転生息子は残念系

ナギ

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己を自覚する5歳(2)

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 転生! 魔法かっこいい!! チートじゃねェの!?
 そう、思っていた頃もあった。
 ありました。そうありましたよ。ほんの数日前のことだけど!
 今は盛大な勘違いでしたと言える。
 なぜならば!
「ほらほら、もっとやれるでしょ?」
「無理! もう無理だって!」
「えー?」
 楽しげに笑っているのは俺を生んだ母だ。
 名前をレティーツィアという、転生者。元の世界は、多分俺がいた世界と一緒だ。似たようなとこ、かもしれないけど。
 魔法が扱えることに気付いて。それがばれて、教えてあげると言われた俺はどんな勉強だってさっとぱぱっと乗り越えてやるぜ! と調子に乗っていた。
 はい、ほんと調子こいてましたすみませんでした。
 ほんと馬鹿じゃないかなって思う程調子に! 乗ってた!
 でも上には上がいるもので。
 それが母さんと父さんだった。多分他にもいる。
「も、もう無理……無理ですおかーさま」
 ぜぇぜぇと息つきながら俺はへたり込む。
 というのも訓練がきつくてきつくて。
 なんだこの魔術マラソンって!
 魔素を可視化して形を作りしりとりをしていく。最初のうちはふんふん鼻歌歌いながらできた。
 できたわ! できたさ!! 楽しかったよ! ちょろいちょろいって思ってたよ!!
 子供の遊びかよーみたいな気持ちだった!
 けど、続けるにしたがってしんどくなっていく。かたどるのは10秒以内、あやふやならアウト、とか。
 そしてアウトになるとその場で腕立て30回を命じられる。
 スパルタ! 超絶スパルタ!
 腕立てを五歳の子供にさせるもんじゃない!! そう言ってわめいたら、じゃあうさぎ跳びねと変えられたんだけど。
 それもそれでキツイ!! キツイ!!
 そしてぜぇはぁ言ってるところで、じゃあ今度はーと新たなお代を渡されふたたびの一人しりとり。
 集中力なんか切れてるからうまくできるはずもない。
「ま、これを繰り返していけば魔術の扱いも上手になると思うわ」
 そう言って、ところでと母さんは微笑む。私は最初から上手にできたけど、とか言うけど。
 本当か、それーと思う。母さんおおざっぱじゃん。
「心は折れた? チートじゃないって」
「あっ、はい」
 それはもうとっくの昔に。
 母さんのする魔術マラソンみてたらすぐわかった。チートっていうのはアレの事を言うんだと思う。
 はいはいはい、と一秒で全部綺麗に形を変えていく。それが何を象ったのか――センスもあると思うけどなかなか大変。
 あと躊躇って漢字で書いてみたり。なんでその字かけるんだよ、まずと思ったけどめっちゃ綺麗で。
 俺にはアレできないなと思ったんだ。まず躊躇がかけないけど。
 簡単な、例えば土とかでも俺は上手に作れなかった。ぴっと細い線を固定するのができなかったんだ。
 俺は普通。可もなく不可もなくなんだなぁと。
 チートだなんて思い上がりはしません!
 地道に努力を重ねます!
 努力することで多少、マシになるのはこの数日でわかったし。
 母さんは俺の返事に満足して、よかったと笑う。
「ならよし。この世界ね、別に冒険云々とかもないし……いや、未開の地を探索しに行くとかなら別だけど」
「あ、そういうのはちょっと……」
「そう。と、なると……もうこの公爵家をつぐか、魔術で何か大きなことして何もしなくてもいい感じになっちゃうかくらいなのよねー。お城で魔術師するのもいいけど」
 何それ、と思いつつ。好きにしたらいいわと母さんは言う。
 あなたには選択肢がたくさんあるのよって。
「けど、公爵家継ぐならテオにびしばしやられるから……頑張って」
「え? 別に父さん、厳しくないし」
「テオはとっても厳しいわよ。まだそういう時期じゃないってだけね」
 なにそれこわい。
 俺はまだ五歳だというのに、これからの人生設計をしていかなきゃいけないようだ。
 中身は五歳じゃないけど。でも今からかよ! みたいな気持ちはある。
「ま、色々な経験してからでもいいと思うけど。ひとまず! 空飛ぶのはそんなに簡単にできないからんまりしちゃだめよ。ああ、でも」
「でも?」
「好きな子の為ならしていいわよ。お空デート楽しいから」
「……息子に、のろけられても……」
 俺は知ってる。というか、知った。思わず深いため息が零れる。
 時々、夜に二人で屋根に上がったり空飛んだりしてることを。夜更かししてベッドの中で魔術マラソンをしてたら外が騒がしくて、そっと見たら二人でデートをしていたのだ。
 俺より高い所にあがって、そこで楽しそうにしてて仲の良い夫婦だなぁと息子ながらに思うのだ。
「あ、今の何。なんか変ないきものだったじゃない。アウト!」
「あー!」
 と、俺の手元がぶれて。ネコ作ったつもりが謎の生き物だった。自分でもわかってた。
 スルーしてくれるかなって思ったけどしてくれないのが我が母上よ。
 紅茶飲みながら、何か読んでるのにこっち見てるわけで!
 俺は芝生の上に倒れてごろごろ転がった。その様子を母さんは楽しそうに見ている。
 と、寝転がって低い視線の端に誰かの足が見えた。
 というか父さんの足だ。
「レティ」
 名前を呼んで手招きしてる。何かあったのかなーと思うけど、そこは大人の領分。
 俺が顔ツッコむとこじゃないだろう。
「あ、テオが呼んでる。いい? あんまり無茶しちゃだめよ!」
 ほーいと芝生の上で転がったまま、俺は返事する。
 父さんの所に嬉しそうに走って行って。父さんは父さんで、また幸せそうに笑って受け止める。
 あれバカップルって言うんだよなぁと俺はぼんやり思っていた。
「……魔術マラソンしよ」
 地道な努力大事。



