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1章 貴族の養子
4.ルーカスのお家
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移動手段のないエヴァは、ルーカスの黒馬、魔獣スレイプニル---マルガレーテに同乗させてもらった。
マルガレーテに乗る前に話しかけてみたのだが、思考がひどくぼんやりとしており、エヴァは少し心配になった。うっすら笑ってくれたので、嫌われているのではないと思う。
出発するまですっかり忘れていたが、小リスのラタは、エヴァのつなぎのポケットで寝ていた。
仕方ないのでこのまま連れていくことにした。
「そういえばエディはいくつなんだ?10歳くらいか?」
マルガレーテの上で、エヴァを後ろから支えながら、ルーカスが話しかけてくる。
「9歳。ルーカスは?」
「俺か?俺は15歳だ」
「ルーカスは何しにここへ来たの?」
「王族の警護だ。王族は年に一度虹の橋を渡って、神族のおわす土地に参拝するんだ。こうして魔獣の出る森を通るから、騎士団が警護につく。これから行くのは俺の家なんだが、そこを王族の滞在場所として貸し出している」
知らない単語がたくさん出てきてエディは混乱する。相槌も打てず首をかしげる。
「あぁ、家といっても別邸で、エディは王族と顔を合わすことはないぞ。ってことで、ウルリク副団長、俺一度本邸に寄ってから警備に復帰してもいいですか?」
明るく話しかけたルーカスに、ウルリクは呆れたように返す。
「…たく。勝手な行動ばかりして。…もう連れてきてしまったんだから仕方ないだろう」
副団長はじろりとエヴァを睨む。なぜ睨まれるのかわからず、エヴァは首をかしげる。
「私は先に戻って団長に報告しておく。この勝手は始末書覚悟しておけよ」
「えー。俺まだ、素振り1000回とかの方がいいんすけど…」
「お前が望むものなら罰にならんだろうが」
途中で、副団長のウルリクと別れ、ルーカスに連れてこられたのは、立派な建物だった。
「…神殿より大きい」
ポカンと口を開けて見上げるエヴァを笑いながら、ルーカスは、黒馬を門番にあずける。
家の中はさらにすごかった。入ってすぐのホールは吹き抜けで天井は丸くドーム型になっている。正面には階段があり、階段の両脇にはエヴァの身長位もありそうな花瓶いっぱいに花が活けてある。
床に敷かれた絨毯もふかふかで複雑な模様が刺繍してある。壁にはたくさんの絵画が飾られている。
ため息をつきながらエヴァは尋ねた。
「ルーカスって何者?」
「はは、今更か?公爵家のしがない次男坊さ!」
ルーカスは、黒いお仕着せを着たひょろりとした白髪の男性を呼び止めた。
「ダン!すまない、ちょっとこいつの身なりを整えるよう手配してくれるか。服はラーシュのもう着れない服があったろ」
「この方は?」
「エディ。孤児だ。ちょっと森で拾った。親父に会わせて判断を仰ぎたいことがあるんだ」
ダンは、畏まりました、と頭を下げた後、エヴァについてくるように言う。
「エディ、ダンはうちの執事長だ。じゃぁ、またあとでな」
ダンは途中で女性と何か話した後、エヴァを勝手口のようなところから外に出し、小さな椅子に座らせた。
「さて、まずはこの頭から何とかしましょうか」
無言で髪をきれいに整えた後、浴場に連れていかれる。
そこには服が置いてあって、なるほど先ほどの女性にはこの準備を頼んだのだな、とエヴァはぼんやり考える。
「手伝いが必要ですかな?」
ダンの言葉に首を振る。ダンは一つ頷くと、また迎えに来るので終わったらここで待っているように言って去っていった。
「ラタも一緒に入る?」
チチチッと笑いながら胸ポケットから小リスが出てきて肩に乗った。
浴場も見事だった。白くてつるっとした石造りの浴槽にはたっぷりと湯が張られ、いい匂いのする花が浮かべてあった。
神殿にもエヴァが入るように風呂が用意されていたが、その何倍もの広さがある。体をきれいに洗って湯船につかる。ラタには洗面桶に湯を張ってやった。
一人で風呂に入るのは初めてのことだった。解放感に溜め息が出る。
エヴァはヴァン教の総本山である、神殿に住んでいた。
母親も、そのまた母も、神殿で産まれ、司祭様と結婚し子を成した。
このままいけば、エヴァもそうなるはずだった。
エヴァの濃紺の髪は父に似て、虹色の瞳は母譲り。
エヴァの母方の血をひく者は、虹色の瞳を持つ女児を一人産むという。もうずっと昔からそうらしい。
産まれた、虹色の瞳を持った娘は、神の遣いである虹の姫巫女として、最高司祭の花嫁になるべく、神殿で大切に育てられる。そして最高司祭と結婚し、また、虹色の瞳を持つ女児を産む。
エヴァの母は、エヴァを産む際の産褥の熱が原因で亡くなった。父は、神の遣いを死なせてしまったとして、死を迫られ、自死したらしい。
両親を亡くしたエヴァには、下町からの手伝いの女達がつけられ、何不自由なく育てられた。しかし、外に出さないよう閉じ込められ、与えられる情報は制限された。エヴァはずっと孤独だった。神殿の司祭達からは敬われても、異質な瞳を持ったエヴァは、下町の女達からは遠巻きにされた。
そのいびつな環境に少し疲れていた。
ここでのエヴァは神の遣いではない。ただの一人の孤児なのだ。
