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シシリィとセアト
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お兄様、とシシリィは兄を、きつめの声で呼んで意識を引いた。
家に帰ってきて、ベルベットは自室へ荷物を置きに。それからシシリィがお茶しましょと誘った。
セアトが俺はと言うもので、誘わないわけにいかなくなったシシリィは仕方なく、来てもいいわと頷いた。
ベルベットが茶の準備をしてくるまでは、二人きり。
呼ばれたセアトは何だいとゆるやかに笑みを浮かべて見せる。
その余裕が、シシリィの意識をまた逆撫でた。
「ベルベットに言い寄るのをやめてくださいませんか?」
「そう言われてやめれるなら、最初から口説いてない」
「ベルベットは! わたしのなんです!」
くわっと、怒っている顔を向けられてもかわいいものだなとしかセアトは思えない。
セアトは笑って確かにシシリィの侍女だがと紡いだ。
「でも恋愛は自由だ。俺が好きなのをシシリィに咎められる理由はない。邪魔されるのもな」
「そ、そうだけど……でも、ベルベットはいやがって」
「いつも、本当に嫌がる前に迫るのを止めてる」
俺は相手のことも考えている、とにこーっと笑う兄。
その笑顔は胡散臭くて、シシリィにとって信じられるものではなかった。
ぷぅと頬膨らませ、シシリィは睨みつける。
その視線を飄々とかわすだけのセアトは信じてくれよと笑っていた。
「……ベルベットを、泣かせたりしたらだめよ! しないって、約束して!」
「ああ、わかった。泣かせない」
約束は守るとセアトは妹へと、騎士の名にかけて誓った。
それはシシリィにとっては信じられるものだった。
セアトは騎士であり、誇りがある。騎士としての振る舞いに背かぬよう誓ったのだ。
だからベルベットを泣かせたり、傷つけたりはしないとほっとする。逆に、傷つけたりしたのなら、騎士の名に誓ったのにと引き離す口実にもなるのだ。
しかし、セアトにとってはその違いは本当に騎士の名をかけてのものではなかった。
それはもっと多くの言葉を並べ立て、もっと心を込めて、場を整えてやるべきことだ。
セアトにとってそれは口約束。本当の騎士の名をもっての誓いをシシリィが知らないからこそ言えたことだ。
もちろん泣かせたり傷つけるつもりは無いのだが。
「啼かせはしたいしなぁ……それは不可効力だろう」
ぽつりと呟いた言葉はシシリィには届いていない。
隣で、本を読んでいるのでそれを覗き込めば学園から指定されたものらしい。
「感想文の宿題なの」
「そうか。感想文の上手な書き方を教えてやろうか?」
「そんなのあるの?」
「ある。いいか、まず……」
と、セアトが説明しているとワゴンを押してベルベットが来る。
目の前のテーブルに茶と菓子。菓子はもちろん、ベルベットが作ったものだ。
「お試しにサヴァラン作ってたの。シシリィ、味見してくれる? いつもと違う紅茶を使ってみたの」
「いいの? もちろん味見、するわ!」
きゃあと小さな悲鳴を上げてシシリィは嬉しいと声をあげる。するとセアトは、俺のはとベルベットに微笑んだ。
「申し訳ありませんが、試作ですからありません」
「ふふん! お兄様、これが愛情の差よ!」
「シシリィ、この兄に一口分けてくれるということもしてくれないのか?」
「どうして、そんなことしなきゃいけないの?」
あげるわけないじゃないとシシリィは言い切って目の前に置かれたサヴァランに瞳を輝かせる。
しっとりと、よく滲みこんでいるのがわかる。きっとフォークを置いた瞬間にじゅわりとするのだろうと、予想ができた。
シシリィは傍に紅茶が置かれるのを待ち、ベルベットが席についてからサヴァランに手を伸ばした。
「どの紅茶にしたの?」
「いつもはシンプルなものを使ってるけど、今日は少し……花の香りの強いものにしてみたの」
「うん、ひたひた具合は私の好きなくらいよ」
まずはそのままひとくち。じゅわっと口の中で広がる感覚にシシリィは幸せそうに表情綻ばせる。そしてこくんと飲み込んで、ベルベットへとその感想を告げた。
「いつものよりとっても華やか! 私は好きだけど、お父様はこれよりいつものほうが好きだと思うわ」
「そう。じゃあこれはシシリィが食べたいときに作るわ。そのソースも少しつけてみて」
