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ボーナスタイム

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女の子たちがわらわらと俺にたかってくる。まるでサメの群れの中に放り込まれたナマ肉のようだ。
俺はもえに向かって、
「それでさっきのジャロってやつ意外の悪い貴族ってのはどこにいるのかい? 今日中に僕が全員倒すよハハッ!」
「もういません」
「え?」
「もうこの国に悪い奴はいません。ジャロだけです。なのでこの国の平和は保たれました」
「え? もう終わり? マジで?」
「ええ。あとはゆっくりとこのなろうの世界を楽しんでくださいね!」
「じゃあ。仮面を被った殺人鬼も、超強い竜の王様も、裏切りも、陰謀も、策略もなし?」
「はい! 今回はそういうのは無しです!」
「え? まじ? 本当にもう終わりなの?」
「マジですよ!」
「いやったあああああ!」
俺はかつての戦いの数々を思い出した。突き刺され、踏みにじられ、頭を砕かれ、腹を食い破られ、打たれ、殴られ、斬られ、噛まれ、散々だった。
狼男に殺されかけて、竜王に瞬殺され、友達を失って、ミノタウルスに殺されかけ、ロボットに焼き殺されかけた。
世界観もおかしいのばっかりだった。殺人オッケーの竜の国に、ムキムキのおかまの群れの国などなど、ろくな思い出がない。
だけど、このなろうの国は最高だ。
「これがなろうの国です。お楽しみいただけましたか?」
と、もえ。
「ああ! 最高だ!」
そして、この国のルールによる拘束力が切れたのだろう。脚本に縛られた“なろうの主人公状態”が解除された。


「やっぱりさっきのはこの国のルールによるものだったんだな?」
「そうなんだからねっ!」
もえは元のツンデレキャラに戻った。これが素なのだろう。
「ここはなろう系小説のファンが集まった国なのか?」
「そうなんだからねっ! ここでは、なろう系小説の世界観を現実にしたい人が集まる国よ」
「さっき俺の体が勝手に動いたのは、この国のリーダーの能力か?」
「そうなんだからねっ! 王様はなろう小説の末期患者。あまりになろう系が好きすぎて自分で小説を書き始めた元引きこもりなんだからね!」
「引きこもりが王様になったのか。そりゃすごいな。ところでずっと気になっていたんだけど、さっきの茶番劇はどういう設定だったの?」
「茶番劇なんてひっどおおおおおい! 茶番なんかじゃないんだからねっ!」
「え? でももう俺の意思で動けるんだろ?」
「そうよ! でもさっきのモテモテハーレム無敵チート状態はずっと継続だからねっ! それに……私がケンのことを好きっていうのだけは……嘘なんかじゃないんだからね(照れたような小声)」
うおっ! これがツンデレか! ずっとケンケンされた後に好意を伝えられるってなんかいいな。つーか照れ臭っ。
「そ、そっか。それなら悪い気はしないな。んで俺の仕事は結局何だったの?」
「はあ? 仕事? なんのこと?」
「もえが俺をこの国に呼んだんだろ? 悪い貴族を倒して欲しいって依頼」
「そんなの私知らない! それにあんた仕事なんてないでしょ?」
「? 何を言っているんだ? 俺は何でも屋のケンだ」
「違うわ!」
「は?」
「あなたはなろう系小説の主人公なのよ! だからあなたは無職よ! あなたは無職でニートで引きこもりで社畜なのよ!」
「無職で社畜って矛盾してない?」
っていうか俺がなろう主人公っていう設定はまだ生きているんだな。もう演技なのか芝居なのか現実なのかわからん。
「矛盾しているけど……それがどうかしたの?」
あ、この世界だと矛盾しているものがそのまま存在できるんだった。
「いや、矛盾していていいんだったな。うっかりしていた。それで、無職で社畜の俺はこの後は何をすればいいのかな?」
俺はさっきの主人公っぽく聞いてみた。
「何も! ただなろう系の世界観を楽しんでもらえたらそれだけでいいんだからね!」
「え? じゃあ今回は痛いのも辛いのももう終わり?」
「そうよ! お疲れ様なんだからね!」
「マジっ? やったああああああああ!」

この時の俺は、この後に思いもよらない展開が待っていないことを知らなかった。親しい人物の裏切りも、意外な人物が敵に回ったりもない。のんびりとした平和がただ俺の上を流れるように滑っていく。今回は本当にそういうのはない。ボーナスタイムだ。まじだ。
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