エヴァは風呂の中で大きく伸びをした。
「ラタ、気持ちいいねぇ」
洗面桶で入浴していた小リスはチチチッと笑った。
マルガレーテに乗る前に話しかけてみたのだが、思考がひどくぼんやりとしており、エヴァは少し心配になった。うっすら笑ってくれたので、嫌われているのではないと思う。
出発するまですっかり忘れていたが、小リスのラタは、エヴァのつなぎのポケットで寝ていた。
仕方ないのでこのまま連れていくことにした。
「そういえばエディはいくつなんだ?10歳くらいか?」
マルガレーテの上で、エヴァを後ろから支えながら、ルーカスが話しかけてくる。
「9歳。ルーカスは?」
「俺か?俺は15歳だ」
「ルーカスは何しにここへ来たの?」
「王族の警護だ。王族は年に一度虹の橋を渡って、神族のおわす土地に参拝するんだ。こうして魔獣の出る森を通るから、騎士団が警護につく。これから行くのは俺の家なんだが、そこを王族の滞在場所として貸し出している」
知らない単語がたくさん出てきてエディは混乱する。相槌も打てず首をかしげる。
「あぁ、家といっても別邸で、エディは王族と顔を合わすことはないぞ。ってことで、ウルリク副団長、俺一度本邸に寄ってから警備に復帰してもいいですか?」
明るく話しかけたルーカスに、ウルリクは呆れたように返す。
「…たく。勝手な行動ばかりして。…もう連れてきてしまったんだから仕方ないだろう」
副団長はじろりとエヴァを睨む。なぜ睨まれるのかわからず、エヴァは首をかしげる。
「私は先に戻って団長に報告しておく。この勝手は始末書覚悟しておけよ」
「えー。俺まだ、素振り1000回とかの方がいいんすけど…」
「お前が望むものなら罰にならんだろうが」
途中で、副団長のウルリクと別れ、ルーカスに連れてこられたのは、立派な建物だった。
「…神殿より大きい」
ポカンと口を開けて見上げるエヴァを笑いながら、ルーカスは、黒馬を門番にあずける。
家の中はさらにすごかった。入ってすぐのホールは吹き抜けで天井は丸くドーム型になっている。正面には階段があり、階段の両脇にはエヴァの身長位もありそうな花瓶いっぱいに花が活けてある。
床に敷かれた絨毯もふかふかで複雑な模様が刺繍してある。壁にはたくさんの絵画が飾られている。
ため息をつきながらエヴァは尋ねた。
「ルーカスって何者?」
「はは、今更か?公爵家のしがない次男坊さ!」
ルーカスは、黒いお仕着せを着たひょろりとした白髪の男性を呼び止めた。
「ダン!すまない、ちょっとこいつの身なりを整えるよう手配してくれるか。服はラーシュのもう着れない服があったろ」
「この方は?」
「エディ。孤児だ。ちょっと森で拾った。親父に会わせて判断を仰ぎたいことがあるんだ」
ダンは、畏まりました、と頭を下げた後、エヴァについてくるように言う。
「エディ、ダンはうちの執事長だ。じゃぁ、またあとでな」
ダンは途中で女性と何か話した後、エヴァを勝手口のようなところから外に出し、小さな椅子に座らせた。
「さて、まずはこの頭から何とかしましょうか」
無言で髪をきれいに整えた後、浴場に連れていかれる。
そこには服が置いてあって、なるほど先ほどの女性にはこの準備を頼んだのだな、とエヴァはぼんやり考える。
「手伝いが必要ですかな?」
ダンの言葉に首を振る。ダンは一つ頷くと、また迎えに来るので終わったらここで待っているように言って去っていった。
「ラタも一緒に入る?」
チチチッと笑いながら胸ポケットから小リスが出てきて肩に乗った。
浴場も見事だった。白くてつるっとした石造りの浴槽にはたっぷりと湯が張られ、いい匂いのする花が浮かべてあった。
神殿にもエヴァが入るように風呂が用意されていたが、その何倍もの広さがある。体をきれいに洗って湯船につかる。ラタには洗面桶に湯を張ってやった。
一人で風呂に入るのは初めてのことだった。解放感に溜め息が出る。
エヴァはヴァン教の総本山である、神殿に住んでいた。
母親も、そのまた母も、神殿で産まれ、司祭様と結婚し子を成した。
このままいけば、エヴァもそうなるはずだった。
エヴァの濃紺の髪は父に似て、虹色の瞳は母譲り。
エヴァの母方の血をひく者は、虹色の瞳を持つ女児を一人産むという。もうずっと昔からそうらしい。
産まれた、虹色の瞳を持った娘は、神の遣いである虹の姫巫女として、最高司祭の花嫁になるべく、神殿で大切に育てられる。そして最高司祭と結婚し、また、虹色の瞳を持つ女児を産む。
エヴァの母は、エヴァを産む際の産褥の熱が原因で亡くなった。父は、神の遣いを死なせてしまったとして、死を迫られ、自死したらしい。
両親を亡くしたエヴァには、下町からの手伝いの女達がつけられ、何不自由なく育てられた。しかし、外に出さないよう閉じ込められ、与えられる情報は制限された。エヴァはずっと孤独だった。神殿の司祭達からは敬われても、異質な瞳を持ったエヴァは、下町の女達からは遠巻きにされた。
そのいびつな環境に少し疲れていた。
ここでのエヴァは神の遣いではない。ただの一人の孤児なのだ。
エヴァは風呂の中で大きく伸びをした。
「ラタ、気持ちいいねぇ」
洗面桶で入浴していた小リスはチチチッと笑った。
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