終末学園の生存者

おゆP

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第三章

第37話 革命の刻(1)

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1.
 十二学区の上空に一機の飛行物体があった。
 名を『天眼スカイアイ』と言い、十二学区を空から警備するドローンである。
 視認性向上のための白いボディに、八枚のプロペラを有した外観。天の眼に恥じない性能で十二学区の上空に悠然と在った。
 全長は二メートルを超えるが、地上からは空の小さな点にしか映らない。しかし、ドローンに搭載された高性能カメラからは個人の判別は愚か、路上に落ちた硬貨の製造年数さえ読み取れる。
 大きさに反し、制動音は極めて静かで、仮に背後を飛行したとしても蚊の羽音にも満たない音しか発しない。
 その『天眼』が四方の空に四機。
 充電を兼ねたローテーションのため、ある一つの高層ビルに集まっていた。
 十二学区随一の高さを誇る高層建造物、マストタワー。
 その屋上には『天眼』の着陸ポートと格納庫があり、前線基地を思わせる物々しさで屋上を占領している。通常のヘリポートも常備されているが、ほぼ『天眼』専用となっている。
 しかし、その物々しさもマストタワーの存在意義を考慮した場合、必然と言える。マストタワーは十二学区における監視の目であると同時に、統治の中枢でもあるからだ。
 そして、このマストタワーに拠点を構えるのが、十二学区統括機関『ダース』
 通称D機関。
 学区の境界を無視して切り取った、いずれの敷地にも含まれず、所属しない特殊機関である。
 基本的に独立し、好き勝手に活動、敵対している十二学区だが、統一するルールが一つだけある。
 大まかに言えば、十二学区全体に及ぶ危機、あるいは敵対する者が現われた場合にのみ有効化する協定である。危機に瀕したときに協力を要請でき、断ることは出来ない。
 過去に自分の学区を襲撃させて被害を装い、協力を強制する事件があったことで、協定に対して否定的な意見が多い。
 そう言った背景から、実際は有効化されることのない形だけの協定である。
 しかし、この日。
 D機関は協定に基づき、緊急招集をかけていた。
 地上百二十階。
 十二学区の市街地を眼下に望む展望会議場には、招集された各学区の長が雁首を揃えていた。
 会議場の中央に設けられた円卓を囲むのは、第十一学区を除いた各学区の代表十一名。それに『戦犬隊』の代表二名と、『ダース』から派遣された議長代理・・・・を含めた総勢十四名が会議場にいた。
 会議が始まってまだ十分にもかかわらず、空気は極めて重い。
 集められた面々に動揺はなく、それどころか不必要な招集への苛立ちが、小声や咳払いとなって室内に絶えず響く陰惨とした状況だった。
 議題及び、緊急招集の動機は先日発生した第六学区への襲撃事件。
 十二学区内部でのできごとならここまで取り沙汰されることはなかったが、焦点はこれが十二学区外部の者の犯行である点にある。
 当初説明を受けた各学区の面々は迫る危機に難色を示したものの、その原因が『戦犬隊』にあったこと、犯人一味の一人の素性が割れていることで関心を失ったのである。
 それどころか、失態を犯した『戦犬隊』に陰惨な言及を重ねることで、この無駄な招集への鬱憤を晴らそうと意気投合しつつあった。

「これは『戦犬隊』を責めるものではない。鮫崎隊長、自由に発言してくれ」

 書類を片手にした初老の男に促され、『戦犬隊』隊長、鮫崎華子がつるし上げられるように立ち上がる。
 プラチナブロンドのミドルヘアーに、鮫のような鋭利な歯を覗かせる軍服の女性だ。その側頭部には空想上の生物を彷彿とさせる雄々しい角を有した、美麗な魔人である。
 普段は研がれた刃物のように輝く歯も今は鳴りを潜めていた。

「始めに、此度の暴動鎮圧への不手際を陳謝します。力不足を痛感いたしました。しかし、我ら『戦犬隊』に不手際があったと言う結論には至れませんでした」

 誠意ある謝罪の後に続く、開き直りとも思える鮫崎に、発言を促した男の眉がぴくりと動いた。

「私共、脆弱な魔人では、かの侵入者への武力介入は困難でした」
「そこまで卑下するものではないだろう? それとも仲間を貶めてまで失態を軽くする意図かな?」

 粘つく声の皮肉。
 これに賛同するように方々から失笑が漏れた。

「おや、『戦犬隊』を責めるものではない、のではないのですか? 失態を軽くするも何も、我らは失態を犯しておりません。現場の判断と対応は適切でした。ただ一点、力不足、それだけです。采配にこそ、問題があったのでは?」

 鮫崎は強気に、自らの失態を棚に上げる。
 本来なら負傷した仲間を貶め、十二学区上層との融和を破壊しかねない、何の徳にもならないことはしない。
 全ては後日聞かされた、当日の上層の対応が原因だった。

『侵入者? そんなもの犬どもに任せておけばよかろう?』
『確かに。彼らなら何とかしてくれる。他の部隊の手を煩わせることもない』
『そもそも、我らの十二学区が外部からの侵入者ごときで揺さぶられては沽券に関わる』

