終末学園の生存者

おゆP

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第三章

第37話 革命の刻(3)『絵』

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3.
「春日殺希っ!!」
「なぁに?」

 声の主は、カラスが人肉を蹂躙する非日常な光景を押しのけ叫んでいた。
 殺希は怒鳴り声にぼんやりと応じる。その口調は人を手にかけた直後とは到底思えないほど落ち着いていた。
 殺希が振り返ると、会議室の机を蹴り倒して迫る白衣を着た男が目に飛び込んできた。男は殺希に瞬く間に詰め寄ると、あろうことか殺希のカーキコートの襟に掴みかかる。

「僕にも攻撃を加えるとはどういう了見だ!?」
「んー、君なら避けてくれると信じてたよ?」
「僕が普通の人間だったら首が飛んでいるところだったんだぞ!?」

 この突然の強襲者は第九学区所長、溝黒死々郎みぞくろ ししろう
 寒々しいほどに青いオールバックの髪に、刻まれた夥しい傷跡。目の下には常に青黒いクマが浮かんでいて、医者でありながら健康の対極の外見をしている。
魔道義肢エクスマキナ』と呼ばれるデバイス開発の第一人者で、義肢移植手術のプロ集団を束ねるリーダーである。
 影では死神などと評されることもあるが、その卓越した技術は十二学区内での評価は高く、学区を跨ぐ功績も多数存在する。
 そして、負傷した『戦犬隊』の改造移植手術を受け持った男でもある。
 そんな彼は今日『ダース』に緊急招集され、無益な論争に眠気を覚えていた矢先、殺希の凶行に巻き込まれそうになったのだ。
 しかし、大声とは裏腹に怒りの色は薄い。

「でも、今日のことは事前に話しを通してあったはずだよぉ?」
「ああ、だが今日とは聞いていないし、その話とやらは二年も前だ! お前は事前の告知を二年も前にするのか!?」
「んー、そう言うことになるねぇ。でも、私にとって二年くらいなら最近だよ? その程度の日数に頓着するなんて君もまだ人間味が残っているねぇ」

 糠に釘とは今の殺希のことを指すのだろう。まるで堪えた様子もない殺希に溝黒は「はぁっ」と大きな溜息を吐き、頭を抱えた。

「それは悪かったな! まだ人間を辞めて日が浅いもので、曜日の感覚もしっかり残っている!」
「曜日? 今日は六月だねぇ」
「分かった。お前とは日付を指定して約束をしないと誓った」

 鼻息荒く、言いたいことを言い終えた溝黒はテーブルにどっかりと座り込むと、片膝を立てて頬杖を突く。
 自分に及んだ危機に怒っているだけで、実害を受けた九名の惨状には目もくれない。暗に殺されても当然と言わんばかりだった。



「それはさておき、サメちゃんを追い出したのは高評価に値する。彼女はまじめすぎるからね」
「そうだねぇ。でも、君も負けず劣らず生真面目だよねぇ?」
「……ちっ」

 溝黒は拗ねたように舌打ちをする。年長者特有のいびりを察知したからだ。
 対等に物を言いつつも、実際に重ねた年月は比べることさえ憚られる。
 殺希がまだまだ青いと断言できる溝黒の好き放題な物言いを許容しているのも、彼の実力を認めているからである。

「戦犬隊の被害を聞きつけるなり、入院先に押し入ってカルテを奪い取る勢いで怪我の状態を把握。鮫崎隊長が駆けつける時には、全ての準備を整えて部下を待機させていたらしいねぇ」
「なぜそれをっ!?」
「私には『天眼スカイアイ』より優秀な情報網があるんだよぉ?」
「はーいっ、にございます!」
「この出歯亀カラスがっ!」

 後始末をしながら声を上げるクロウに、紅潮した顔の溝黒が苦し紛れの罵声を浴びせるが、殺希には子供の喧嘩に写った。
 バイオレンスとコメディが入り混じる一室内を、溝黒が仕切り直す。

「それで始めるのか? って、もう取り返しがつかないか」
「まだだよぉ? 今日は掃除だけして、続きはもう少し経ってからかなぁ。状況次第では繰り上げも視野に入れているけどねぇ」

 殺希の素っ頓狂な返事に、溝黒は頬杖を滑らせ机に額を激しく打ち付ける。

「正気か!? これだけのことをやってよくそんな悠長な言葉が吐けるなっ!」
「これだけのことを?」
「あー、そうだったそうだった! 春日殺希! あんたって奴はいっつもそうだ! じゃあ、僕はなんのために足を運んだんだ!?」

 溝黒は泣き言のような、説教のような小言を列挙した後「帰るっ! 次からは事前連絡を正確にしろ!」と捨て台詞を吐いて退出した。

「相変わらず、生真面目でせっかちだねぇ。でも、観察力が少し鈍ったのかな?」

 評価を下しつつ、殺希は椅子からずり落ち、床に無造作に寝転がる。それはいつでもどこでも床を転がる普段の春日殺希の姿だった。
 いかに溝黒が優秀であっても、人外の諧謔かいぎゃくに付き合えというのは酷な話しだった。

「私が椅子に座っている時点で真剣なのは明白なはずなんだけどねぇ」
「――そうね。珍しく椅子の上で大人しくしていたわね」
「おや、褒めてくれるのぉ?」
「あなたにしては頑張っていた方じゃないかしら?」



