終末学園の生存者

おゆP

文字の大きさ
51 / 164
第二章

第8話 微睡みの日々。(2)

しおりを挟む
2.
 透哉とホタルが学長室を訪れてから約一時間半後。
 二人はほぼ同時に目を覚ました。
 双方、半開きの瞼のまま周囲をぐるりと見回し、置かれた状況に気付くやいなや暗示が解けたように目を見開き、勢いよく立ち上がった。
 睡眠とはほど遠いが、仮眠としては十分な長さだったようで、来たときと比べると二人の顔色は格段に良くなっている。

「あら、思ったより早く起きたのね」
「「ぐっ」」

 二人はここに訪れたときと同じ格好に座り直すと、改めて流耶に向き直る。
 それでも脳裏に蘇る宇宮湊の笑顔。
 トラウマを乗り越えたというより、胆力を鍛えたに過ぎない。
 宇宮湊に再び会うときまでには克服したいと思う反面、二度と会いたくないと思うのが正直な気持ちだ。
 むしろ、二度目はアナフィラキシーでショック死してしまうのではないだろうかと言う不安さえ生まれる。

「その様子だと無事に出会えたみたいね」
「あの状況を無事と言えるお前のクソ具合に今だけは感謝してやるよ」

 流耶は事実確認として聞いているのだろうが、透哉的にはトラウマを掘り返されている気持ちになる。
 透哉の反応に流耶はうっすらと笑みを浮かべる。
 オープンテラスで盛大に嘔吐したことと、不眠に陥ったことを過去として処理するにはまだ時間がかかりそうだが、憎まれ口を叩く程度には回復した。
 そこで透哉は、引っかかりを覚えた。
 流耶が十二学区での出来事を、今初めて知ったみたいな言い方をしたからだ。

「ちょっと待て、十二学区にいたお前はお前じゃないのか?」
「あなたたちが十二学区で出会ったのはあくまで『宇宮湊』よ。『草川流耶』ではないわ」
「む、どう言う意味なのだ? 寝起きで難しいことを言われると困る」

 透哉は自分で口にして意味不明だったが、何故か的を射ている気がした。
 説明がうまく飲み込めないのは徹夜明けで頭が回らないせいかもしれないが、抽象的な部分を読解できないことは事実だ。
 ホタルはホタルで早々にギブアップして頭上に「?」を浮かべて首を傾げている。やはり頭脳労働は苦手らしい。
 が、現時点においては後遺症なくまともに会話が成立するだけで好評に値する。
 そんな二人はさて置き、流耶は徐に机の上の茶色い紙袋に手を伸ばし、小麦色の板を一つ摘まんで口に運ぶ。
 その動きを目で追っていたホタルが、ハッとしたように思い出す。それは仮眠を取る直前のことだ。

「それはそうと、さっきから何を一人で食べているのだ?」
「これ? 私も手慰みに作ってみたのよ。食べる?」

 あくまで自分のペースを崩さない流耶が、紙袋を差し出す。
 その紙袋に詰まっていたのは誰の目にも明らか、クッキーである。市販の袋ではなく、間に合わせの紙袋に入っているあたりからも手作り感がうかがえる。

「――流耶、お前が作ったのか?」
「そうよ。何か問題があるのかしら?」
「クッキーに見えるが……毒でも入っているのか? それとも、かじった瞬間に爆発するのか?」

 透哉の疑惑をたっぷり含んだ視線が、流耶の顔と紙袋の間を往復する。
 ホタルは不審がりつつも席を立ち、流耶の元まで足を運び、一つ手に取って裏返したり匂いを嗅いだりする。
 そして、一口かじる。
 二口目以降はハムスターみたいに口を小刻みに動かして一個を完食した。そのまま時が止まったように数秒固まった。

「うまいのだ」

 活動を再開したホタルは口の端にクッキーのくずをつけたまま透哉の方を振り返り、目を丸くして感想を告げる。
 うまいならいいだろ。透哉はこれと言って興味を示さず、欠伸をかみ殺しながらソファの上で足を組み直す。
 しかし、ホタルからすれば絶句するほどの一大事である。
 結果はすでに出ているが、恐る恐る確認する。あるいは、どこかに間違いがあるのではないか、と無意味に願いながら。

「私のクッキー一号は小麦粉以下の味で、二号に至っては家庭科室諸共消滅してしまった」
「クッキーをそんなロボットみたいに呼ぶヤツ初めてみた」

 噛むとゾムゾムとした食感を発生させるクッキーを語る異物を思い出しつつ、透哉は横槍を入れておく。
 あれは食用ではなく別の方面で活路を見いだすしかない一品だった。例えば害獣駆除とか。
 そんな中、ホタルに異変が起こる。
 突然、ガクガクと震えだしたのだ。
 やばいキノコでも口にしたみたいに。

「おおおっ、おいしいのだ! こここっ、こいつが、こここっ、こんなヤツが作ったクッキーの方が私の作ったクッキーよりおいしいのが悔しいのだ!」
「いや、お前まだクッキー作ってねーだろ」
「ぐはっ!? 私は、私の、女子力が……っ」
「残念ながら私以下のようね」

 透哉の的確な指摘で大ダメージを受け、紙袋をこれ見よがしに振りかざす流耶の決定的な宣告にとどめを刺され、ホタルは床に膝をついた。せっかく立ち直ったのにまた寝込んでしまいそうな勢いである。
 思わぬ形で格付けされた流耶とホタルの女子力。
 地を這うホタルの女子力。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

処理中です...