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第3話 【 完 】
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「ようこそ、このザッハカルク王国へ。アイリーン嬢」
ラムネス王子は非常に機嫌よくアイリーンを迎えてくれた。
悪評のこともあるので、内心冷や汗ものだったのだが、アイリーンをこちらの神殿へ迎えてくれるという。
「よろしいのですか?」
疑問をそのまま伝えたアイリーンに答えたのは、付き添ってきたラスクだった。
「アイリーンは知らないんだっけ? この国には聖女がいないんだよ」
「え、」
それでどうやって秩序を保っていられるのだろう。
疑念が顔に出ていたらしい。今度はラムネス王子が、説明してくれた。
「確かにわが国に聖女はいなかった。そのため国の守りは騎士団と民間の冒険者に負担を掛けることになっていたが、今からは違う」
そこでアイリーンに視線が向けられた。
「これからは貴女も、この国の力になってくれるのだろう?」
「でも、私は国外追放されたのですが……」
「それは彼の国の落ち度だな。せっかくの聖女を手放すとは。我が国では心配せずともいい。アイリーン嬢の身の安全は俺が保証しよう」
多少の不安はあったが、どうやら身の安全は保障されるらしい。
そうしてアイリーンは再び聖女として神殿へ仕えることになった。
リルム国にて――
アイリーンの居所が判明し、隣国ザッハカルク王国へ誰が向かうかという議題に、真っ先に手を上げたのはクルト王子だった。
「俺が行こう。何、元婚約者の俺が行けばアイリーンはすぐに戻ってくるだろう」
自信満々の王子の言に皆が頷く。
「かしこまりました。では、お任せいたしますぞ」
「ああ、吉報を待て」
意気揚々と出立したクルト王子一行はザッハカルク王国の王宮へ来ていた。
「ようこそ。我がザッハカルク王国へ」
「歓待ありがとうございます。早速ですがこちらに我が国の聖女が参っているようですが、引き取らせていただきたいのですが」
「ほお? 貴国の聖女が我が国にとな?」
クルト王子が告げると、ザッハカルク国王がいぶかし気な顔をした。
「はい。アイリーンという名の聖女にございます。こちらのザッハカルク王国に身を寄せていると聞き及びましたので」
クルト王子がそう答えると、ザッハカルク国王は首を傾げた。
「はて。そのような話は知らぬな」
「ですが」
尚も言い募ろうとしたとき、側に控えていたラムネス王子が口を開いた。
「そう言えば我が国も聖女がおりましね」
思わぬ言葉にオウム返しに問い返してしまう。
「は? 聖女が?」
このザッハカルク王国に聖女がいないことはクルト王子も知っていたからだ。
「そうだな。ちょうどよい、リルム国のクルト王子よ、紹介しよう。我が国の聖女じゃ」
ザッハカルク国王が告げると扉が開かれ、聖女の正装を身に纏ったアイリーンが現れた。
以前より環境の良い生活で身体も回復したのか、血色のよい肌に加え、健康的な柔らかな曲線を描く身体は年相応の女性として魅力を放っていた。
きちんと背筋を伸ばしたアイリーンの姿はいかにも聖女、といった品に溢れている。
「なっ、アイリーンッ!!」
クルト王子が驚愕の声を上げるなか、アイリーンは静々と進み、ラムネス王子の傍らに控えた。
「ようやく我が国にも聖女が降臨されてな。名をアイリーンという。おや、貴国の聖女と名が同じじゃが奇遇だな」
飄々としている国王の態度に反論できないクルト王子だった。
「それでは貴国の聖女が見付かることを祈っておるよ」
皮肉の込められた言葉で労わられ、仕方なく場を辞するクルト王子。
「大丈夫でしょうか」
クルト王子が謁見の間から去って、アイリーンが不安げに呟くと、力強くラムネス王子が頷く。
「まさかここでは手を出さないだろう。一応、向こうも王族だ。これくらいの空気は読めなければやっていけないだろう」
ラムネス王子が保証してくれたが、アイリーンは不安を拭えなかった。
神殿へ戻ったアイリーンはその不安が的中したことを知る。
「帰るぞ、アイリーン」
どうやってここを知ったのか、クルト王子が神殿へ押しかけて来たのだ。
「お断りいたします」
「何故だ? お前の力が必要なんだ。お前を追放したのは誤りだった。サクラの件も水に流そう」
(水に流す、って私は苛めてなんかいないのに)
「召喚された聖女で十分だ、と言われたのは皆さまですし、私はこちらの聖女になったので貴方の国へ行くことはできません」
アイリーンがそう答えると、クルト王子は激高したようだった。
「ええい、ご託はいいっ、とにかく来るんだっ!!」
アイリーンの腕を取り、無理やり連れて行こうとする。
「嫌ですっ!!」
周りの神官が急いでどこかへ駆け出すのを横目にアイリーンは必死に抵抗した。
「要らない、と言ったのはそちらではありませんかっ!!」
「うるさい、黙れっ!!」
(殴られるっ!!)
