嫌われ公女に転生したけど、愛されたい願望を捨てたら全員がデレてきた

桃瀬さら

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15.選択

 足音を立てないよう息を殺す。
 イサークとルペルトの視線は互いに絡み合い、まだナディアに気づいていない。

 ――この場にいてはいけない。

 胸の奥で警鐘が鳴る。
 イサークはヒロインに心を奪われ、ルペルトは「冷徹な義兄」としてナディアを道具のように扱うはずだった。
 なのに今、二人はナディアを巡って火花を散らしている。

 これはもう……シナリオではない。  
 予想外の変数が多すぎて、破滅エンドのルートがどれなのかすら分からない。

「ナディアは俺の婚約者だ。お前が口を挟む権利などない」
「婚約者?殿下はナディアを一度も守ろうとはしなかった。今さら、何を言っているのですか」

 ルペルトの声は静かだが、怒りを宿している。
 そして、イサークの返答は苛立ちを隠さない。

「守る?お前こそ義兄の名を借りて、ただ縛ろうとしているだけだろう」

 言葉がさらに鋭くなる。  

 ――もう、逃げているだけじゃだめだ。

 ナディアはゆっくりと息を吐き、震える指でドレスの裾を強く握り直した。
 アメジストの瞳に静かな決意が宿る。

「――お二人とも」

 小さな声だった。
 それでも、二人の間に割り込むには十分だった。
 
 イサークとルペルトの視線が、同時にナディアへ向く。  
 一瞬、厩舎に訪れた静寂は、先ほどよりも重く息苦しい。

「私は――」

 ナディアは言葉を探すように一瞬目を伏せ、ゆっくり顔を上げた。

「私は、誰のものでもありません」

 言葉は静かで、しかしはっきりしていた。
 その言葉に二人の表情が凍りつく。
 イサークの瞳がわずかに揺れ、ルペルトの動きが一瞬止まる。

「ナディア……?」

 イサークの声が掠れ、眉が深く刻まれる。
 ナディアはもう一歩後ずさり、静かに続ける。

「殿下の婚約者でも、お兄様の妹だろうと……。私はただのナディア・クロフォード。誰かの所有物でも、誰かの道具でもない。ただ……静かに生きるために、ここにいるだけです」

 言葉は穏やかだったが、そこにあったのは揺るぎない拒絶。  

 誰かの『所有物』や『道具』として扱われたくない。
 震える声で告げられたナディアの心からの願い。

 ナディアの言葉にイサークの顔が歪み、ルペルトの瞳がわずかに揺らぐ。

「ナディア……待て」

 イサークが一歩踏み出す。
 ルペルトもまた、手を伸ばしかける。

 だがナディアは、もう後ろを向いていた。

「――お二人とも、ありがとうございました。でも、もう放っておいてください」

 ゆっくりと歩き出す。
 背後で、二人の声が重なる。

「ナディア!」
「待て、ナディア!」

 庭園の入り口へ向かう足音が、静かに響く。
 
 振り返らない。
 振り返れば、二人の視線がまた自分を捕らえる気がした。
 
 心臓が嫌な音を立てる。
 
 ナディアは角を曲がると、ドレスの裾を翻し、彼女は走り出した。

 庭園の甘い花の香りを感じながら、ナディアは長い銀髪を靡かせて走る。
 
 ただ、逃げたかった。
 自分でコントロール出来ない恐ろしい何かから。

 銀髪が風に乱れ、アメジストの瞳が夕陽に染まる。
 激しく鳴る心臓。上がる息。

 ――私は、誰のものでもない。
 ただ、自分で生きる。

 走るナディアを、執事が驚いた顔で目で追う。
 だが彼女は気にせず、走り続けた。
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