「うん。これは何? ベリーかしら」
「ええ。甘酸っぱいソース。色味は綺麗でしょう?」
「私のドレスの色みたいね。うん……これつけてクリームもちょっとつけるといい塩梅」
そうやって感想のやりとりをする。セアトは仲間はずだなと苦笑しつつ、ベルベットの淹れた紅茶を口へと運んだ。
近づけば薫る、紅茶らしい紅茶と言える香り。渋みも少しあるような香りは鼻に抜けてゆく。華やかな香りではないがしっかりとした主張がある。それを口に含めば、ああいつもの味だとセアトは思う。
コーヒーと紅茶、どちらが好きかと問われればセアトは紅茶だと答えるだろう。
そして先程からの話に耳を傾けていると、シシリィはお父様はこう思う、とばかりで自分については何も紡がない。兄としてはそれは少し寂しくて、セアトは口を挟んだ。
「おい、シシリィ。さっきから父上の好みは把握しているが、俺の好みについては何もないのか?」
「だってそんなの必要ないでしょう?」
お兄様は、ベルベットの作ったものは何でもおいしいって言うんだから、と。
言われて、まぁ確かにその通りだなとセアトは苦笑した。確かにベルベットの作ったものであれば、どんなものだって嬉しいし美味しい。
「けれどうらやましい。お前には何も言わなくても特別に作ってくれるのに、俺には作ってくれない」
「それは私とベルベットの仲だからよ! ふふん、うらやましいでしょう!」
「ああ、とてもうらやましいよ」
そんなやりとりを見つつ、ベルベットは別に故意に作らないわけではないのだけど、と思う。
ベルベットからしてみればシシリィの好きな物は知っているし、時折ご褒美のように作っているのだ。たとえば、学校で試験の点が良かったなどと報告のあったあとに。
公爵に対しても、疲れる会議があるのだとか、ひとつ大仕事があるのだとか。そういう事を零していた時に特別に何かを作っている。
別に気まぐれでもなんでもなく、頑張った時、頑張って欲しい時にベルベットは特別をプレゼントしているのだがセアトの場合、そういった事が見えないのだ。
いつでもなんでも作っているわけではないと言えば良いだけなのだろうが、そうすると今度は今日は何があるとか上手に迫ってこられそうなので言えないままだ。言うつもりもないのだが。
他愛ない話をしつつ、三人の茶会は夕食の時間まで続いた。
家に帰ってきて、ベルベットは自室へ荷物を置きに。それからシシリィがお茶しましょと誘った。
セアトが俺はと言うもので、誘わないわけにいかなくなったシシリィは仕方なく、来てもいいわと頷いた。
ベルベットが茶の準備をしてくるまでは、二人きり。
呼ばれたセアトは何だいとゆるやかに笑みを浮かべて見せる。
その余裕が、シシリィの意識をまた逆撫でた。
「ベルベットに言い寄るのをやめてくださいませんか?」
「そう言われてやめれるなら、最初から口説いてない」
「ベルベットは! わたしのなんです!」
くわっと、怒っている顔を向けられてもかわいいものだなとしかセアトは思えない。
セアトは笑って確かにシシリィの侍女だがと紡いだ。
「でも恋愛は自由だ。俺が好きなのをシシリィに咎められる理由はない。邪魔されるのもな」
「そ、そうだけど……でも、ベルベットはいやがって」
「いつも、本当に嫌がる前に迫るのを止めてる」
俺は相手のことも考えている、とにこーっと笑う兄。
その笑顔は胡散臭くて、シシリィにとって信じられるものではなかった。
ぷぅと頬膨らませ、シシリィは睨みつける。
その視線を飄々とかわすだけのセアトは信じてくれよと笑っていた。
「……ベルベットを、泣かせたりしたらだめよ! しないって、約束して!」
「ああ、わかった。泣かせない」
約束は守るとセアトは妹へと、騎士の名にかけて誓った。
それはシシリィにとっては信じられるものだった。
セアトは騎士であり、誇りがある。騎士としての振る舞いに背かぬよう誓ったのだ。
だからベルベットを泣かせたり、傷つけたりはしないとほっとする。逆に、傷つけたりしたのなら、騎士の名に誓ったのにと引き離す口実にもなるのだ。
しかし、セアトにとってはその違いは本当に騎士の名をかけてのものではなかった。
それはもっと多くの言葉を並べ立て、もっと心を込めて、場を整えてやるべきことだ。
セアトにとってそれは口約束。本当の騎士の名をもっての誓いをシシリィが知らないからこそ言えたことだ。
もちろん泣かせたり傷つけるつもりは無いのだが。