 溝黒が去り、静けさが戻った会議室内。
 殺希の独り言に涼やかな声が答えた。
 殺希が気だるそうに振り向いた先。議長代理の席からゆっくり立ち上がったのは、一人の少女。
 金糸の装飾をあしらった真っ白なコートと同色のスカートに身を包み、漆黒のインナーと手袋が強いコントラストを生んでいる。
 長く伸びる優美な黒髪と日本人形を思わせる端整な顔立ちが、大人びた着こなしを実現させていた。少女でありながら、上級役員を彷彿させる上品さと威厳を併せ持っていた。
 一部始終を目の当たりにながら、眉一つ動かさずに見守っていたのは、宇宮湊うみや みなとである。
 喪服でさえ憚られるような惨状を前に恐怖をおくびにも出さず在った。

「念のために聞くのだけれど、椅子に座り続けるのが嫌で暴れた、なんてことないわよね?」
「んー? ゼロではないねぇ」
「……何故かしら、急に前言を撤回したくなったわ」
「そんなことありません! さつき様はとてもえらいにございます!」
「クロウは黙っててねぇ?」
「はい……にございます」

 珍しく割って入ったクロウはしおれた顔で体育座りである。
 湊は不憫な従者を横目に、呆れた口調で話を再開する。

「それにしても、派手にやったわね」
「んー? そうかな? カラスの清掃で誤魔化せる程度の惨事だよぉ? 私からすれば地味過ぎるくらいだよぉ? ん?」

 殺希は横になったまま鼻を軽く動かすと室内の変化に気付く。血の匂いが失せていた。
 クロウの迅速な片付けの甲斐あって、血肉の飛散した赤い会議室が人気の失せた会議室にまで回復していた。
 殺希が三つ編みを動かせ、髪の毛で自らを押し上げるように立ち上がると、転がったテーブルに寄り添うように膝を抱えて律儀に反省するクロウの姿が見えた。
 片付けを終え、報告も兼ねて声を上げた矢先、頭ごなしに怒鳴られたのである。
 それでも口答えせずに従うのは、主人である殺希を立ててのことだった。

「掃除終わってたんだねぇ。ありがとう。あとは見回りでもしておいで」
「っ! はーいっ! にございますっ!」

 クロウは余程嬉しかったのか、飛び上がって直立すると、勢いそのままに窓から外へ、十二学区の空へ飛び立って行った。
 そんな表裏の激しい従者を湊は同情の目で見つつ、単純な感想を口にした。

「不憫ね……」
「便利でしょー?」
「まぁ、いいわ……それにしても、珍しく本気で苛立っていたのね?」
「ん? あぁ、我慢ならないんだよねぇ。あんな膿たちがこの十二学区を好き放題しているのが」

 湊が話題を切り替えると、飄々と答えていた殺希も態度を一変させ惜しまず本音をぶちまける。
 見透かされたからとは言え、殺希にとっては非常に珍しいことだった。
 目を細め「それに……」と続けた。

「小さくて非力な男の子が舞台に上がる覚悟を決めたんだ。戦争を経験した年寄りがいつまでもくだを巻いているわけにはいかないでしょ? それより、君はいいのかな?」
「私?」

 殺希は洗いざらい吐くと、ゆっくりと湊に顔を向け、わざと抽象的な聞き方をした。
 意図を正しく察した湊は不適に笑う。

「そうね、私が十二学区に来たときは彼女・・の意思を投影された存在であり、あなたの敵だったわね」
「そうだねぇ。あのときは夜ノ島学園から動けない彼女が放った刺客かと思ったよ」
「でも、とうの昔に考えは改めたわ。んん、目が覚めたと言うところかしら。草川流耶の行動にはついて行けないわ。彼女、何一つ反省していないもの。かつて自分がされたように・・・・・・・・・・・・思いのまま行動しているだけなのよ」
「君が彼女から離れた理由は、かつての自分の気持ちを忘れた、もしくは汲み取れなくなったってことなのかなぁ?」

 殺希は随分前からの疑問を今更になって聞く。
 これまでのような曖昧な繋がりと中途半端な信頼関係が命取りになると知っているからだ。僅かな疑義の解消、返答次第ではこの場での処置も視野に入っていた。

「それは違うわ。私も彼女と、草川流耶と同じ気持ち・・・・・・・・・・だからよ」

 湊の揺るぎない動機は意図せず正着を指した。
 納得せざるを得ない答えに、殺希は心酔に近い感情を覚え、堪らず唸った。

「ほほぉ、なるほど、なるほどねぇ。それは愛だねぇ」
「分かった風に言われるとなんだか腹が立つわ」
「私だってそれくらい分かるよぉ? これでも名付け親・・・・になるくらいは愛を分かっているつもりだからね?」
「でも、私のは姉弟愛よ」

 殺希への対抗意識からか、湊は口を尖らせて言う。

「君が草川流耶の有機固体とは言え、離反が発覚すれば死は免れないだろうねぇ。覚悟の上なら私は止めないよぉ?」
「当然、覚悟はしているわ。でも、戦う覚悟よ?」

 湊の声明を殺希は称賛も非難もせず、ただ受け入れて続ける。

「しかし、あれだねぇ、君たち・・・を含め、彼女が欲しいものが全て十二学区に集まってしまったねぇ。難易度はさておき、考えは簡略化されてしまった」
「そうね。極論、力尽くで奪いに来ればいいだけですもの」

 殺希はいつも通りぼんやりと、湊はどっと疲れた様子で言った。
 表情にこそ差はあれど、奇しくもこのとき二人の脳裏の光景は一致していた。
 十二学区と言う袋小路での籠城戦。

「それじゃあ、私は久々にと会ってくるよ」

 殺希は湊にそれだけ告げると、無人となった惨状に背を向けた。
 もっとも、殺希にとっては無能共が十二学区の舵を握っていたことが惨状であり、その全てを排斥した今は平和そのものであった。
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