皇子の憂鬱

ナギ

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2:憂鬱の本当の始まり

オウジとオウサマ

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 いつの間にか、待っていたら眠ってしまっていたらしい。
「ふおっ」
「あ、起きた? おはよう、ララトア」
「おはよ、ございま……ふぁっ!?」
 えっ。
 えっ!?
 ちょっ、ベスティアのキレーな顔がある。
 俺はそれを見上げていて……楽しそうだな、この人。
 さわさわと頭を撫でられている感覚に、んん!? とも思う。
 そう、俺は膝枕をされている。なぜ。
 いやなんか寝たのはわかるが……すぐ起こせばいいのに。
 そしてこの態勢のままだ。起き上がって、いいかな。起きあがろう。
「ふふ、ここに来たら返事はないから何かあったのかと勝手に入らせてもらったんだ。ごめんね」
「????」
 何言ってんだ、この人。昨日も勝手に入ってたじゃん。
 ごめんね言うなら昨日もごめんねでは、とは思うがつっこむのもな。
 俺は起き上がって、膝をありがとうございましたと礼を言う。
 そしてそっぽを向く。
 どういたしまして、と言いながらベスティアが向ける視線。それから、逃げたい。
 楽しそうな視線だなと思う。俺は居心地が悪いけど。
 そんな気持ちを感じてか。ベスティアは行こうかと俺を促す。
 ベスティアも、今日は町に出れる感じの服装なんだと思う。王様特有の華美さがない。
 偉そうな感じというか……そう、城の中では真っ白なシャツを着るんだ。
 でも真っ白じゃない。生成りでちょっとぼろっとしているような。町に馴染む格好をしている。
「街に出るための近道を使うから」
「近道?」
「そう、近道。じゃあ、はい」
「?」
 手を差し出された。
 なに、なんだこれ。ぱちんて叩けばいいのか?
 そう思って俺は、ぺちんと叩いて、これでいい? というようにベスティアを見る。
 いや、わかってるんだ。
 本当は、わかってるんだ。この手が何を意味しているか。その逃避をしてしまう。
「違うよ。迷子になるから、手を繋いでいこう」
 ですよね!
 ベスティアが笑い零す。ララトアは本当に面白いねと言って。
「ちゃんとついていくから手は繋がなくても……」
「うーん、何があるかわからないからね」
 だから、手を繋いでほしいとベスティアは俺の手をとった。
「ほら、地下に行った時も手を繋いだのと同じ」
 そうかなるほどー。と、ここで頷くほど俺は素直でもバカでもない。
 理由をつけて言いくるめられている? と思いながら仕方なく、しぶしぶとわかったと俺は頷いた。
 ベスティアは、外に出るまでだからと俺に言う。
「ずっと繋いでいたいけどね、僕は」
「外に出るまで、だから」
 残念、と言いながらこっちとベスティアは歩む。俺はその手に引っ張られるままについていくのだ。
 そして、足を止めたのは壁だった。
「内緒だよ」
 そういってベスティアがそっと壁に触れると――ずずず、と鈍い音を立ててそれが動いた。
「!?」
「さぁいこうか」
 その先には通路がある。えっ、ちょっ、なんだこれ!?
 あっ、いきなり部屋に現れたりしてたのは、もしかしてここから!?
「こういうの、他にもある?」
「あるね。僕しか使えないから侵入されることはないよ」
「ベスティアしか……ということは、王様特権、みたいな?」
「そうだね。猛き『獅子の国』の王は、この城……遺跡の管理人でもあるからね」
 任されているんだ、とベスティアは言う。『かみさま』からこの遺跡が静かに眠っていられるように番を任されている。そういう感じだよと教えてくれた。
 その声色がなんだかふわっとしていて違和感を感じもする。
 遺跡の管理人みたいなもの、ってことは何処に何があるのか全部わかるってことかな。
 それ全て覚えてるってことか?
 ……すごい記憶力だな。
 それはそうとして、この通路、綺麗に整えられているなぁ。
 人の手が入っている? 何時つくられたものなんだろう。そういうところも知りたいと、俺の知識欲はうずく。
 俺の歩みが遅くなりつつ、きょろきょろしているのを肩越しに見てベスティアはゆっくり見せてあげたいけどねと先を促す。
 また連れてきてあげるからと言われて渋々歩む。その通路も、少しずつ様変わりして、ごつごつとした岩肌になり光が見えた。
「もうすぐ外だよ」
