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堪え難いほどの真実。その二
しおりを挟む第八章 悲しい現実
「老人ホームから脱走した老人とは、お前のことだ」
「そんな! どういうこと? ならあたいは、自分のことをギャルだと勘違いしていたのか?」
「そういうことだ。ローズお前は認知症なんだ。自分の家族や、自分自身のことも思い出せなくなる。それは誰にでも起こることだ」
「今、あたいは何歳なの?」
「九十六歳だ。お前はさっきまで、二十歳前後の時の自分だと錯覚していたんだ。髪は黒く、ナイスバディーで、元気なギャル語を喋る。それは彼氏を目の前で失って、人生に絶望する前のお前だ」
きっとあたいはずっと幻覚を見ていたんだ。強く自分のことを信じ込み、ありえない虚像を網膜に写していたんだ。
だが、鏡をしっかり見てからは、今の自分の弱々しい姿を感じることができる。
「依頼金を払ったのは誰?」
「お前だ」
あたいはあちこちが軋んでゴムのようになった食道で唾を飲み込んだ。
「そんな」
「認知症が発症する前に俺のところに来たんだ。ローズ。俺たちがこのダンジョンに来るのはこれで十一度目だ。これはお前の認知症を改善させるためのセラピーだったんだ。彼氏が自爆した地点に何度も足を運び、辛い記憶を思い出させる。そうして、現実を受け止めるしかない」
あたいは大きく息を吸い込んだ。
「聞きたいことがあるんだけど」
「どうした? なんでも聞いてくれ」
そして、あたいは目の前にいる初対面の男性に声をかけた。
「あんた誰?」
その瞬間、彼は、少し驚いたような表情を一瞬だけ浮かべて、
「俺はケンだ。あなたの友達だ」
また優しそうな表情に戻った。
「もしかしてまたあたいは、認知症の症状が出たのかい? ごめんなさい。あんたが誰だがわからない」
「いいんだ。大丈夫だ」
ケンと名乗る青年は、あたいの肩に手を乗せて優しく言ってくれた。
あたいは周囲を見渡して、
「ここはどこ?」
「ここはパワーダンジョンの中だ」
ケンはあたいの目をじっと見つめる。
「あんた誰だい? さては、あたいの美貌に見ほれているんでしょう?」
あたいは目の前にいる見たこともない青年に声をかけた。
「ああ。そうだね。ローズはすごく素敵だよ」
「あたい、そろそろ帰りたい」
「ああ。じゃあ一緒に帰ろうか」
そして、アリシアと名乗る初対面の女の子に手を引かれて、パワーダンジョンを後にした。
[ケン視点]
生い茂る機械の森が俺たちを洗う。鬱蒼と伸びるケーブルのツタが、遺跡全体の体を隠す。音も風も空気もない。ただ靴音だけが、沈黙の中で息をしている。
遺跡から出ると、アリシアとローズは楽しそうにおしゃべりをしながら歩いている。俺とアルトリウスとは随分と距離が離れてしまった。
「なあ。さっきの人型ロボットとの戦闘の時に、どうやって勝ったんだ? 機械の球体の中に閉じ込められた時、いきなりロボットの背後に瞬間移動したように見えたが」
「ああ。あれね。ほら!」
俺は自分の体を空想状態にしてみせた。
「ん? ケン? どこへ行った?」
空想状態を解除して、
「ずっとここにいたよ」
「自分の存在を消すことができるのか?」
「ああ。俺は一度パワーワード能力が限界を超えているんだ。その後から、空想状態と実在状態(通常の状態)を行き来できるようになった。昔のお前、つまりミノタウルスの部下のフリをしていた時に、」
俺はふと立ち止まった。ミノタウルスの部下のフリ。自分で言ったその台詞がヤケに胸に突っかかった。なんだ? この感覚。
ローズは自分がギャルだと錯覚していた。
人型ロボットは自分がロブだと錯覚していた。
もう一人くらい、自分の素性を偽っている人物がいるかもしれない。
「まだ終わっていないかもしれない」
胸の中に何かがざわつき始めた。まだこの物語は続く。あとほんの少しだけ明かされていない真実があるような気がする。
「ん? どうした?」
俺は最初に、ローズとともに、紅茶休憩をした場所に向かって走った。走る。走る。走る。もしかしたらまだ変えられる何かがあるかもしれない! まだ間に合うかもしれない!
そこには、まだあの時のホームレスらしき老人がいた。
「おい! 急に走り出して、どうしたというのだ?」
アルトリウスが俺に追いついて、肩でゼエゼエ息をしている。俺は彼女を無視して、老人の隣に座った。心臓が張り裂けそうだ。血管の中を血が勢いよく廻る。
俺は隣にいる老人に声をかけた。
「紅茶飲まないのか?」
「ああ」
「あんたずっとこうして座っているのか?」
「ああ」
「あんたがロブだろ?」
「ああ」
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