 切迫した現場の裏で行われていたやり取りは、現場を鑑みない酷くいい加減なものだった。
『戦犬隊』に見切りをつけ、警戒レベルを一段階上げる決断を早期に出していれば、無謀な交戦を避けられたのだ。
 力不足を理由にした撤退は、部下たちのプライドを傷ついたかもしれない。
 それでもプライド諸共、体をズタズタに引き裂かれることはなかった。
 部下たちは敵の力量をろくに測らずに、盲目的に出されたゴーサインに従っただけなのだ。それは『戦犬隊』への信頼ではなく、使い潰しても問題ないと言う本心の表れでもあった。

「我らの采配に口を出すのか!?」
「ぼ、暴論だぞ!?」
「お言葉ですが、聞けば未登録のデバイスを使われたとか。十二学区が誇る技術を持ってして手に余る敵に獣でしかない我らにどうしろと?」

 強い皮肉が込められていたが、同時に怒りが込み上げる。
 鮫崎の切り返しに泡を食ったのは第七学区の代表だ。
 場内の視線をまとめて受けると、言い逃れの抗弁もせず、矛先を変える。

「逆に問うが! 君は、鮫崎君は何をしていたのだ!?」
「……報を受け、現場に駆けつけたときには全て終わった後でした」
「ははっ! 見たことか。君がいれば此度の事件は収束していただろう? それが『戦犬隊』の失態だっ!」
「もっともです」

 鮫崎の中に込み上げる怒りは、目の前の無能共の口から放たれる諫言への怒りではない。当日、偶然にも現場から遙か遠い場所にいたことへの後悔と、間に合わなかった自らの無力さへの怒りなのだ。

「起きてしまったことを掘り起こすのはこの辺でいいでしょう~?」
「そ、そうだなっ! 鮫崎君、もう結構だ」
「⋯⋯はい」

 間延びした助け舟に、第七学区の代表の方が縋るように賛同し、鮫崎は不承不承といった様子で席に座り直す。
 そのまま話は今後の対応に移った。
 しかし、『戦犬隊』および、鮫崎へと向かっていた時とは異なり、具体性のない話題が空中で彷徨い始める。
 鮫崎は立場上口を挟むことができず、無為な言葉の応酬を平静を保ちながら眺めていることしかできなかった。
 そもそも、この場に居合わせた、代表の札をぶら下げた彼らは浮かび上がった澱のような存在。
 渋面を貼り付けうなり声を上げ、懸命に考えるふりをしながら時間を無駄に潰していた。
 率先して声を上げる者は方々から中身のない反旗に叩かれ、無残に散っていく。
 それも、直接的な被害を受けた第六学区の所長、春日殺希を置き去りにして、好き放題に加熱している。
 加熱しているものの、蛇行と周回を繰り返す酷く要領を得ないものだった。困窮を前に足を止めて意味のない討論に花を咲かせているだけだった。

「実行犯なら引っ張ることもできようが、幇助ほうじょとなれば難しい」
「何を甘いことを! 幇助であっても実行犯への糸口である以上見逃せん!」
「しかし、また手が出し辛いところに逃げ込んだものだな……」

 二転三転する議題に、次第に口を挟む者も減っていく。
 場を荒らしたくなくて発言しない者、苛立ちを抱えたまま静観している者、胸に抱えた感情は数多だった。
 難問にぶち当たっては議題を逸らし、問題だけが散らかっていく有様だ。

「ところで、ゼロ学区の捜査はどうする?」
「犯人の潜伏を否定しきれない以上は継続だな」
「外部への調査も並行で行うと人員に不足が出るのではないか?」
「それなら名誉挽回の意味も含めてゼロ学区の調査は『戦犬隊』に一任するか」
「おぉっ! それがよいな!」

 名誉挽回の機会と言えば聞こえが良いが、厄介ごとの押しつけでしかない。
 そもそも、人員不足と言う部分が本当なのかも怪しかった。
 口を挟んだのは我慢していた鮫崎だった。

「待って下さい! 主要の隊員たちはまだ治療中なのです! 四肢を失った者も多数います。彼らを鞭で打つような真似は出来かねます!」
「ならば、いっそ訓練生を起用してみてはどうだ? 良い経験になるだろうし、活躍の場を与えてやれば開花するやも知れん」
「それも一理あるな」

 実際、彼らの言い分の全てが間違いではない。
 各学区代表として参席している以上、事態を収拾させる義務は付きまとうし、一応収束させるつもりはある。
 ただ、可能な限り他に回し、自分たちは楽をしたい気持ちが滲み出ていた。適切な部署へ回すなら問題はない。
 より扱いやすく、より逆らえない、弱い場所への皺寄せが常態化している。
 学区を跨いで協力を仰ぐことを目的にした会合にもかかわらず、一対多数の構図ができていた。共闘の場に銃を持って集まり、あまつさえその銃口を揃って立場が弱い方に向けて従わせようとしていた。

「諸兄の皆様ぁ。盛り上がっているところ悪いけれど、被害を受けた第六学区は私の管轄だよぉ?」

 そんな喝采さえ巻き起こりそうな賑わいを、気だるそうな声が一閃した。
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