまたまではない。ちなみに老婆が住んでいる家は、主人公の家でもある』

老婆はなんで主人公に真実をばらさなかったの?
『痴呆のある主人公に真実を言っても効果がないと判断したため』

二人に子供はいるの?
『います。が登場していません』


【後書き】
最後までお読みいただきありがとうございます。
この作品は、クリストファーノーラン監督の映画『テネット』を参考にして作りました。
テネットのキーワードは、そのままテネットでした。ですが、本小説のキーワードは『こうもんで遊んではいけません』です。

時系列を複数同時並行で描写するのは、ドラマ『ウエストワールド』や映画『ソウレガシー』を参考にしました。

主人公の記憶錯誤は、テレビゲーム『デスストランディング』、映画『手紙は覚えている』などを参考にしました。

楽しんでいただけた方も、そうでなかった方も本当にありがとうございました。あとタイトルとあらすじをえっちぃ感じにして釣ってしまって申し訳ないです。笑。

本当にごめんなさい。
そして、最後にもう一度お礼を言わせてください。ここまでお読みいただき本当に死ぬほど嬉しいです! ありがとうございます! あなたは最高!

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