だが、その痛みは一向にやってこなかった。
「……?」
「我が国の聖女に無体は困ります」
クルト王子の腕を捻り上げたラスクがいた。
その場で捕縛されたクルト王子に、冷たい視線を向け、ラスクが告げる。
「我が国がやっと得た大事な聖女様です。これ以上のことをされるというならこちらとしても相応のことをしなければなりませんが」
「ぐっ、護衛ふぜいが何を――」
「分かりました。ではこの件はリルム国へも詳細にお伝えしておきましょう。連れて行け」
「待っ、」
連行されたクルト王子の姿が視界から消え、アイリーンはほっと息をついた。
「念のためだけど、控えていてよかったです」
「ありがとうございました」
アイリーンが礼を述べるとラスクは、窘めるように告げた。
「敬語とかしないで下さい。聖女様の方がずっと身分は上なんですから」
「そんな……」
そっけなく言われ、アイリーンが気落ちしていると、
「いやですから、聖女様ですし」
どこか慌てたふうにラスクが言う。
「私はそんなに偉い人じゃないです」
リルム国ではそこまでの扱いではなかったのでアイリーンがそう話すと、ラスクはさらに続けた。
「そりゃあ向こうの奴らの方が悪いです。普通は聖女様なんかそうそうお目通りできるものじゃないんですけどね」
「でも私はそんなんじゃ……」
それに、と思う。
(ラスクさんに敬語使われると、何だか寂しい)
「せめて聖女様は止めて貰えませんか?」
「え、というか俺なんかに敬語も止めて欲しいんですけど」
「でしたら、ラスクさんも敬語をお止めになって下さい」
しかしでも、と言い合っていると笑い声が聞こえた。
「これはお邪魔だったか」
どこか楽し気に言いながらラムネス王子が部屋に入ってきた。
「「ラムネス王子様っ!!」」
慌てて頭を下げるアイリーン達に、
「あの無礼者は強制送還するけれど、他にも何かあるかな、と思って来ただけだから」
さらりと告げると、ラスクの方にどこか楽し気な視線を向ける。
「せっかく聖女が現れたのだから、と俺と彼女の婚約話が出てるけど」
「「えっ、」」
「それはどういう『え』なのかな?」
俺では不服か、と続けられアイリーンが返答に困っているとラスクが、どこか噛み締めるように答えた。
「いえ。聖女様とラムネス様ならきっと似合いだと思います」
(そんな――)
落ち込んだ様子のアイリーンを見て何を思ったのか、ラスクが続けた。
「ラムネス様なら大丈夫ですよ。あのどこぞの王子みたいな真似はしでかしませんって」
「……」
「そこと比べられても困るのだがな」
「申し訳ありませんでしたっ」
「そういう訳ではなさそうだぞ。俺は少し用を思い出したから王宮へ戻らねばならん。後は二人できちんと話せ」
「え、」
あ、そうそうとラムネス王子が降り返った。
「この国でもどこでも聖女の地位は王族より高いのですよ。ですからお相手に誰を選んでも文句は出ませんから」
「「え」」
ぎこちない沈黙の後、出た言葉は――
ザッハカルク王国には長らく聖女がいなかったという。
だが、あるとき現れた聖女が祈りを捧げると土地は豊穣が約束され、国境付近の魔物が消え、流行り病が出ることすらなくなったという。
その聖女は名の知れた冒険者と婚姻を結び、彼の国に長く繁栄をもたらしたと伝わっている。
ザッハカルク王国の隣国にも聖女が召喚されたようだが、こちらは偽物だったようで何の成果も出せず、神殿から放逐されたようである。
その後隣国には聖女は現れず、天災が続き国外脱出する民が増え、国は衰退の一途を辿ったという。
( 完 )
ラムネス王子は非常に機嫌よくアイリーンを迎えてくれた。
悪評のこともあるので、内心冷や汗ものだったのだが、アイリーンをこちらの神殿へ迎えてくれるという。
「よろしいのですか?」
疑問をそのまま伝えたアイリーンに答えたのは、付き添ってきたラスクだった。
「アイリーンは知らないんだっけ? この国には聖女がいないんだよ」
「え、」
それでどうやって秩序を保っていられるのだろう。
疑念が顔に出ていたらしい。今度はラムネス王子が、説明してくれた。