「どのあたりに出るんです?」
「街を見渡せる場所かな。城の近くにある公園に出る」
「へー。というか、ベスティア、さぁ……」
 うん? と笑って俺を見る。続きをどうぞというように。
「これから、街にでるなら、変装とか……王様だけなん、だよな?」
 その髪色と、瞳の色は。
 それを指摘するとそうだねとベスティアは頷いて、大丈夫大丈夫とただ笑った。
 いやいや、王様が突然街中に現れたら皆びっくりだろ!? しないのか!?
「えっ、街に出るってお忍びとかじゃないん、だ?」
「僕はよくこのまま街に出ているけど」
「……それ注目されまくりでは……」
「そうだね、とても目立ちはするかな。民がいろいろな話をしにきてくれるよ」
 ええー、それめちゃくちゃ人が集まるやつでは。
 そして俺は、王様の横にいるのは誰だってなるやつ……。嘆きの『花鳥の国』では、確かに俺も町にでてた。
 俺たちは皇子だってばれないように工夫してたけど皆知ってたんだよな。
 でも、そういうのとは違う。そう思う。
「遊びに出るのに大注目されるのは問題があると思う……」
「ふふ。わかってるよ、このままいくつもりはないよ」
 と、笑い零した。この髪は隠していくと、腰のあたりに引っかけていた布を見せる。
 外に出たらこれを巻くと言って、ほら外だと一歩踏み出した。
 その瞬間、日の光が俺を歓迎する。眩しい。そして緑の匂いがふわと、心地よい。
「わ、すご……」
「これが僕が引き継いで守っている国だよ」
 賑やかなのがわかる。
 通路から出たそこは、岩場でもあるのだけれど、蔦草絡んで出入り口を見えないようにしていた。
 そして降りていく階段があるのだけれど、それを降りるよりさきに町が目に飛び込んでくる。
 岩場を利用して作られた町だ。あの辺が市場かな、あの辺が大きな通りかなってすぐわかる。
 緑も所々見えるけど、俺の国みたいにいっぱいじゃないのは気候とかもあるんだろう。
 この国のほうが暑いし風が乾いてると思う。
 俺が町を眺めている間に、いつの間にか繋いでいた手はほどかれていて、ベスティアは頭を布で巻いて髪を綺麗に隠していた。
 少し深めに布を巻いて――あ、れ。
「……あっ」
「ララトア?」
 俺の間抜けな声にベスティアは首傾げる。
 変な声が出てしまったのは、思わずだった。記憶の端に引っかかっていたものを見つけて釣り上げていくような感覚。
「……あとでいう。今日は一緒に遊ぶっていったから、その後で言う」
「?」
 ぱちりとベスティアが瞬いた。そして緩やかに、嬉しそうに笑みをかたどっていく。
「うん、待ってる」
 ああ、きっと。
 ベスティアは全部わかって――やっているんだ。
 ううん、違うか。俺にいっぱいヒントをくれているんだろう。嘗てあったことあるよとその時と同じ姿をしてくれたんだから。
 だってその、布巻いた姿――記憶の中にある。
 ヒースさんも、いないけどいたっていってた。だからやっぱりあのアレスって人はベスティアなんだと思う。
 あの時、俺と出会って。俺を助けて、俺の為に■を■して、俺の涙を拭いて。
 そして俺はあの時――いや、いや。あとにしよう。今それを考えちゃいけない。まだ、だめ。
 今ここで、俺が思い出したこと全部言ってしまったらこのあとの時間は無しだ。
 俺はその時間を無しにはしたくなくて、話すのを後に伸ばした。ベスティアもきっと、同じなんだと思う。
 理解したら、世界が全部変わってしまう。でもまだ言葉にしてないから変わっていない。
 変わったのは俺の見方だけ。すべてがくすぐったくなってしまう。
 行こうかって笑うベスティアが眩しすぎて、心臓が早鐘を打つ。ドキドキする。死にそう。
 なるほど。わかる。これか。これなんだなぁ。
 うたいたい。全部つながってしまったら、うたいたくなった。
 忘れてふたをしていたのに、それを思い出して解き放ってしまったような感覚だ。
 俺はうたわないほうがいいのに、うたいたい。ベスティアの為にうたいたいなぁと思う。
 ……歌の練習をしよう。ユユトラもいるから、協力してくれるはず。
 それは俺にとって憂鬱で、とても力のいることなのだけれど。
 歌いたくなるってこういうことかと知る。貴方のために何かしたいって、ことだ。
 それが俺には『うたいたい』なんだと思う。俺もやっぱり嘆きの『花鳥の国』の、その血筋だったってことだ。
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