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~プロローグ~
しおりを挟む立っているだけで汗が滲み出てくる暑さの中。
多くの人の雑多に紛れ一人の少女が赤く灯る横断歩道の前に立ち尽くしていた。
原宿と言う様々なファッションの人々が行き交う街中ではあるが、
そんな中でも少女は周りの人々とは少し違い、異彩を放っていた。
この猛暑のなか、彼女は肌の露出をほとんどせず、
顔以外にはボリュームのあるパニエを仕込んだ水色のワンピースから、
オーバーニまでに覗かせる華奢な太もものみであった。
黄色人種に似つかわしくない白い肌は、彼女の黒く長い髪をより一層際立てている。
ワンピースに合わせる為に先日購入した同色の日傘は、今日の彼女のお気に入りアイテムだ。
彼女は信号を待ちながら手にしていた招待状に目をやった。
~ アリスのお茶会 ~
そう銘打たれた招待状には開始の時間と詳細な地図が描かれていた。
ふと進行先の道へ視線を移すと、一人の少年に目を奪われた。
彼は黒く大きなシルクハットを被り、肩まである綺麗な白金の髪を一つに束ねている。
彼女が驚いたのは、シルクハットからぴょこんと飛び出す白く長い耳であった。
それは本物のうさぎの耳の様に右に、左にと周囲の様子を探るように動き、彼女の方を向いた途端に停止した。
少年はこちらに顔を向けると彼女と目を合わせ何かを呟いた。
「○○○○○、○○○。」
信号が青に変わり人々が動き始めるなか、少女はその場で動けぬままただじっと少年を見つめていた。
するといきなり少年は踵を返し、走り出した。
金縛りにあったかのように動けなかったはずの少女は、次の瞬間、少年を追いかけていた。
彼女自身、理由はわからなかった。
ただ、追いかけなければならないと思った。
普段は学校の体育の授業の時でさえ本気で走ったことのない彼女が、この時だけは全速力で少年を追いかけていた。
どれくらいの時間追いかけっこを続けていたのだろうか。
彼女はとても長い間走り続けていたように感じていた。
しかし、彼女が走り続けられる時間などたかが知れている。
少女は体力の限界から立ち止まると、開いたままの日傘を閉じて地面につき、何度も肩で大きく息をした。
呼吸が落ち着くと、周囲を見渡す。
そこは先ほどの交差点とは違い、人影のない、静かでひっそりとした路地裏であった。
大通りから然程外れた場所であるはずがないこの場所であるが、喧騒はなく、
建物に阻まれ日光が届かない為か、空気はひんやりと感じられた。
少女はうさぎ耳の少年を探した。
しかし周囲に少年の姿はなく、目に入ったのは一つの看板であった。
~ アリスのお茶会 ~
カラフルなチョークで彩られた黒い板には
『~ アリスのお茶会 ~ Welcome ↓』
と言う文字が並び、矢印は古びたアンティーク調の扉を指している。
古びた骨とう品店の様な外観は如何にも怪しげな雰囲気を漂わせ、
ただでさえ人気のない路地から人を遠ざけていた。
「うーん…?」
少女は違和感を覚えた。
実は少女がこのお茶会に参加するのは初めてではない。
毎年、年に1.2度行われるこのイベントは少女が一年の内にもっとも大切にしている日であった。
この日にはどんなに猛暑の日差しであろうが、横殴りの雨の中であろうが、
彼女は水色のワンピースの下にパニエをどっさりと仕込み、
白いエプロンドレスにカチューシャをつけ、トランプ柄の入ったオーバーニを履くと決めているのである。
「こんな場所でお茶会なんて、したことなかったはず。」
彼女は一人呟くと店内を覗いてみようと窓を探した。
しかし、窓にはカーテンが引かれ、中を窺う事は出来ない。
扉に耳を当てるが、中からは音や人の気配を感じ取ることは出来なかった。
少女は招待状を確認しようと思いたった。
しかし、招待状は少年との追いかけっこの際にどこかへ飛ばされていってしまったのか、
手に握っていたはずのそれは彼女の手の中から消え去ってしまっていた。
彼女は自身の記憶を辿るが、行き慣れているイベントであった為とりあえず最寄り駅のみを確認し、
ラフォーレをふらついてから目的地へ行けばよいとぼんやりと考えていた。
「今年は趣向が違うのかしら?雰囲気的にはまー、ありと言えばありかな。」
少女は独り言をつぶやき自分を納得させようとした。
“トントン”
ドアを叩いてみるが中から反応はない。
「とりあえず、入ってみないとわからないし入ってみようかな・・・?」
彼女はまた独り言をつぶやき、ドアを開けた。
少女がドアを開けた瞬間、辺りはまばゆい光に包まれ、中から強い風が吹き荒れた。
彼女は咄嗟に目を閉じ、風に負けじと足に力を込めた。
暫くすると、風と光はおさまり、どこからともなく少年の声が聞こえてきた。
「ようこそ、アリス、廻りの国へ。」
ドアの先には少女が追いかけてきたウサギ耳の少年が立っていた。
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