終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第6話 十二学区。(6)

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6.
「凄いぞ! なんだ今のは!? いきなり飛んだぞ! この街の学生はみんなあんな風に飛ぶものなのか!?」
「んー、原理は違うけど空を飛べる子は結構いるよ」

 時間差で押し寄せた驚愕がホタルの中で興奮となって爆発し、上空を指差してはしゃぎ出す。
 脊髄反射みたいな感想と素朴な疑問をぶつけるとアカリがどこか得意げに答えた。その受け答えは子供向けの質問コーナーみたいだ。

「エンチャンターの能力との相性もあるけど、専用デバイスの起動に必要な魔力を安定供給できて、それと平行して自身の能力をコントロールできるかという話」
「ふむふむ!」
「なんでも、あの翼で気圧をコントロールして揚力を稼いで、背中のリュックみたいなので推進力を維持するらしいよ。専門外だから詳しくは分からないけど」
「ほうほうっ! なるほど、分からん!」
「コイツは無視でいい。とにかくすげー技術だな」

 元気いっぱいにお馬鹿さんを発揮するホタルを横に押しのけると、透哉もほぼ同じことを言う。不満そうにぐぬぬ、とうめき声を上げるホタルは放置して透哉は地上に残されたアカリに世間話をする感覚で尋ねる。

「つーか、置いて行かれたぞ。構わなかったのか?」
「つばさとは住んでいる学区が違うから帰りは別々なの」

 そう言えば学区を跨いでの交流には複雑な事情が関係しているとか言われたことを思い出した。買い物までが同伴でそれ以後は別行動と言うことなのだろう。
 それならつばさだけが昼食を持っていてアカリが手ぶらなことも頷ける。
 あらかたの疑問を解消した透哉とは裏腹にアカリの表情は何故か出会ったときより険しく、どこか不服そうに口を尖らせている。
 透哉にしては珍しく率直な意見で忌憚なく褒めたつもりだった。

「ねぇ、湊。その二人何者なの?」
「何者って学区の外から来た私の友人なのだけれど?」

 その会話に不思議そうな顔の透哉と、未だ興奮覚めやらぬホタルが顔を向ける。
 本日何度目かの湊のお友達宣言に思わずびくりと体を震わせる。

「だって二人とも町並みやデバイスに驚いてばかりで私たちのこと全然見てないんだもん」

 アカリに指摘された通り、透哉とホタルの驚きは十二学区の施設や科学的な側面に集約していて、そこで生活する学生たちに意識が向けられていない。
 様相や所持品に興味関心は向けられても、エンチャンターとしての能力や資質には無関心なのだ。
 例えば、射的の腕前を披露したとする。
 けれどギャラリーは銃の性能ばかりを取り上げて褒め称えたとしたら? それは射撃手としての沽券に関わる。
 道具の性能を褒めると言うことは、翻って扱う者の技術を蔑ろにする行為になる。
 しかし、オープンテラスの金髪オレンジとの一件のせいで透哉とホタルの十二学区内の学生たちへの格付けが済んでいる。
 結果、エンチャンターとして拙い能力しか持たない子供たちに興味を持てないのは必然と言える。
 そんな内情など知る由もないアカリは依然として口を尖らせたままだ。
 アカリの目を見てなんとなく、透哉は理解する。
 彼女は『自分の有能さに酔っている無能』なのだと。
 透哉は『自分の無能さを知っている無能』なのだ。
 割と最近白衣の『悪夢』にふんした流耶によって思い知らされた透哉は、アカリの無知を心の中で嘲笑する。

(は、そういうタイプの奴か)

 直接的な言葉として口からは出ていなかったが、アカリの目は雄弁に語っている。
 自分たちは実力者なのに貶された、と。
 道具ありきの実力なのだろ? と笑われた、と。
 しかも、魔力さえ感じられない格下から向けられた、と。
 早い話、エンチャンターとしての個の力に慄いてほしいのだ。
 アカリは十二学区内限定とは言え、アイドルと言う選ばれた存在だ。
 特別視されたい意欲や称えられることを快感に思うくらいでないとそんなことやってられない。
 なのに、それが全く相手にされない。
 何もかもが我慢できないのだろう。

「アカリ、気にしないでいいわ。多分凄すぎて理解できていないだけだから」

 湊がアカリの肩に手を乗せ、特に声量を抑えずに告げる。第三者が見ると透哉とホタルをひどく見下した言い方に聞こえる。
 しかし、本質は逆。
 湊は軽く顔をうつむけるとアカリからは決して見えない位置で口元を歪ませた。惨めな追求を続けるアカリに退路を提供しているに過ぎない。
 後はアカリが「そっか、それならしょうがないね」とでも言って大人の対応を見せて水に流せばこの場は丸く収まる。

「まぁ、実際理解できないし、どうでもいいな」
「――っ!」

 透哉の無関心な攻撃にアカリの眉根に皺が寄った。
 注視していなければ気付かない僅かな間だったが、確かに負の感情が表面化していた。そんなアカリの変化を透哉は見逃さなかった。
 腹は立つけどこの場で騒ぐのは得策ではない。自分にそう言い聞かせ、人目や打算で気持ちを曲げようとしたアカリに透哉の本当にどうでも良さそうな声と言葉が突き刺さったのだ。
 湊の説得を受けてもやはり上に立つ者のプライドが許せなかった。全部を否定された気分になった。
 そんなアカリの心中を透哉は理解した上で言う。プライドという薄い闘志の無意味さを、自身の無能を知った先駆者として。

「そもそも、アイドルなんて商業動物だろ? 興味の無い人間まで取り込もうとするな、鬱陶しい。用が済んだらあっち行け。支持してくれるヤツのためだけに笑顔向けて尻尾振ってはしゃいでろ」
「――――――――っ」

 透哉は言い終えると小指で耳をほじる。
 そんなふざけた態度で接する透哉を前にアカリは言葉が出なかった。
 失敗に対する厳しすぎる評価、身に覚えのない中傷、そんなことは今までいくつも経験してきた。
 しかし、目の前の少年が吐いた言葉はそのいずれとも異なる。
 悪意でも敵意でもない。まして好意の裏返しでもない。
 無関心という拒絶。
 透明な質量のない刃で刺された気分だった。

「そ、そうなんだ。なんか、ごめんね。勝手にムキになって」
「別に気にしてない」

 透哉は意外にあっさり折れたな、と思いながら無傷のまま打ちのめされたアカリを睨むでもなくあくまで無関心に見ていた。
 地面を這う無害な蟻でも眺めるように。

「わ、私、用事思い出しちゃったっ!」
「そうか」

 その視線が耐えられなくなったのか、アカリは目尻に涙を溜めて走り去ってしまった。
 透哉は短く返事を返したものの、アカリの背を目で追うことはしなかった。
 だからうつむいたアカリが信号の点滅する横断歩道を渡り、人混みの中に消えていったことは知らない。
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