 それから、数日後。
 なんか私、二人目がおなかにいるかもー。お兄ちゃんになるねーと母さんがきゃっきゃとはしゃいで。
 そうなると、俺に魔術を教えるのはちょっとなーと言いだし。じゃあ俺が相手してあげると父さんが言って。
「魔術もそうだけどね。やっぱりそれを扱うには体も必要だと俺は思うんだよ。それから、何があるかもわからないし……ちょっと早いけど、剣の扱いとか体術も教えてあげようと思うんだけど、やれる?」
 剣!
 やる! やれる!
 ファンタジーな響きに俺はときめいた。魔法つかえて剣とか。
 魔法剣士!!
 やる、教えて! と父さんに俺は願った。父さんはそっかとにっこり、優しく笑ったのだ。
 うん。笑った。
 そして――俺は今、家の敷地マラソンを魔術マラソンしながら走ってる。
 えっ、なんだよこれ、なんだよこれ普通に無理!
 できるできる、とにこにこ隣を、俺に合わせて走ってる父さんは、自分の傍で魔力の、その魔術マラソン浮かせたままでやってるわけで。
 いや、俺ね! 俺はね!
 指先から魔術這わせてでしかできないんだけど!
 母さんだってそうだったのに、父さんはそれがない。どういうこと!
 手から離れた魔力とか、扱いにくいに決まってるのに!!
 もしかして母さんより父さんのほうが、と俺は思ったわけだ。
「イラ、今は難しくても慣れだよ。それから、走るスピード落ちてる」
 ほら、とスピードあげさせられた。ど、どきちく!!
「玄関あたりまで戻ったら、もう今日はやめておこうか。走るのは」
 やめておこうか、の声にほっとしたものの。
 その後に走るのはと続く。
 え、つまり走るのはあと家の敷地半分くらい走って。
 それから、その後なにかやるわけだ? やるんだよな? やるんですよね、おとーさま?
 不安げに見上げると、またにっこりと微笑まれた。
 えっ、俺大丈夫かな。大丈夫なのかな。
「この後は剣を教えてあげるから」
 不安が募る面持ちだったはずだ。俺はそろっと父さんを見上げたのに、返ってきた言葉はそれ!
 あ、容赦なくやられる。
 本当のスパルタはこっちだった。倒れない程度に上手に俺を動かしつつ、そしてしごく。
 遠慮なく、倒れる間際まで。
 そしてちょっと休憩させて、ふぁーと一息つけたかと思ったら再び叩き落とす。
 なんでこんなに、その配分が上手なのか。
 ああ、父さんならあの母さんを御せる……と、しみじみ思った。
 現実逃避。
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