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ベルベットとセアト
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それはある日のこと。
セアトの非番とベルベットの休日、そしてシシリィは学校で不在というのがかぶった。
偶然かぶってしまったと言うより、狙ってかぶせてきたなのだが、そんなことはもちろんベルベットは知らない。
いつもきっちりと結い上げた髪は、今日は下ろして一部だけ結い上げて。纏うのはお仕着せではなく若草色のワンピース。丈は踝の少しくらい上まであり、ブーツを履いてとどこかやわらかな雰囲気。
お仕着せ姿ももちろん好きなのだが、そうして私生活の部分が見えるのがセアトにとっては嬉しい事だった。
「買い物行くんだよな? 俺が荷物持ちしてあげる」
「そ、そんな持って頂くようなものは買いません……」
「いやいや、俺は君にフォークさえ持たせたくないくらいなんだよ?」
なに言ってるのかな、この方。
そう言いそうになるのをベルベットは飲み込んだ。
いつものように、背中には壁。
顔の横あたりには手がつかれており、顔を寄せてくる。
廊下を他の人も通るがいつものことかと気にせず通り抜け、助けてはくれない。
助けてくださいと、執事や他の侍女にも頼んだのだが無理だと苦笑された。
そもそも、坊ちゃんは本当に嫌がることはしないからと一番年嵩の執事ににこにこ笑み向けられながら言われては、もう何も言えなかった。
デイゼル家に仕える者たちは、セアトがベルベットを妻にしたいと思っている事は喜ばしいことだった。
セアトは嫁なんて誰でも良いと思っていた。家の迷惑にならず、そして家の発展に貢献できる者ならと。それは家を継ぐという事を理解していたからだ。
幼い頃からそういったことを口にしていたセアト。どこか色々なことがどうでもよい、というような顔をしていた少年がベルベットを好いてからは生き生きとして、毎日が楽しそうなのだ。
家に仕えるものとして、それは嬉しいこと。
それにベルベット自身も好ましい少女だったのだ。
もう、ある程度年齢が達した頃に既成事実を作って娶ってしまえばいいのにと長く仕えている者たちは思っていた。
「偶には一緒に過ごせたら嬉しいんだけどな、ベルベット」
今日は引かないよと笑いながら一層近くに顔を寄せる。
ベルベットは声にならない悲鳴を喉奥に落とし込んだ。
別にセアトの事が生理的にどうしようもないほど苦手、嫌いだという事は無い。
けれど、身分的なこともあるしとこの思いに応えるのはセアトの為にならないと思っているのだ。
「……セアト様、あの、本当に……お戯れは」
「戯れていない、本気。俺はベルベットと一緒に出掛けたい」
良いだろうと笑み深め、セアトは頷いてとお願いする。
ベルベットは頷きかけて、やっぱりだめと首を横に振った。
素直じゃないとセアトは零し、溜息をつくと体を離した。
距離ができてベルベットはほっとする。諦めてくれたと思ったのだがしかし。
「頷いてくれないから、俺も買い物に行くことにするよ。君と手を繋いでね」
するりとベルベットの肩、そして腕を撫でてその手を取った。
掌を重ね、指を絡める。ベルベットは逃げられないと諦めて頷いた。
セアトは上機嫌で行こうと手を引いて、どこに行くのかと尋ねた。
「ドライフルーツと、それから製菓材料を少し」
「それはシシリィの為?」
「そうです。ドライフルーツのしっとりしたパウンドケーキを作ると約束しているので」
「俺も」
俺もそれが食べたいとセアトは言って、ベルベットにお願いと続けた。
「俺にもくれると嬉しいんだけどな」
「出来上がった時にそこにいらっしゃればシシリィも少しくらいなら分けてくれるんじゃないでしょうか」
「俺はベルベットから直接もらいたい」
真摯な視線。ベルベットは少しなら、と間をおいて応えた。すると嬉しいと、破顔する。
それは一気に幼く見えて、ベルベットは可愛らしいなとふと笑みを零した。
くすりと、小さく。零れるようなその笑みはセアトにとって滅多にみられるものではなかった。
心跳ねる。その笑み一つで満たされ、あたたかくなる。
今すぐ抱きしめて腕の中に閉じ込めて、もっと愛を囁いて困らせたり照れさせたり。
いろんな表情を自分だけに見せて欲しいとセアトは思うが、その欲求は押しとどめる。そうするとベルベットは自分を見なくなってしまうと、なんとなくわかっていたからだ。
そういう愛情は、求めていないのだと。
それから街に出て、ベルベットの買い物に付き合い、最近はやりだと言うカフェで一緒に過ごして。
セアトにとっては紛れもなくデートだった。ベルベットにとってはそうではなかったかもしれないが二人きりで出かけたという事は紛れもない事実。
