終末学園の生存者

おゆP

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第三章

第30話 変態乙女の怪進撃(1)

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1.
「乙女センサーは今日も感度ビンビンですわ!」

 恋する乙女には変態的な直感がつきものだ。
 日曜日の白昼、七奈野々乃ななな のののは御波透哉、七奈豪々吾の部屋を訪ねるため、学生寮の廊下を闊歩していた。
 黒いレギンスにサマーパーカーを組み合わせたラフな格好に、オレンジ色のポニーテールを揺らす姿は彼女が生来持つ快活さを引き立てていた。その姿は健康美が似合うスポーツ少女のような誤認を抱かせる。
 ワンサイズ大きいパーカーを着ることで鎖骨を露出させ、前傾姿勢になれば胸元がきわどく覗けるようになっており、レギンスも普段はスカートで隠れて見えないヒップラインを見せる目的がある。
 そのいずれもが、透哉の意識を自分に向けさせるための戦略である。

(今日こそ、あたしの隠された魅力を爆発させてみせますわっ! ああ、我慢できなくなったお兄様があたしを、ああっ! 無茶苦茶にっ!……無茶苦茶に……怒られそうですわね)

 桃色な妄想を膨らませつつ、透哉を正しく理解する野々乃はふっと、冷静になる。
 今は内から溢れる愛欲を、変態ストーカーとしては柄にもなく透哉への心配で濁している。
 乙女センサーに準じた誘惑作戦を計画しつつも、本線は別の部分にあった。
 野々乃の足を進める理由は、昨晩寮内で感じなかった御波透哉の気配を不審に思ったからだ。(外泊届が出されていることは知らない)
 これは夏の到来を目前に、連日右肩上がりで感度を増す乙女センサー(意中の男子を遠方からでも感知するストーカーとしての秘技)のなせる技である。
 愛欲と心配、下心と献身、複雑な内情でカオスを生みながら男子寮の階段を一人堂々と上がっていた。
 客観には小柄で可愛らしい後輩少女に、寮内で過ごす男子生徒たちからこれといったアクションはない。
 女子に声をかけられない青少年的な問題ではなく、誰もが豪々吾の妹であり、透哉と懇意にしていると言う事実を周知しているからである。可愛らしい出で立ちの後ろに猛獣の影がちらついては迂闊に声などかけられない。
 と、男子側の受け取り方はさておき、女子が男子寮を訪れることも、その反対も日中は制限されていない。
 夜間、就寝時は男女別だが、それ以外の時間の禁は緩い。

「ふふふ、着きましたわよ? お兄様~」

 透哉と豪々吾の部屋を前にゴクリと息を飲む。やはり中からは物音も気配もしない。不安との直面、透哉の部屋を訪ねる高揚、その両方の理由で緊張していた。
 実は過去に好奇と欲望から勝手に忍び込み、見聞したこともあるが、そのときとは違う種類の緊張を味わっていた。

(コンコーン。お兄様? いらっしゃらないのですか?)

 軽くノックしてみたが返答はない。
 一応、畏まった様子でドアノブに手をかけるとあっさりと開いた。
 中を覗くと思惑通り、無人だった。

「それでは、お兄様少々失礼つかまつりますわ」

 滑り込むように入室するとただちに施錠。野々乃の口元が二次関数のグラフのように、にやける。
 白昼の堂々たる不法侵入だが、咎められても、兄である豪々吾に用があったという体の良い言い訳もある。

「お兄様のベッド! 寝床! お布団! あぁ、あたしとしたことが、足を滑らせてしまいましたわぁ~」

 言葉と共に野々乃は宙を舞う。
 入室して二秒。一切の躊躇も遠慮もない。
 野々乃は透哉のベッドに全身で着地した。
 動物以上に本能に忠実、それが変態ストーカーである。
 心配や献身は欲望に殴打されて一瞬で消え去った。

「お兄様お兄様! はぁはぁはぁ! スーハースーハー……ですの?」

 全身で透哉を感じようと布団で簀巻きになって、匂いを嗅ぎまくりながらベッドの上を三周して気付く。

「……洗剤とお日様の匂いしかしませんわ」

 昨日交換され、未使用のまま一夜を明かしたシーツからは何の匂いもしない。スーハースーハーは意中の者の臭気があって初めて成立する変態行為なのだ。妄想だけなら自室のベッドの上で転がっているのと変わりはない。
 夏布団で蓑虫になった野々乃はベッドの上でもそりと起き上がり、布団に見切りを付ける。
 少し考えた末、今度は透哉の椅子に目を付けた。

「お兄様成分をたっぷり配合したグッズを発見しましたわ。それでは、今度こそ失礼しますわ!」

 無人の室内で断りを入れながら、ベッドから跳躍、透哉の椅子に体重を乗せる。スプリングが軋みを上げ、野々乃の小さなお尻を包む。

「はぁああああっ! お、兄様!」

 真冬に湯船で身を沈めるように、全体重を座席と背もたれに注ぐ。変態ストーカー垂涎、意中の者の椅子の感触に野々乃は溶けていた。
 十秒ほど堪能したところで野々乃は透哉の机、詳細は本棚の一部に異変を見つける。

(あら、お兄様ったら。不揃いな本の並び方をしていますわ)

 同じ大きさの教科書類が数冊を残し、手前にせり出している。乱雑に押し込まれたならこんな風に揃った出っ張りは生まれない。
 まるで、奥に別の本を横向きに隠し、カムフラージュしているみたいだった。

(あらあら、お兄様ったら、これではバレバレですわよ?)

