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気持ちいい……

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俺は走り、右手で捻った剣をクロコダイルに叩きつけた。
クロコダイルは黒いモヤのようなものを体から出して防ぐ。

(なんだこれ? 黒い霧?)

黒い霧は、明らかに気体だ。空気中を漂うガス。
気体などに物理攻撃を弾けるはずがない、だが俺の剣を完全に防ぎ切った。

切りつけた感触は、まるで巨木を切りつけたときのようなものだった。
切っ先から感じる重みは、腕を通り抜け、俺の肩にのしかかる。

体にじんわりと衝撃が広まっていく。まるで剣を通して熱を感じ取っているかのようだ。
「このあたしと戦う気かい? いいだろう! 受けて立つ!」
クロコダイルは距離を取る俺に追撃を仕掛ける。

「アリシア! ココの治療と、ゴリアテを頼む!」
「がってん!」



クロコダイルは、黒いモヤを使って直線的な攻撃を仕掛けてきた。単調なメロディーは重たく鈍い。
「オラオラオラ!」
攻撃に威力はさほど乗っていない。女性のパンチを受けているような感じだ。水で彼女の攻撃を弾き続ける。

黒いモヤは、彼女の意のままに動く。淀み、汚れ、うねりながら俺の体に触れようとしてくる。

「ワニの力を見せてやる!」
クロコダイルは、気体の乱打を浴びせてくる。猛烈なガス状攻撃は、ワニのそれとは似ても似つかない。

「これのどこがワニなんだよ!」
俺は力を入れてガスの隙間を突き刺す。剣は黒いガスの斑を正確に射抜いた。

鋭い音とともに、手に嫌な感触が染みた。俺の剣がクロコダイルの体を突き刺したのだ。

水の剣は彼女の太腿を貫通している。

彼女は俺を見て――
「かかったな」

「なに?」
俺は剣を引き抜こうとした。だが動かない。コンクリートに埋められたみたいだ。剣に力を込めても何の反応もない。地面に突き刺さったかのようだ。

「クックック。私のクロコダイルは、獲物を食い尽くす」

黒いモヤがじっとりと俺に向かって伸びてくる。ゆっくりとねっとりと舐めるように空を泳ぐ。

俺は手にした剣を捨てて、距離をとった。だがそれがマズかった。

剣を持っていない俺はモヤを防ぐ手立てがない。
モヤは徐々に俺に伸びてくる。その身を踊らせながら空気の中を貫通してくる。

「くそっ! 来るなっ!」
そして、正体不明の攻撃が俺の体に直撃した。

その瞬間、脳に発生したのは、“痛み”ではなかった。

俺は頭の中に不意に生まれた感覚を口からこぼした。
「気持ちいい」
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