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キールとセアト
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シシリィとリアが出会った日、セアトの日常も変わる事となる。
上官に呼び出され、ある命を受けたのだ。
それはセアトにしてみれば、何故自分が、という類のもの。
「私が、ですか」
そうだ、と騎士団長は鷹揚に頷く。セアトに出された命というのは、王子専属の騎士となる事。
それはある意味、出世でもあるのだがセアトにとってはそんな面倒なと思う類のものだった。
城の中では不要だが、学園に通う道程、それから外出時の供、護衛としてあるように。
けれどそれは、命令があればどんな時でもついていかないといけないということだ。
どうして自分にとセアトが訊ねると、騎士団の中で一番年が近く、そして王子に接しても問題ない家柄であったのがお前だけだったからだと言われてしまえば何も言えない。
確かに、言っていることはわかる。
王子に接しても問題ないというところに重点が置かれたのだろう。
そもそも公爵家の人間が騎士団にいる、というのがおかしいのだ。
普通ならば官僚になるとか、領地を継ぐとか。そういう勉強をするために騎士団に入ることはない。入るとすれば、それは跡継ぎでない者ということだろう。
しかしセアトの場合は、跡継ぎであるし王家の者も顔を知っている程度には、父の手伝いをしている。
もちろんこの王子の護衛というものは命令であり、断れるはずはなかった。
上官にあいさつに行ってこいと言われ、セアトは城に向かうことになる。
王子が快癒したのは国としては喜ばしいことだが、新たな仕事が降られるとはおもっていなかった。
そして、城で初めて対面したキールは待っていたと笑み浮かべた。
キールの年齢は11歳。妹であるシシリィと同じくらいの年齢だ。しかし、セアトは気が抜けないと感じた。
11歳ではあるが、ただの子供ではないと感じたのだ。
病で臥せっていたこともあり、臣下の前にまだ姿を見せていない王子。
それは勉学の遅れ、それからやせ衰えた身体を補うためにまだ姿を見せていなかったのだ。
快癒したと聞いて一か月――キールはすでに、どこに出しても恥ずかしくないと言えるような、そんな王子になっていた。
「王子の警護を仰せつかりました、セアト・デイゼルでございます」
「ああ、急に私の警護など命じられたのだろう? 申し訳ないな」
「いえ」
「うん、セアト殿。私はまどろっこしいのが嫌でね。腹を割ってさっくり話そう」
にっこりと笑い、キールは先に自身の事を語り始めた。
病にかかっていた事、そして助けられた事は知っているだろう。
そして、僕はその救ってくれた少女の事を愛しているのだと、王子はうっとりとした表情で紡いだ。
紡ぐ言葉は真実なのだろう。
一方通行じゃないか、とセアトはその話を聞いて思えたのだ。だがそのことについて口を出すほど仲が良いわけでもない。初対面でありただの主従だ。しかし危ういのはわかる。
「僕は彼女と幸せになりたい。だから彼女に合わせて学園にも通うことにした。面倒をかけるが、護衛を頼む」
「かしこまりました」
「……僕は、ほかの事をおろそかにするつもりもないしな。立派に王子でないと黙らない者もいる。きっと君もそうだろう」
その言葉にそうですねとセアトは頷いた。
セアトとしては別に誰が好きでも別に構わない。いや、ベルベット以外であればなのだが。
しかし女の為に立派でないと、というのは。なかなかどうして、世の中をわかっているではないかと思う。
セアトも最低限、癒しの手を持つ少女が子爵家に引き取られた事くらいは知っている。そして彼女が学園に通うという事も。
確かに、王子が望むのが子爵家の、といってももともとは平民の娘というのは癒しの手を持っているというイニシアチブがあっても数人の令嬢が並んだ時に弱い。
例えばシシリィが出てきた場合は、ほとんどのものがシシリィをと言うだろう。しかしそうしたくないから、王子は誰からも文句が出ないような存在であろうとしているのだとセアトは察した。
そういう考え方は嫌いではないし、別段何かをしいたげている話でもない。
したいようにすればいいとセアトは思った。
「……お邪魔なときは、離れればよろしいでしょうか」
「! そうしてくれると嬉しい。お前は物分かりがいいな」
「いえ、されたいようになさってください」
「お前とはうまくやれそうだ」
キールの言葉にセアトも確かにと思う。
この王子は利があれば動く、自分と似たような種類の人間なのだと感じた。
しかし、同族嫌悪を抱くこともなかったので多少、方向性は違うのだろう。
「……王子殿下、女性を口説く時の良い方法を私は知っているのですが」
「聞こう」
「追い詰めると良いのです。壁際に」
「壁際に?」
「そうです、そして両手を顔の横につくと、閉じ込めることができますから、囁き放題です。嫌がられる間際で離れるのがポイントです」
なるほどとキールは頷いて、今度やってみようと零していた。
面白そうなのでセアトは教えてみたのだがさてどうなることだろうか、と思う。
そしてベルベットに会いたいと言う気持ちが募る。
壁際に追い詰めて腕の中に閉じ込める。見上げてぱちぱちと瞬く瞳。
その時は間違いなく自分を見ていることにぞくぞくとした高揚を感じる。できることなら、部屋に閉じ込めてずっと一緒にいたい。
どろどろに甘やかして傍に居る事だけを許し、自分以外いらないと思えるようにしてしまいたくもあるが、そうなったベルベットはもはや自分が好きなベルベットではないことをセアトは知っている。
だから嫌がる前に引くのだ。それが利口な事だと知っているから。
追い詰めて、逃げ道塞いで、けれどそれを悟られず、上手にやりぬかなければきっと手に入らない。