はたから見たら仲良さそうに、楽しそうに過ごしているセアトとベルベット。
様々な視線が向けられているのをベルベットはもちろん感じていたのだが、どうせこの一度限り。変なことにはならないと思っていた。
しかしセアトからしてみれば、騎士団の巡回に合わせてカフェに行き、その姿を見てもらった。
このことはすぐ噂になるだろう。あれは誰だと問われたら、はぐらかせばいい。
そうすると様々な憶測が飛び交うだろう。噂が広まれば、周囲から固めていくことができる。
そういった地道な作業も必要なのだ。
しかし、一番の問題はやはり妹だろう。
妹のシシリィはベルベットが大好きだ。七つ、年の離れた妹は果たして彼女を離してくれるのか。「一番の強敵はシシリィか……」
「シシリィがどうかされました?」
「いや、そろそろ学校終わるかな、と……一緒に迎えに行く?」
そしてシシリィを驚かせようかと悪戯するようにセアトは紡いで、立ち上がった。
それから二人でシシリィの通う学園まで行って、校門で待った。しばらくすると、門から出て来る生徒たち。
その中にシシリィの姿を見つけ、セアトは手を振る。するとシシリィはそれに気づいて、隣にベルベットがいる事に瞳を見開いた。
「お兄様! 私のベルベットを勝手に連れ出さないで!」
「買い物に付き合っただけで、連れ出したわけではないよ」
「それでも、ダメです!」
ぎゅっと抱き着いてくるシシリィを受けとめたベルベットは苦笑して、一緒にお屋敷に帰りましょうと微笑む。
するとシシリィは嬉しいと笑み浮かべ、手を繋いでと差し出した。
「ベルベットと手を繋ぐのは久しぶりね!」
「そうね」
「俺とも手を繋いでほしいんだけどな」
「ダメよ! 許さないわ! そんなに繋ぎたいなら私が繋いであげる!」
自然な動きでベルベットの手に触れようとした、セアトの手をシシリィは叩き落し、握り潰すように手を繋いだ。けれど子供の力、そんなに痛い物ではなくセアトは苦笑する。
「ではシシリィとこのまま手を繋いで帰ろうか」
「えっ、このままで!?」
「嫌なのか?」
その言葉にシシリィは眉を寄せ、私はもう10歳なのですとつんとして手を離そうとするがセアトはそれを許さない。
「……こうしていると夫婦のようだな」
「私をお兄様の子供にしないでください!」
ふとセアトが零した言葉に噛みついたのはシシリィだ。ぴゃあぴゃあと騒ぐのを淑女らしくとベルベットが諫める。その様子に瞳細めて、やはりこうしていると夫婦のようだとセアトの機嫌は良く。
冗談はやめてくださいませとベルベットが言っても取り合うことはなかった。
セアトの非番とベルベットの休日、そしてシシリィは学校で不在というのがかぶった。
偶然かぶってしまったと言うより、狙ってかぶせてきたなのだが、そんなことはもちろんベルベットは知らない。
いつもきっちりと結い上げた髪は、今日は下ろして一部だけ結い上げて。纏うのはお仕着せではなく若草色のワンピース。丈は踝の少しくらい上まであり、ブーツを履いてとどこかやわらかな雰囲気。
お仕着せ姿ももちろん好きなのだが、そうして私生活の部分が見えるのがセアトにとっては嬉しい事だった。
「買い物行くんだよな? 俺が荷物持ちしてあげる」
「そ、そんな持って頂くようなものは買いません……」
「いやいや、俺は君にフォークさえ持たせたくないくらいなんだよ?」
なに言ってるのかな、この方。
そう言いそうになるのをベルベットは飲み込んだ。
いつものように、背中には壁。
顔の横あたりには手がつかれており、顔を寄せてくる。
廊下を他の人も通るがいつものことかと気にせず通り抜け、助けてはくれない。
助けてくださいと、執事や他の侍女にも頼んだのだが無理だと苦笑された。
そもそも、坊ちゃんは本当に嫌がることはしないからと一番年嵩の執事ににこにこ笑み向けられながら言われては、もう何も言えなかった。
デイゼル家に仕える者たちは、セアトがベルベットを妻にしたいと思っている事は喜ばしいことだった。
セアトは嫁なんて誰でも良いと思っていた。家の迷惑にならず、そして家の発展に貢献できる者ならと。それは家を継ぐという事を理解していたからだ。
幼い頃からそういったことを口にしていたセアト。どこか色々なことがどうでもよい、というような顔をしていた少年がベルベットを好いてからは生き生きとして、毎日が楽しそうなのだ。
家に仕えるものとして、それは嬉しいこと。
それにベルベット自身も好ましい少女だったのだ。
もう、ある程度年齢が達した頃に既成事実を作って娶ってしまえばいいのにと長く仕えている者たちは思っていた。
「偶には一緒に過ごせたら嬉しいんだけどな、ベルベット」
今日は引かないよと笑いながら一層近くに顔を寄せる。
ベルベットは声にならない悲鳴を喉奥に落とし込んだ。
別にセアトの事が生理的にどうしようもないほど苦手、嫌いだという事は無い。