「確かにわが国に聖女はいなかった。そのため国の守りは騎士団と民間の冒険者に負担を掛けることになっていたが、今からは違う」
そこでアイリーンに視線が向けられた。
「これからは貴女も、この国の力になってくれるのだろう?」
「でも、私は国外追放されたのですが……」
「それは彼の国の落ち度だな。せっかくの聖女を手放すとは。我が国では心配せずともいい。アイリーン嬢の身の安全は俺が保証しよう」
多少の不安はあったが、どうやら身の安全は保障されるらしい。
そうしてアイリーンは再び聖女として神殿へ仕えることになった。
リルム国にて――
アイリーンの居所が判明し、隣国ザッハカルク王国へ誰が向かうかという議題に、真っ先に手を上げたのはクルト王子だった。
「俺が行こう。何、元婚約者の俺が行けばアイリーンはすぐに戻ってくるだろう」
自信満々の王子の言に皆が頷く。
「かしこまりました。では、お任せいたしますぞ」
「ああ、吉報を待て」
意気揚々と出立したクルト王子一行はザッハカルク王国の王宮へ来ていた。
「ようこそ。我がザッハカルク王国へ」
「歓待ありがとうございます。早速ですがこちらに我が国の聖女が参っているようですが、引き取らせていただきたいのですが」
「ほお? 貴国の聖女が我が国にとな?」
クルト王子が告げると、ザッハカルク国王がいぶかし気な顔をした。
「はい。アイリーンという名の聖女にございます。こちらのザッハカルク王国に身を寄せていると聞き及びましたので」
クルト王子がそう答えると、ザッハカルク国王は首を傾げた。
「はて。そのような話は知らぬな」
「ですが」
尚も言い募ろうとしたとき、側に控えていたラムネス王子が口を開いた。
「そう言えば我が国も聖女がおりましね」
思わぬ言葉にオウム返しに問い返してしまう。
「は? 聖女が?」
このザッハカルク王国に聖女がいないことはクルト王子も知っていたからだ。
「そうだな。ちょうどよい、リルム国のクルト王子よ、紹介しよう。我が国の聖女じゃ」
ザッハカルク国王が告げると扉が開かれ、聖女の正装を身に纏ったアイリーンが現れた。
以前より環境の良い生活で身体も回復したのか、血色のよい肌に加え、健康的な柔らかな曲線を描く身体は年相応の女性として魅力を放っていた。
きちんと背筋を伸ばしたアイリーンの姿はいかにも聖女、といった品に溢れている。
「なっ、アイリーンッ!!」
クルト王子が驚愕の声を上げるなか、アイリーンは静々と進み、ラムネス王子の傍らに控えた。
「ようやく我が国にも聖女が降臨されてな。名をアイリーンという。おや、貴国の聖女と名が同じじゃが奇遇だな」
飄々としている国王の態度に反論できないクルト王子だった。
「それでは貴国の聖女が見付かることを祈っておるよ」
皮肉の込められた言葉で労わられ、仕方なく場を辞するクルト王子。
「大丈夫でしょうか」
クルト王子が謁見の間から去って、アイリーンが不安げに呟くと、力強くラムネス王子が頷く。
「まさかここでは手を出さないだろう。一応、向こうも王族だ。これくらいの空気は読めなければやっていけないだろう」
ラムネス王子が保証してくれたが、アイリーンは不安を拭えなかった。
神殿へ戻ったアイリーンはその不安が的中したことを知る。
「帰るぞ、アイリーン」
どうやってここを知ったのか、クルト王子が神殿へ押しかけて来たのだ。
「お断りいたします」
「何故だ? お前の力が必要なんだ。お前を追放したのは誤りだった。サクラの件も水に流そう」
(水に流す、って私は苛めてなんかいないのに)
「召喚された聖女で十分だ、と言われたのは皆さまですし、私はこちらの聖女になったので貴方の国へ行くことはできません」
アイリーンがそう答えると、クルト王子は激高したようだった。
「ええい、ご託はいいっ、とにかく来るんだっ!!」
アイリーンの腕を取り、無理やり連れて行こうとする。
「嫌ですっ!!」
周りの神官が急いでどこかへ駆け出すのを横目にアイリーンは必死に抵抗した。
「要らない、と言ったのはそちらではありませんかっ!!」
「うるさい、黙れっ!!」
(殴られるっ!!)
