転生息子は残念系

ナギ

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己を自覚する5歳(1)

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 ある日、ある時、突然に。
 あ、ここ俺のいた世界じゃない、という意識が芽生えて。
 そしてどわっと、記憶が流れ込んできた。
 なんでそんなことになったのかは、よくわからないんだけど。
 ぐわんぐわん頭の中が揺らされて、それが引いていくと、俺は俺なんだけど。
 俺としてここにある前に見て、感じたものがあった。
 違う世界。
 日本ってとこで、家族四人で暮らしてて。
 それで、俺は――多分、死んだんだと思う。
  なんで死んだのかは、よくわかんねーんだけど。
 でもすごく痛くて、しんどくて、つらい記憶がうっすらとある。
 学校、そう。高校通って友達と馬鹿してる。そんな記憶はあるけどその先がない。
 10代で死ぬとか、親不孝だなぁと感傷に浸ったりもするけど、でももうどうこうできる問題でもない。
 そんな俺の、前世の名前は。
 名前は、何だっただろう。
 顔とかは思い出せるけど名前は思い出せない。
 そのだけすぽっと抜けてる、ような。
 それはきっと、名前に、過去にとらわれるなって事なんだと思う。
 俺の名前は、そう。
 イライアス。イライアスだ。
 今の俺の名前は、イライアス。
 それでだ。
 本題はここから。
 どわっと記憶が流れてから、俺の思考の段階はあがったというか。
 5歳にしてはお利口さんすぎるレベルで。
 大人の話聞いてると魔術やらなにやら聞こえてくる。
 俺の母さんは、こういう魔術使えたら便利よねーと零し、父さんがそれを形にしてる、ような?
 詳しくはわからないけど。でも母さんの色々な想像……いや妄想だな。
 それを形にするのを父さんは楽しんでやってるように見える。
 それから、父さんは公爵らしい。とりあえず、えらいのはわかる。
 公爵の仕事ってなにしてんの? とは思う。時々書類みてたり、出かけたりしてるのは知ってる。なんとなく、民のために色々してるのもわかる。
 仕事にかかりきりで休めないなんてことはないみたいで、俺の相手もしてくれるしほどほどに余裕があるんだと思う。
 で、日々観察をして。
 なんとなく、魔術は想像力みたいなもんでどうにかなるんじゃね? って思った。
 思ったから、実行!!
 ファイヤー! とかで炎が出て火事になったらやばいので無し。
 水と風もな。土は地味だしなー。
 あ、じゃあフライ、飛ぶ。空を飛ぶならどうだろ。飛んでる人とか見たことねーし。
 まぁ落ちても俺が痛いだけか。
 空を飛ぶ、空を飛ぶ。イメージを固めていく。
 おれはとべる、あいきゃんふらい!!
 そう念じているとふよっと身体が浮くような感覚。
「これは……いけそうな気がする」
 よし、と気合をいれて。
 もっと高く、高くとイメージする。
 するとふよっと浮いた身体がふよよっとさらに高く。
「おっ? 簡単!」
 バランスをとって、空中でぴたっと止まる。
 やった。飛べた。いやまだだ。これでは浮いただけにすぎない!!
 そのまま高度あげて宙返り。
 簡単簡単! 楽勝! なんだこれ、めっちゃ楽しい!!
「わー! 俺天才じゃん! ちーとちーと!」
 しばし楽しい空中散歩、なんてやってた俺はまったく気づいてなかった。
 母さんと父さんに見られていたことなんて。