 ふふふっと笑みを浮かべつつ、聞き耳を立てる。幸い透哉も豪々吾も帰ってくる様子はない。
 多少手荒に物色するだけの時間的猶予があった。
 野々乃は完全にそう言う本・・・・・の在処と断定していた。ストーカーとしての本能が目覚める。

「これは!? 本職の血が騒ぎますわ!」

 学生の本職は学生である。
 野々乃が手前の本を瞬く間に取り除くと、予測通り本棚の奥に一冊の本が隠されていた。

「全くお兄様ってば、こんな物持たなくてもあたしがいつでも満たして差し上げるのにぃ! さ、さぁっ! お兄様のお宝拝見っ!」

 鼻息荒く厚手の本を握った野々乃は、手にした感触と妙な埃臭さに眉を顰めた。
 マジマジと見たことはないが、そう言う本・・・・・にしては作りが大仰過ぎた。

「……ん? これは、なんですの?」

 予想とはかけ離れた重厚さを持つ、紅色の表紙が顔を出した。期待外れも甚だしいとがっくりと肩を落とすところだが、違う意味で興味を引いた。
 一息吐き、表に返して思わず息を飲んだ。

「卒業アルバムですの? でも、なんでこんな物をお兄様が……」

 疑問を口にしながらも、特に気にせずパラパラと捲る。
 しかし、見知った顔も名前も見つけられない。全てのページに目を通したわけではないが、透哉がこれを持っている理由も、隠している理由も見当が付かなかった。
 野々乃の目には埃っぽいだけの異物にしか映らなかったのだ。
 まさか、透哉が旧学園跡地から持ち出した、旧夜ノ島学園最後の卒業アルバムとは、夢にも思わない。
 それでも、他に興味を引くものがなかったので、何となく眺めていた。
 室内が自分を除くと無人であること、目先の代物への関心が薄れてきたことが、野々乃の気持ちを弛緩させていた。
 完全に周囲への警戒を怠っていた。

「何をしているのかしら? 野々乃?」
「――っ」

 突然の声に、野々乃は息を詰まらせる。
 それも首根っこを掴まれたような、窒息させられたような、衝撃とも言えるほど急激なものだった。
 不法侵入や室内物色の現場を目撃されたから、ではない。
 なんの前振りもなく虚空から響いた少女の声が耳を撫でたからだ。
 弾かれたように振り返り、うっすらと冷笑を浮かべる少女を仰ぎ見る。

「流耶、さん……」
「それはあなたが見るべき物ではないわ」

 寒気がするほどに真っ直ぐ流れる黒髪に小さな髪飾りを乗せた和人形のような少女、草川流耶が立っていた。
 流耶に奇襲の意図はなかったが、予想だにしない出来事に、野々乃は硬直を余儀なくされる。
 流耶はその僅かな隙を突いて、野々乃の手から素早くアルバムを奪い取った。

「あっ! か、返していただけますか……それはお兄様の私物ですわ」
「残念ながら返せないのよ。第一、これは透哉の私物ではないわ」

 流耶の出現の余韻に怯えを覗かせながらも、野々乃は気丈に振る舞う。その些細な反攻への敬意として、流耶は正当な理由を返す。

「私がしかるべき場所に返しておくわ。それより、あなたはこんなところで何をしているのかしら?」

 流耶はアルバムを一振りで消失させると、一転して鋭い目つきで野々乃を刺した。
 先程の敬意とはほど遠く、かと言って支配者としての威圧とも違っていた。
 単純な私情に基づく、一介の女としての糾弾だった。

「事と次第では、」
「昨晩、寮にいらっしゃらなかったので、心配になって会いにきたのですわ」

 野々乃があっさり口を割ると、流耶は面白くなさそうに髪を払い、勝ち誇ったような顔をする。

「そう、その程度なら良いのだけれど。思いを寄せるのは自由よ? でも、透哉は私の物よ?」
「なんですの、その言い草は!? お兄様を物扱いするのはいただけませんわ!」
「認める認めないはあなたの自由よ。まぁ、あなたが透哉を慕う理由、分からなくもないわ」

 野々乃の気持ちに一定の理解を示しながら釘を刺す流耶。
 しかし、譲歩する素振りは建前。立場を理解させ、私物として透哉を見せびらかしていた。

「ええ、確かに始めは縋るような動機・・・・・・・だったのは認めますわ! でも、惹かれている事実に嘘偽りはありませんわ!」
「そう。でもあなたの正体、普段・・は隠しているモノを晒しても――」
「そんなモノ、初めて出会ったときに、とっくにバレていますわ!」
「――え?」

 開き直った野々乃の発言に、平静を装っていた流耶が少なからず驚きを覗かせた。
 そして、これを期に変態野々乃の逆襲劇が始まる。
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