だが、その痛みは一向にやってこなかった。
「……?」
「我が国の聖女に無体は困ります」
クルト王子の腕を捻り上げたラスクがいた。
その場で捕縛されたクルト王子に、冷たい視線を向け、ラスクが告げる。
「我が国がやっと得た大事な聖女様です。これ以上のことをされるというならこちらとしても相応のことをしなければなりませんが」
「ぐっ、護衛ふぜいが何を――」
「分かりました。ではこの件はリルム国へも詳細にお伝えしておきましょう。連れて行け」
「待っ、」
連行されたクルト王子の姿が視界から消え、アイリーンはほっと息をついた。
「念のためだけど、控えていてよかったです」
「ありがとうございました」
アイリーンが礼を述べるとラスクは、窘めるように告げた。
「敬語とかしないで下さい。聖女様の方がずっと身分は上なんですから」
「そんな……」
そっけなく言われ、アイリーンが気落ちしていると、
「いやですから、聖女様ですし」
どこか慌てたふうにラスクが言う。
「私はそんなに偉い人じゃないです」
リルム国ではそこまでの扱いではなかったのでアイリーンがそう話すと、ラスクはさらに続けた。
「そりゃあ向こうの奴らの方が悪いです。普通は聖女様なんかそうそうお目通りできるものじゃないんですけどね」
「でも私はそんなんじゃ……」
それに、と思う。
(ラスクさんに敬語使われると、何だか寂しい)
「せめて聖女様は止めて貰えませんか?」
「え、というか俺なんかに敬語も止めて欲しいんですけど」
「でしたら、ラスクさんも敬語をお止めになって下さい」
しかしでも、と言い合っていると笑い声が聞こえた。
「これはお邪魔だったか」
どこか楽し気に言いながらラムネス王子が部屋に入ってきた。
「「ラムネス王子様っ!!」」
慌てて頭を下げるアイリーン達に、
「あの無礼者は強制送還するけれど、他にも何かあるかな、と思って来ただけだから」
さらりと告げると、ラスクの方にどこか楽し気な視線を向ける。
「せっかく聖女が現れたのだから、と俺と彼女の婚約話が出てるけど」
「「えっ、」」
「それはどういう『え』なのかな?」
俺では不服か、と続けられアイリーンが返答に困っているとラスクが、どこか噛み締めるように答えた。
「いえ。聖女様とラムネス様ならきっと似合いだと思います」
(そんな――)
落ち込んだ様子のアイリーンを見て何を思ったのか、ラスクが続けた。
「ラムネス様なら大丈夫ですよ。あのどこぞの王子みたいな真似はしでかしませんって」
「……」
「そこと比べられても困るのだがな」
「申し訳ありませんでしたっ」
「そういう訳ではなさそうだぞ。俺は少し用を思い出したから王宮へ戻らねばならん。後は二人できちんと話せ」
「え、」
あ、そうそうとラムネス王子が降り返った。
「この国でもどこでも聖女の地位は王族より高いのですよ。ですからお相手に誰を選んでも文句は出ませんから」
「「え」」
ぎこちない沈黙の後、出た言葉は――
ザッハカルク王国には長らく聖女がいなかったという。
だが、あるとき現れた聖女が祈りを捧げると土地は豊穣が約束され、国境付近の魔物が消え、流行り病が出ることすらなくなったという。
その聖女は名の知れた冒険者と婚姻を結び、彼の国に長く繁栄をもたらしたと伝わっている。
ザッハカルク王国の隣国にも聖女が召喚されたようだが、こちらは偽物だったようで何の成果も出せず、神殿から放逐されたようである。
その後隣国には聖女は現れず、天災が続き国外脱出する民が増え、国は衰退の一途を辿ったという。
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第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
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