けれど、身分的なこともあるしとこの思いに応えるのはセアトの為にならないと思っているのだ。
「……セアト様、あの、本当に……お戯れは」
「戯れていない、本気。俺はベルベットと一緒に出掛けたい」
良いだろうと笑み深め、セアトは頷いてとお願いする。
ベルベットは頷きかけて、やっぱりだめと首を横に振った。
素直じゃないとセアトは零し、溜息をつくと体を離した。
距離ができてベルベットはほっとする。諦めてくれたと思ったのだがしかし。
「頷いてくれないから、俺も買い物に行くことにするよ。君と手を繋いでね」
するりとベルベットの肩、そして腕を撫でてその手を取った。
掌を重ね、指を絡める。ベルベットは逃げられないと諦めて頷いた。
セアトは上機嫌で行こうと手を引いて、どこに行くのかと尋ねた。
「ドライフルーツと、それから製菓材料を少し」
「それはシシリィの為?」
「そうです。ドライフルーツのしっとりしたパウンドケーキを作ると約束しているので」
「俺も」
俺もそれが食べたいとセアトは言って、ベルベットにお願いと続けた。
「俺にもくれると嬉しいんだけどな」
「出来上がった時にそこにいらっしゃればシシリィも少しくらいなら分けてくれるんじゃないでしょうか」
「俺はベルベットから直接もらいたい」
真摯な視線。ベルベットは少しなら、と間をおいて応えた。すると嬉しいと、破顔する。
それは一気に幼く見えて、ベルベットは可愛らしいなとふと笑みを零した。
くすりと、小さく。零れるようなその笑みはセアトにとって滅多にみられるものではなかった。
心跳ねる。その笑み一つで満たされ、あたたかくなる。
今すぐ抱きしめて腕の中に閉じ込めて、もっと愛を囁いて困らせたり照れさせたり。
いろんな表情を自分だけに見せて欲しいとセアトは思うが、その欲求は押しとどめる。そうするとベルベットは自分を見なくなってしまうと、なんとなくわかっていたからだ。
そういう愛情は、求めていないのだと。
それから街に出て、ベルベットの買い物に付き合い、最近はやりだと言うカフェで一緒に過ごして。
セアトにとっては紛れもなくデートだった。ベルベットにとってはそうではなかったかもしれないが二人きりで出かけたという事は紛れもない事実。
はたから見たら仲良さそうに、楽しそうに過ごしているセアトとベルベット。
様々な視線が向けられているのをベルベットはもちろん感じていたのだが、どうせこの一度限り。変なことにはならないと思っていた。
しかしセアトからしてみれば、騎士団の巡回に合わせてカフェに行き、その姿を見てもらった。
このことはすぐ噂になるだろう。あれは誰だと問われたら、はぐらかせばいい。
そうすると様々な憶測が飛び交うだろう。噂が広まれば、周囲から固めていくことができる。
そういった地道な作業も必要なのだ。
しかし、一番の問題はやはり妹だろう。
妹のシシリィはベルベットが大好きだ。七つ、年の離れた妹は果たして彼女を離してくれるのか。「一番の強敵はシシリィか……」
「シシリィがどうかされました?」
「いや、そろそろ学校終わるかな、と……一緒に迎えに行く?」
そしてシシリィを驚かせようかと悪戯するようにセアトは紡いで、立ち上がった。
それから二人でシシリィの通う学園まで行って、校門で待った。しばらくすると、門から出て来る生徒たち。
その中にシシリィの姿を見つけ、セアトは手を振る。するとシシリィはそれに気づいて、隣にベルベットがいる事に瞳を見開いた。
「お兄様! 私のベルベットを勝手に連れ出さないで!」
「買い物に付き合っただけで、連れ出したわけではないよ」
「それでも、ダメです!」
ぎゅっと抱き着いてくるシシリィを受けとめたベルベットは苦笑して、一緒にお屋敷に帰りましょうと微笑む。
するとシシリィは嬉しいと笑み浮かべ、手を繋いでと差し出した。
「ベルベットと手を繋ぐのは久しぶりね!」
「そうね」
「俺とも手を繋いでほしいんだけどな」
「ダメよ! 許さないわ! そんなに繋ぎたいなら私が繋いであげる!」
自然な動きでベルベットの手に触れようとした、セアトの手をシシリィは叩き落し、握り潰すように手を繋いだ。けれど子供の力、そんなに痛い物ではなくセアトは苦笑する。
「ではシシリィとこのまま手を繋いで帰ろうか」
「えっ、このままで!?」
「嫌なのか?」
その言葉にシシリィは眉を寄せ、私はもう10歳なのですとつんとして手を離そうとするがセアトはそれを許さない。
「……こうしていると夫婦のようだな」
「私をお兄様の子供にしないでください!」
ふとセアトが零した言葉に噛みついたのはシシリィだ。ぴゃあぴゃあと騒ぐのを淑女らしくとベルベットが諫める。その様子に瞳細めて、やはりこうしていると夫婦のようだとセアトの機嫌は良く。
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