「イラ」
「なに?」
「お母さんと大事な話を、ちょっとしましょ?」
「え、うん」
 母さんが差し出した手。手繋ぐんだなと思って握れば、にこっと笑って。
 笑って――ふわっと、浮いた。
「!?」
 え、ちょ、え!?
 飛べんのかよ! えええええ!!!
 まじで、は!? 俺だけじゃない!?
 母さん見上げるとふふふと意味ありげに笑っている。
 な、なんだあの笑顔こわい。
 そして、俺はそのまま屋根の上に連れてあがられた。
「面倒な話は色々と抜いて」
「う、うん」
 何を言われるのか。俺はどきどきしている。鼓動が早い。
 母さんを見上げていると、腰に手をあて、胸を張り。
「私は転生令嬢なのです! あ、もう令嬢じゃないか……夫人? うん、転生夫人なのです!」
「は? え?」
「あなたもでしょ?」
 突然の言葉。
 噛み砕くには少し、時間がかかった。
 けど、ここまで堂々と言われると、否定しても今更かなと俺は思う。
 俺は瞬いて、ちょっと、気恥ずかしいような。困ったなぁという面持ちでそうと頷いた。
「あー、やっぱりね! そうじゃないと五歳で飛んだりしてるのあきらかに、おかしいから。基本的にね、まず、飛ぼうなんて考えないのよ」
「うん?」
「飛ぼうって考えるのは、まず異質なのよ。この世界は飛べないのが当たり前なんだから」
 私も変な目で見られたし、と母さんはその日を思い出しているようだ。
 飛ばなくても母さん、変人だと思うけど。
 その思い出しから戻ってきた母さんは、そもそも日ごろからそうだろうなぁと思っていた。決定打は飛んだことと言う。
 母さんは俺の隣に座って、記憶はしっかりあるの? と尋ねてきた。
 俺は、そんなにはっきりしていないし、名前ももうわからないと素直に答える。
 すると母さんも似たようなものねと笑って。
 でもね! と言う。
「でも、美味しいものとかの記憶は鮮明なのよね! 白米とか! みそとか! まぁ和食なんだけど!」
「あ、そうなんだ」
「そう! この世界にもあるのよ。まだちょっと早いかなと思ってイラには出さずに私だけこっそり食べてたんだけど」
「え、ずるい」
「そうよね。じゃあ今日は和食食べましょ!」
 和食。
 和食!!
 あ、それは。それは心躍る響き!!
 その気持ちが顔に、出てたんだと思う。母さんは楽しみにしててねと笑って、それでと話を切り替えた。
「……私の事、お母さんだと思える?」
「え?」
「だって、薄らとでも前世の記憶、あるんでしょ? そうだと変な感じとかない? 私にとっては……イラは大切な子だし……」
「それは……ない、かな。母さんは、母さんだよ。父さんも」
 そう言うと、良かったと母さんは笑みを零し安心したとほっとしていた。それは表情を見ていればわかる。
 母さんは母さん。それは本当に、そう思う。
「話、終わった?」
「あ、テオ。終わったわ」
「そう」
 そこへ、父さんもふよっと飛んで現れて。
 えっ、なに。当たり前みたいに飛んでるわけなんだけど。
 瞬いていると、父さんはお前だけじゃないよと言う。
 えっ、もしかして飛べるのは我が家で当たり前みたいな? そういうやつ?
 どういうこと、と父さんと母さんの二人の間を視線がいったりきたり。
 母さんは、魔術は想像力によりけりだから、なんでもできるのよと言う。
 な、なんだそれ!
「ああ、そうそう。チートチートって言ってたけど、別にそういうこともないから。他の人からみたらそうかもしれないけど、我が家では当たり前」
「うん、当たり前だね。イラは……魔術の扱いが下手そうだし」
「えっ、俺が下手!?」
 魔力に無駄がありすぎる、と父さんは言う。俺より長く生きてる二人からしたら俺は拙いものだと思う。
 けど、頑張ればさ!
「あ、下手ね。確かに。じゃあ、私が魔術の扱いを教えてあげるわ」
「!」
「レティが? えっ、不安……でも、俺もつきっきりは無理だし……大丈夫かなぁ」
「大丈夫大丈夫!」
「……程々にね……」
 教えてもらえるのは、俺にとってありがたいことだと思う。
 俺は素直に、よろしくお願いしますと母さんに頭を下げた。
 この時、俺はまだ知らない。
 母さんがスパルタであることを。
 そして父さんがそれよりもっと、スパルタであることを。
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