守護者の乙女

胡暖

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1章 貴族の養子

19.アンナリーナとの取引

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 メイドから、ふわふわのタオルを手渡され、それで肩の水をぬぐいながらエヴァは尋ねる。

「それで、僕に何のご用?」

 メイドはにっこり笑って深々と頭を下げた。

「先ほどは本当に申し訳ございませんでした。我が主の命にて、こっそりご案内させていただきました」
「主……?」

 エヴァが首をかしげると、後方から声がした。

「わたくしよ」

 振り返ると、部屋の入り口に今回のお茶会の主催者、アンナリーナ王女が立っていた。

「王女様?」

 エヴァはポカンと、アンナリーナを見つめる。こてんと首を傾げ「なんで?」とつぶやく。

「なんで?……ですって?」

 アンナリーナは、エヴァを真似て首をかしげたあと、扇をパシッと閉じて、パンパンと手に打ち付けながらツカツカと近づいてくる。

「それはこちらのセリフですわ!?」

 エヴァの前まで来ると、ぱっと扇を広げ口元を隠しながらぐっとエヴァに顔を近づける。

「………あなた、なんで男の子の格好をしてますの?」
「え、なんでわかったの?」

 エヴァは思わず普通に返してしまう。敬語が取れてしまったことに気づき「やべっ」と口を手で押さえた。
 くわっと目を見開いてアンナリーナは言う。

「逆になんで気づかれないと思いますの!?髪の短い少女が男装しているようにしか見えなくてよ!」

 その剣幕けんまくにエヴァは思わず吹き出す。

「あ、ごめん。あ、うーん。えっと、普段通りに話しても良いですか?」
「許します」

 アンナリーナは神妙しんみょうな顔で頷く。
 エヴァは、自分の髪に触れながら困ったように笑う。

「えっと、最初からだまそうと思ってやったことではなかったんだけど……。でも、髪を切ったら、みんな面白いように勘違かんちがいしてくれたんだ。この二か月ちょっとかな。ばれたのは今が初めてだよ。さっき陛下にご挨拶したけど気づかれなかったし」
「何てこと!公爵家の策略さくりゃくで男装をしているのかと思ってみれば……お飾りの目でもつけているのかしら?」
「王女様が鋭いんだよ」
「そんなはずないわ。だから、このままだとばれるのも時間の問題よ」

 びしっと閉じた扇でエヴァを指す。

「そうかなぁ」

 エヴァはこてんと首をかしげる。ずいっとアンナリーナはエヴァに顔を近づける。

「ばれたらどうするおつもり?」
「……どうしようかなぁ、公爵家にはいられないよねぇ」

 アンナリーナは、閉じた扇でぱしぱし手のひらを叩きながら大きくため息を吐く。

「あなたねぇ、そんなのんきでどうするの!よくって?あなたは、公爵家だけではなく、王をたばかる大罪を犯しているのよ?自覚なさい。加えて、野生の魔獣を使役するあなたは現状、とーーーっても危険人物として目をつけられているわ」
「えぇ?」

 エヴァは目を見開く。そんな大ごととはつゆほども考えていなかった。

「このまま、もしばれたら、良くて魔道具で意志を奪われ、良いように扱われる奴隷どれい扱い。悪ければ……処刑よ」
「えぇぇ……どうしよう?」

 しょぼんとして、上目遣いでアンナリーナを見上げる。

「全く……わたくしが今日気づいてよかったわね。わたくしがあなたが女だとばれないように手助けをします」

 アンナリーナの言葉に、ぱぁっとエヴァの目が輝く。
 そこでアンナリーナは一つコホンと咳払せきばらいをする。

「……タダとは言いませんわ。わたくしがあなたを手助けする代わりに、あなたはわたくしの言うことを何でも聞きなさい」
「わかった。よろしくね、王女様」

 エヴァはにっこり笑う。アンナリーナははぁ、とため息を吐
 いて「本当にわかっているのかしらね」とつぶやいた。
 そして気を取り直すように姿勢を正し、ずっと後ろに控えていたメイドに目配せする。
 すっと、メイドが前に出る。

