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暗闇よ! 明るく照らせ!

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「アルは右側から、アリシアは左側から囲むようにして追え! 俺は背後から最短ルートで追う!」
「わかった!」
「がってん!」
そして、俺たちは三ルートに分かれた。


暗い路地裏を縫うようにして走る。朧月の仄暗い光は、路地には届かない。じめじめと湿気を抱いた空気が路地には充満している。まるで、海の中を走っているようだ。

時折、建物の隙間から光が飛び込んでくるが、そんなものあってないようなものだった。

頼りにするのは、耳に飛び込んでくる殺人鬼の足音。はるか前方から反響音が心地よく響く。コツコツコツコツと、地面を足でノックする。時折、バシャリという水音も聞こえてくる。おそらく地べたにできた汚水の水たまりに足を突っ込んだのだろう。

「くそっ! 暗すぎる。これじゃあ見失ってしまう」
俺は幾度か物に足を取られ、ぶつかりながら路地を進む。

「何か、パワーワード。何かないか?」
酸欠でボケボケする脳を必死で動かす。そして、
「暗闇が、路地を照らす!
俺はパワーワードを呟いた。すると、
『パワーワードを感知しました。ケンの能力が向上します』

俺の視界を阻んでいた闇が、いきなり眩しく感じられるようになった。

暗い部分が明るく感じ、明るい部分が暗く感じた。視界を白黒の映画にした後、白と黒をあべこべにしたようだ。つまり、暗い部分が明るいと感じるということだ。

「よしっ!」
俺は路地の中をさらに走る。はるか左右のほうで聞こえていた仲間の足音はいつの間にか完全に聞こえなくなった。前方から聞こえてくる殺人鬼の足音と、俺の足音だけが鼓膜に触れる。

生ゴミの腐ったような匂いが鼻腔に突き刺さる。足元に打ち捨てられたネズミの死体を踏みつけた。汚らしいゴミが浮いている水たまりを踏んだ。気づけば俺の体はドロドロに汚れていた。あちこちにゴミがくっついている。

「ったく。路地裏なんて通りやがって! 大人しく捕まれよ」
俺は悪態をつきながら、さらに走る。風が頬を切って、体を洗う。闇明かりの中で、俺の体が弾丸のように突き進んでいく。

そして、
「うおっ! 暗っ! パワーワード解除」
俺は急に視界が真っ暗になったので、慌ててパワーワードを解除した。これで通常の人間の視界に戻る。暗い部分が暗く、明るい部分が明るい。

目の前には、月明かりに照らされて、追い詰められた殺人鬼の姿がはっきりと見える。
「追い詰めたぜ」
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