終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第11話 抗う少年。(1)

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1.
 透哉の足は二年五組の教室に向かっていた。
 教室の使用許可を貰うために職員室に立ち寄り、担任の矢場嵐子と話をしたとき以外は無言だったし、道中は一人だった。
 廊下を走っていった野々乃のことを思い返しながら目を落とすと、七夕祭の資料とメモを記したノートがある。
 心配していないと言えばウソになる。
 しかし、自分の作業を進めたい気持ちが勝った。
 七奈野々乃は蹴っても、殴っても、暴言を吐いても、ニコニコすり寄ってくる鋼の好感度を持った少女なのだ。
 さっさと帰れよ、と別れを告げてもいつまでも元気に手を振っている、そんな少女なのだ。
 そんな野々乃が日常だから心配する必要がないはずなのだ。
 でも、あんな風に逃げるように離れていったのは初めてだった。
 追いかけるべきだった、と一抹の後悔が残るが後の祭りである。
 クソッ、と透哉は後味の悪さを覚えながら髪を手でくしゃくしゃとかき回す。
 七夕祭のことに集中したいのにどうしても野々乃のことが頭から離れない。

(何か特別なことしたか?)

 振り返ってみても特に思い当たる節はない。強いて上げると掃除用具入れに蹴り込んだことぐらいだが、あんなの日常茶飯事だ。あの程度で野々乃の度重なる変態行為や発言を抑止できるなら苦労しない。
 それ以外だとすると知らぬ間に失言をしたのだろうか。
 野々乃の態度が変わったのは電話の後だ。
 もっともらしい原因は通話の相手への嫉妬だろうが、それならもっと分かりやすく文句を言うなり、体を押しつけるなど過剰なアピールに移るはずだ。

(十二学区の話題は伏せるべきだった……のか?)

 結局透哉の考えは真相に僅かに掠るほどに止まり、二年五組の教室に到着したことで完全に思考は止まった。

(明日にでも様子を見に行くか)

 教室の施錠を解き、自分の席に着くと机の上に資料を広げる。
 わざわざ戸締まりを終えた教室を開ける理由は、寮に戻るとまともに作業ができそうにないからである。豪々吾や他の寮生を邪険にするわけではないが、誰にも邪魔されずに一人で作業して、向き合いたかったのだ。
 日が傾き始め、暗くなっていく教室内で透哉は一人作業に勤しむ。文句や愚痴を言う素振りは見せず、ただがむしゃらに。
 しかし、お世辞にも効率的とは言えず、それどころか同じ作業を無意味に繰り返したり必要のない書類に目を通したりもしている。
 それに気づくことはなく、指摘する補佐役もいない。要領こそ得ないものの、作業は確実に前には進んでいた。
 図らずも、その姿を目の当たりにしている少女が一人。
 ぱさり、不慣れな手つきで書類を捲る透哉の机からプリントがこぼれ落ちる。

「……随分熱心なのね」

 忽然と現れた流耶がそれを床から拾い上げながら、静かに声をかけた。

「まぁな。それ、どこにあった?」
「床に落ちていたわ」
「悪い、貸してくれ」

 落ちたプリントを拾い、それに対して礼を言う。どこの学校にでもあるありふれたシーンかもしれない。
 そんな普通で、二人には異常なやりとりを当たり前のように演じながら、透哉は作業に没頭している。流耶の登場に口を挟むこともなく。
 無視している、と言うよりも目先の物事に夢中で意識を裂けないと言わんばかりに。
 これもまた珍しく、流耶の方も軽口や皮肉で阻害しなかった。透哉の気持ちを正しく斟酌し、見守る。
 流耶にしてみれば単純な好奇心だったのかもしれない。
 少なくとも流耶の目に映る今の透哉は今までにない透哉だった。
 誰かのために、自らの時間を費やしている。
 変化が起きている、とさえ思った。

「相変わらず、この学園にご執心なのね」
「今更だろ? なんだ、意外そうな顔をして」

 暇つぶしにと放った皮肉。
 けれど流耶は思わぬしっぺ返しを受け、面食らう。

「いいえ、てっきり否定されると思っていたわ」
「なんだ、邪魔しに来たのか?」
「邪魔だなんてとんでもない。一応私も実行委員だからかしら?」

 もっともらしい嘘だったが、透哉もそれを頭ごなしには否定しない。少し胡散臭い顔をするに留まった。
 透哉は目線を手元に戻しながらなおも作業を続行。クラスへの伝達事項をまとめた資料を片付け、矢場への提出物だけ別に束ねる。
 作業の終わりを感じ取った流耶が先程とは違い、皮肉の混じらない労いの言葉をかける。