「ベルタよ。もともとわたくしの乳母で今は侍女としてついてくれているの。何かあれば彼女を頼りなさい。……そう言えばあなた、服どうしているの?」
「ラーシュ……兄上のお下がりを着ているよ」

 アンナリーナは、はぁ、とため息を吐く。

「それはどう考えても、仕立て屋を呼ぶ前の一時的な処置でしょう?二か月そこそこで見つけられてよかった。ベルタ、エディの寸法を測って仕立て屋に。本日の非礼の詫びとしてしばらく困らないだけの衣装を送ってちょうだい……公爵家にも何人か手のものを入れておく必要があるかしらね」
「かしこまりました」
「そういえば、あなた、エディというのは本当の名前?」

 エヴァはフルフルと首を振る。

「本当の名前はエヴァ」
「一応そこは考えていたのね……エヴァ。あなたの偽りに手を貸す以上、わたくし達は共犯よ。裏切ることは許さないわ。いいわね?」
「うん」
「わたくしのことはアンナと呼びなさい」
「わかった。アンナ、よろしくね」

 満足そうに笑ったアンナリーナは、はっとした表情をする。

「誰にもばれない、連絡の手段が必要ね……」

 そこで、エヴァは指笛でラタを呼ぶ。少し離れた場所にいても、指笛なら聞こえる。
 ちょこちょこと窓から入ってきた魔獣に、アンナリーナは、顔を引きつらせ、ベルタはアンナリーナを守るように彼女の前に出る。
 小リスの魔獣はチチチッと鳴きながらエヴァの肩に上る。

『小僧がたいそうお怒りだったぞ、エヴァ』
「えぇぇ、それ本当?……」

 ラタに「弱ったなぁ」と返しながら、アンナリーナにラタを紹介する。

「ラタだよ。この子を毎晩向かわせるから、何か用があったらこの子に渡して。もし触るのが怖ければ、窓辺に手紙を置いておいてくれたら回収するから」
「……あなた、本当に魔獣を操るのね」

 扇で口元を隠しながらアンナリーナはぽつりと話す。

「操ってるわけじゃないんだけどねぇ」

 苦笑しながら返すエヴァを食い入るように見る。

「……分かったわ。定期連絡にはこの子を使いましょう。こちらから緊急の用事がある時は、ベルタを行かすわ………ねぇ、エヴァちょっと触ってもいいかしら」
「お嬢様!?」

 エヴァはにっこり笑ってラタを手のひらに載せる。その手のひらをそっとアンナリーナに差し出した。恐る恐る、ラタに触るアンナリーナ。

「……温かくて、可愛いわ」
「よかったね、ラタ」

 ラタを触り満足したらしいアンナリーナはお茶会へと戻り、エヴァはベルタに採寸された。
 その後、気になっていたらしいベルタにもラタを触らせ、部屋を後にする。





「……どこへ行っていたんだ?」

 中央庭園の生垣の外には仁王立ちのラーシュが待っていた。

「ご、ごめん。ちょっと王女様のところへ……」
「はぁ!?なんでそうなる?大体、王女はお前よりずいぶん前に会場に戻ってきていたぞ!」

エヴァは頬をポリポリとかく。アンナリーナとの契約は、口外しない方がいいだろう。

「お付きのメイドさんが僕にお水かけちゃったお詫びにって、洋服を贈ってくれるらしくて……採寸してもらってたんだ」
「全く……何かあったら、魔獣で連絡するんじゃなかったのか?」
「ご、ごめんね。次からは気を付けるから」

 ふくれっ面のラーシュをなだめながら、アンディシュと合流し、エヴァは王城を後にした。



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アンナリーナの口調が安定しません…。
違和感あったらすみません。
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