「啼かせはしたいしなぁ……それは不可効力だろう」
ぽつりと呟いた言葉はシシリィには届いていない。
隣で、本を読んでいるのでそれを覗き込めば学園から指定されたものらしい。
「感想文の宿題なの」
「そうか。感想文の上手な書き方を教えてやろうか?」
「そんなのあるの?」
「ある。いいか、まず……」
と、セアトが説明しているとワゴンを押してベルベットが来る。
目の前のテーブルに茶と菓子。菓子はもちろん、ベルベットが作ったものだ。
「お試しにサヴァラン作ってたの。シシリィ、味見してくれる? いつもと違う紅茶を使ってみたの」
「いいの? もちろん味見、するわ!」
きゃあと小さな悲鳴を上げてシシリィは嬉しいと声をあげる。するとセアトは、俺のはとベルベットに微笑んだ。
「申し訳ありませんが、試作ですからありません」
「ふふん! お兄様、これが愛情の差よ!」
「シシリィ、この兄に一口分けてくれるということもしてくれないのか?」
「どうして、そんなことしなきゃいけないの?」
あげるわけないじゃないとシシリィは言い切って目の前に置かれたサヴァランに瞳を輝かせる。
しっとりと、よく滲みこんでいるのがわかる。きっとフォークを置いた瞬間にじゅわりとするのだろうと、予想ができた。
シシリィは傍に紅茶が置かれるのを待ち、ベルベットが席についてからサヴァランに手を伸ばした。
「どの紅茶にしたの?」
「いつもはシンプルなものを使ってるけど、今日は少し……花の香りの強いものにしてみたの」
「うん、ひたひた具合は私の好きなくらいよ」
まずはそのままひとくち。じゅわっと口の中で広がる感覚にシシリィは幸せそうに表情綻ばせる。そしてこくんと飲み込んで、ベルベットへとその感想を告げた。
「いつものよりとっても華やか! 私は好きだけど、お父様はこれよりいつものほうが好きだと思うわ」
「そう。じゃあこれはシシリィが食べたいときに作るわ。そのソースも少しつけてみて」
「うん。これは何? ベリーかしら」
「ええ。甘酸っぱいソース。色味は綺麗でしょう?」
「私のドレスの色みたいね。うん……これつけてクリームもちょっとつけるといい塩梅」
そうやって感想のやりとりをする。セアトは仲間はずだなと苦笑しつつ、ベルベットの淹れた紅茶を口へと運んだ。
近づけば薫る、紅茶らしい紅茶と言える香り。渋みも少しあるような香りは鼻に抜けてゆく。華やかな香りではないがしっかりとした主張がある。それを口に含めば、ああいつもの味だとセアトは思う。
コーヒーと紅茶、どちらが好きかと問われればセアトは紅茶だと答えるだろう。
そして先程からの話に耳を傾けていると、シシリィはお父様はこう思う、とばかりで自分については何も紡がない。兄としてはそれは少し寂しくて、セアトは口を挟んだ。
「おい、シシリィ。さっきから父上の好みは把握しているが、俺の好みについては何もないのか?」
「だってそんなの必要ないでしょう?」
お兄様は、ベルベットの作ったものは何でもおいしいって言うんだから、と。
言われて、まぁ確かにその通りだなとセアトは苦笑した。確かにベルベットの作ったものであれば、どんなものだって嬉しいし美味しい。
「けれどうらやましい。お前には何も言わなくても特別に作ってくれるのに、俺には作ってくれない」
「それは私とベルベットの仲だからよ! ふふん、うらやましいでしょう!」
「ああ、とてもうらやましいよ」
そんなやりとりを見つつ、ベルベットは別に故意に作らないわけではないのだけど、と思う。
ベルベットからしてみればシシリィの好きな物は知っているし、時折ご褒美のように作っているのだ。たとえば、学校で試験の点が良かったなどと報告のあったあとに。
公爵に対しても、疲れる会議があるのだとか、ひとつ大仕事があるのだとか。そういう事を零していた時に特別に何かを作っている。
別に気まぐれでもなんでもなく、頑張った時、頑張って欲しい時にベルベットは特別をプレゼントしているのだがセアトの場合、そういった事が見えないのだ。
いつでもなんでも作っているわけではないと言えば良いだけなのだろうが、そうすると今度は今日は何があるとか上手に迫ってこられそうなので言えないままだ。言うつもりもないのだが。
他愛ない話をしつつ、三人の茶会は夕食の時間まで続いた。
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