そういう存在をきっとこの王子も好きなのだろうと、セアトはなんとなく思っていた。
上官に呼び出され、ある命を受けたのだ。
それはセアトにしてみれば、何故自分が、という類のもの。
「私が、ですか」
そうだ、と騎士団長は鷹揚に頷く。セアトに出された命というのは、王子専属の騎士となる事。
それはある意味、出世でもあるのだがセアトにとってはそんな面倒なと思う類のものだった。
城の中では不要だが、学園に通う道程、それから外出時の供、護衛としてあるように。
けれどそれは、命令があればどんな時でもついていかないといけないということだ。
どうして自分にとセアトが訊ねると、騎士団の中で一番年が近く、そして王子に接しても問題ない家柄であったのがお前だけだったからだと言われてしまえば何も言えない。
確かに、言っていることはわかる。
王子に接しても問題ないというところに重点が置かれたのだろう。
そもそも公爵家の人間が騎士団にいる、というのがおかしいのだ。
普通ならば官僚になるとか、領地を継ぐとか。そういう勉強をするために騎士団に入ることはない。入るとすれば、それは跡継ぎでない者ということだろう。
しかしセアトの場合は、跡継ぎであるし王家の者も顔を知っている程度には、父の手伝いをしている。
もちろんこの王子の護衛というものは命令であり、断れるはずはなかった。
上官にあいさつに行ってこいと言われ、セアトは城に向かうことになる。
王子が快癒したのは国としては喜ばしいことだが、新たな仕事が降られるとはおもっていなかった。
そして、城で初めて対面したキールは待っていたと笑み浮かべた。
キールの年齢は11歳。妹であるシシリィと同じくらいの年齢だ。しかし、セアトは気が抜けないと感じた。
11歳ではあるが、ただの子供ではないと感じたのだ。
病で臥せっていたこともあり、臣下の前にまだ姿を見せていない王子。
それは勉学の遅れ、それからやせ衰えた身体を補うためにまだ姿を見せていなかったのだ。
快癒したと聞いて一か月――キールはすでに、どこに出しても恥ずかしくないと言えるような、そんな王子になっていた。
「王子の警護を仰せつかりました、セアト・デイゼルでございます」
「ああ、急に私の警護など命じられたのだろう? 申し訳ないな」
「いえ」
「うん、セアト殿。私はまどろっこしいのが嫌でね。腹を割ってさっくり話そう」
にっこりと笑い、キールは先に自身の事を語り始めた。
病にかかっていた事、そして助けられた事は知っているだろう。
そして、僕はその救ってくれた少女の事を愛しているのだと、王子はうっとりとした表情で紡いだ。
紡ぐ言葉は真実なのだろう。
一方通行じゃないか、とセアトはその話を聞いて思えたのだ。だがそのことについて口を出すほど仲が良いわけでもない。初対面でありただの主従だ。しかし危ういのはわかる。
「僕は彼女と幸せになりたい。だから彼女に合わせて学園にも通うことにした。面倒をかけるが、護衛を頼む」
「かしこまりました」
「……僕は、ほかの事をおろそかにするつもりもないしな。立派に王子でないと黙らない者もいる。きっと君もそうだろう」
その言葉にそうですねとセアトは頷いた。
セアトとしては別に誰が好きでも別に構わない。いや、ベルベット以外であればなのだが。
しかし女の為に立派でないと、というのは。なかなかどうして、世の中をわかっているではないかと思う。
セアトも最低限、癒しの手を持つ少女が子爵家に引き取られた事くらいは知っている。そして彼女が学園に通うという事も。
確かに、王子が望むのが子爵家の、といってももともとは平民の娘というのは癒しの手を持っているというイニシアチブがあっても数人の令嬢が並んだ時に弱い。
例えばシシリィが出てきた場合は、ほとんどのものがシシリィをと言うだろう。しかしそうしたくないから、王子は誰からも文句が出ないような存在であろうとしているのだとセアトは察した。
そういう考え方は嫌いではないし、別段何かをしいたげている話でもない。
したいようにすればいいとセアトは思った。
「……お邪魔なときは、離れればよろしいでしょうか」
「! そうしてくれると嬉しい。お前は物分かりがいいな」
「いえ、されたいようになさってください」
「お前とはうまくやれそうだ」
キールの言葉にセアトも確かにと思う。
この王子は利があれば動く、自分と似たような種類の人間なのだと感じた。
しかし、同族嫌悪を抱くこともなかったので多少、方向性は違うのだろう。
「……王子殿下、女性を口説く時の良い方法を私は知っているのですが」
「聞こう」
「追い詰めると良いのです。壁際に」
「壁際に?」
「そうです、そして両手を顔の横につくと、閉じ込めることができますから、囁き放題です。嫌がられる間際で離れるのがポイントです」
なるほどとキールは頷いて、今度やってみようと零していた。
面白そうなのでセアトは教えてみたのだがさてどうなることだろうか、と思う。
そしてベルベットに会いたいと言う気持ちが募る。
壁際に追い詰めて腕の中に閉じ込める。見上げてぱちぱちと瞬く瞳。
その時は間違いなく自分を見ていることにぞくぞくとした高揚を感じる。できることなら、部屋に閉じ込めてずっと一緒にいたい。
どろどろに甘やかして傍に居る事だけを許し、自分以外いらないと思えるようにしてしまいたくもあるが、そうなったベルベットはもはや自分が好きなベルベットではないことをセアトは知っている。
だから嫌がる前に引くのだ。それが利口な事だと知っているから。
追い詰めて、逃げ道塞いで、けれどそれを悟られず、上手にやりぬかなければきっと手に入らない。
そういう存在をきっとこの王子も好きなのだろうと、セアトはなんとなく思っていた。
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