「お疲れ様」
「違う。ここからだ」
「え?」

 透哉は一息吐く暇もなく真っ白なコピー用紙を取り出す。新たに別の物を作る、そう豪語するように。
 これは教室の使用許可を貰うために職員室に行った際についでに貰った物である。
 透哉はスマホを机の上に置き、『署名活動の方法』と入力して検索する。
 画面上の文面を目で追いながらコピー用紙の上に定規を当てて線を引き、即席の記入欄を作る。
 記入用紙のフォーマットを参考資料としてコピー用紙に次のように文字を書き連ねる。
『松風犬太郎の七夕祭への参加を求める署名』

「あなた、そこまでするの?」

 これには流石の流耶も目を丸くした。単純に行動力があるとか、仲間思いとかでは説明が付かない。明らかにそれらの範囲を逸脱している。
 強い信念か反抗心のなせる技である。

「どうせお前のことだからどこかで見ていたんだろ?」
「もちろん見ていたわ。でも」

 透哉の思いは人道に則って真っ直ぐだった。
 松風の学園でのあり方、扱いに疑問を抱き、解消するため自分なりに探究した。
 その結果、人と犬との間にほつれのような物を見つけ、より純粋に力になってやりたいと思う気持ちが芽生えた。
 それが七夕祭への参加という些細なことだとしても、抗いたかったのだ。
 しかし、透哉本人は不可解な原動力の名前には気付いていない。

「俺は今しか出来ないことをやっているだけだ」
「そ、それならいいのだけれど」

 まるで未来を諦めたような言い方をする。
 この時透哉は既に未来の崩壊を予期し、悟っていた。
 透哉の頭の中には先日流耶から告げられた十二学区の殲滅というワードがしっかりと刻まれている。
 そんな大事に関わってしまっては今度こそ戻って来られない。
 今の透哉は『悪夢』になり、人間を辞めると決意しただけ。思いは固まっていても人間味の末端を掴んだままの半端物。

「遊びを取り上げるほど意地悪じゃないから好きにやりなさい」
「無論そのつもりだ。お前の思惑も命令も必要とあれば聞いてやる。でも、抵触しない範囲は俺の自由だ。学園内で誰と話して何を思って何をしようと――そのときが来るまではな」

 潔い透哉を訝しく思いつつも、流耶は露骨な軌道修正や干渉は避けた。
 透哉の行動が危険性を孕んだ入り口に通ずることを承知した上で。

「ふーん。それは例え全てが徒労に終わってしまうとしても変わらないのかしら?」
「ああ、変わらないね。結果本位な行動じゃねーんだよ」

 嘲笑的な笑みを浮かべていた流耶の顔から、蝋燭の火を吹き消したみたいに表情が消えた。
 耳に入った透哉の言葉を脳内で反芻して、意味することを正しく読み取る。
 文言通りの意味だとすると理解が追いつかない。

「ちょっと待って、透哉は松風犬太郎のために実行委員会に入ったのでしょ? それが結果本位じゃないってどう言うことなの?」
「言葉通りだ。結果がついて回る必要はない」

 ここで言う結果とは七夕祭実行委員会に入ったことではない。
 松風を七夕祭に参加させることである。
 透哉のあっさりとした返事に、その薄情な熱意に流耶は驚きを隠せない。
 誰だって何かを求めているから努力や挑戦をするというのに。どんな難しいプロジェクトでも、勝算がなければ時間も労力も費やす価値がない。
 僅かでも一縷でも、結果を求める。それが一般の考え方だ。
 だが、透哉は違った。
 悪く言うと挑戦する機会を欲しただけに過ぎず、成功も失敗も求めていなかった。
 登山はしたいが登頂に興味はない、料理はしたいけど味には興味がない、そんな訳の分からないこと言っているのだ。
 説明が付かない、中身のない勤勉さを見せる透哉の考えに流耶の理解が追いつかない。
 逡巡する流耶をよそに透哉は黙々と作業を続ける。
 そんな中、突然教室内に光が満ちた。
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