いとしのわが君

ナギ

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温度差

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 三人の王子に囲まれたお茶会から数日後、ブランシュに対する周囲の反応は多少ましになった。
 まず直接的な嫌がらせはなくなったのだ。
 というのも、やろうとすればムゥがそれをはじき返す。相手が怒ってきても、それはこちらにやろうとしたことを返して防いだだけだと言い張るのみだ。
 けれどそういうのはパタリと止まった。
 どうやら三人がらしい。その方法をブランシュは聞くつもりはないが静かになったのはとても良い。
 ただ、誰も近寄っては来ないので一人ではあるのだが。
 別段一人が嫌いでも我慢ならないわけでもない。むしろ好きなくらいだ。
 しかし、ちょっとした会話もないというのもなんだかなと思う。
 朝の挨拶をしても無視。朗らかに挨拶を王子達が返すと、鋭い視線が刺さる。
 それは変わってない様子。が、直接的なものが無くなったのは素直にありがたい。
 人の心が簡単に変わるわけでもないので、ブランシュはそれを甘んじて受け入れている。
 多少、生活は変わったが大問題ではない。
 ブランシュは今、ムゥを伴って歩いていた。
「どこにいくのだ?」
「窓際さんにタオルを返しにいくの。水をかけられたときに借りたのよ」
 それにお礼もしなきゃとブランシュは言う。助けてもらったのなら礼を返すのは当たり前だ。
 そうだとわかってはいるのだが、何か気に入らない。腑に落ちない。
 てこてことブランシュの隣を歩くムゥは面白くないと思っていた。
「いるかしら、窓際さん」
「その窓際さん、というのは呼び名か?」
「そうよ。あちらの名前をわたしが知るのは良くないみたいで」
「ふん……わけありか……」
 ブランシュは警戒しすぎじゃないかしら、と思うのだがムゥにしてみれば得体のしれないものだ。
 自分がこちらへ来る間に合った相手。何者かわからない。
 常であれば、すぐに見ることはできるがそれは制限されているのだ。まだ、この身と力と世界はなじんでいない。
 カミサマより無理をすればその身は砕けますよと言われているのだ。
 そして、レンガの建物へとたどり着く。
 ブランシュは入口をノックし、扉をおす。どうやら今日は鍵はかかっていないようだ。
 中に入ろうか、とも思ったのだが。
「中に入ってしまうと、窓際さんじゃないわね……」
 窓際にいる。そして窓越しで顔をしらないからこその窓際さんじゃないと思ったのだ。
 そう思えば、扉から回る気はなくなる。
 そこを離れて、この前出会った窓際へ。窓は開かれており、きっと中にはいるのだろう。
 その窓の高さはブランシュが背伸びをしないと中は見えない。
 つまり窓際さんがその姿を見せずに、ある意味いられる場所でもあった。
「窓際さん、いる?」
 返事はない。いないならそれはそれで仕方ないわとブランシュはタオルを窓際へと置いた。
 それともう一つ、お礼の気持ちを込めて焼き菓子を。
 それを置いた瞬間だ。
「タオルは、返さなくてもよかったんだが」
「っ!」
 焼き菓子を置いて、離れた手が掴まれる。
「ここに来てくれたのは素直に嬉しいと思う」
「突然触れられたらびっくりするわ。お久しぶりね」
 ああ、と笑う声。それとともに手は離れた。
 脅かすなんて意地悪ねとブランシュは、楽しそうに笑う。
「顔は見せたほうがいいか?」
「何故? わたしは声だけでも楽しいわよ」
 窓際さんは、壁側に身を隠している。
 ブランシュがいる場所からはその顔はわからない。そうか、と窓際さんは笑うだけだ。
「わたしに顔をみせるのは、あなたはあまりよくないと思っているのではなくて?」
「それは、どちらでもいいかな」
 見せてもいいし、見せなくてもいい。
 そんな曖昧な答えだ。
 巻き込むだのなんだのいっていたから、身元が割れるのは相手の方がまずいのだとブランシュは思っていた。
 ブランシュ自身はすでに学園で知らぬものはいないのだから隠す必要はない。
「じゃあ、見ないわ。そちらのほうが面白いじゃない」
 もしかしたら、どこかで出会えば声で気づくかもしれない。
 その時のお楽しみにしておくわとブランシュは笑う。
「ところで、素敵な呼び名は考えてくれたの?」
「ああ……呼び名……」
 そういえば、そんなことも言っていたなというような。そんな声色だ。
 あら、この人何も考えてなかったわねとブランシュは思った。
 その時、なぁと足元から声がかかる。
「ブランシュは顔を見ないだろうが、俺はみていいだろう?」
「何故?」
「俺の敵かどうか判断する」
 敵だなんて大げさねとブランシュは言う。ムゥは大げさではないと跳ねた。
 仕方ないわねとブランシュはムゥを抱え上げた、窓枠へとちょんとおく。
「……初めまして、幻獣殿」
 射抜くような視線を互いにぶつけ合う。
 ムゥを見下ろす視線は、品定めするような居心地の悪いものだ。同じような視線をムゥもまた向けているのだから何も言わない。
 黒い髪に、青い瞳。怜悧な雰囲気の男をムゥは気に入らないと感じた。それは相手も同じだったらしい。
 口端上げて向けられた笑みが悠然とそれを語っていた。
 今すぐ、ブランシュにこいつは駄目だと言いたい。しかし、言っても何故と問われわたしの好きにするわと言われるだろうなと、今まで見てきたからこそわかる。
 ムゥは会うのはいいが、余計なことを吹き込まれぬように、そして変なことに巻き込まれないよう守るのが一番だと思った。巻き込まれぬようにしつつ、首を突っ込みそうではあるが、だ。
 何にせよお互いの印象はよくなかった。
「ムゥ?」
 もういい? というような声色。ムゥがぴょんと窓枠から飛ぶとブランシュはそれを抱きとめた。
「顔は覚えた。害そうとすれば排除する」
「またそういう事を……ごめんなさい」
「ああ、嫌われてしまったみたいだが、俺は気にしないよ――幻獣の姫君」
「……それが私の呼び方?」
「そう」
「……かわいくないからやり直しね」
 駄目かと苦笑が聞こえる。
 駄目よとブランシュはすぐさま返した。
 幻獣の姫君という呼び方は好きではないと思う。それはもうすでに学園の者達からあざけるように向けられる呼び方でもあるからだ。
 ブランシュとしてはもっとくだけた、かわいらしい呼び方が良かったのもあるのだが。
「とりあえず返したいものも返せたしわたしは帰るわ」
「ああ、またいつでも来ると言い」
「ええ、ではまた」
 散歩程度にここまで来るのは丁度良いわとブランシュは言う。
 相手の姿は知らないけれど、それはそれでいいのだとブランシュは思っていた。
 小さく笑み零す様を見上げて、ムゥは楽しそうだなと不機嫌そうに零す。
 ブランシュはええ、楽しいわと答えた。
「だって、お友達と会っていたのよ。楽しいじゃない?」
「友達……そう、か。そうか……そう、だな」
 ブランシュはあの男のことを友達だと思っていることをムゥは知る。
 あちらはどう思っているのかは知らないが、なんとなく自分の心が穏やかに凪いだ。
 先程まで、あの男は気に入らないという思いばかりだったのだが今はどうでもいいとさえ思えた。
 ブランシュはあの男のことをなんとも思っていないのだな、という安心感が芽生えたからだ。
 男としては、絶対に見ていない。その核心が心穏やかにしたことをムゥはまだ気づいていない。
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