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1章 貴族の養子
26.共犯
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次の日、勉強会の場で、ユーハンは憮然とした表情で言った。
「王女との婚約が調ったらしいな。……全く父上は何を考えて……」
その硬い表情に、エヴァも顔を強張らせた。
ユーハンは額を押さえながら、一人言のように呟く。
「公爵家の筆頭たる我がオールストレーム家が神族に嫁ぐべき姫を娶るなど……後に続く家が出てもおかしくない」
あれ?とエヴァは首を捻った。そう言えば、エヴァは、アンナリーナとしか会ったことはないが、王の子はいったい何人いるのだろうか。
「……王女様は他にもいる?」
「あぁ、あと二人いる。どちらも第二妃の娘で、サンドラ様とヴィオラ様だな。御二人ともまもなく成人くらいの年だったはずだ」
「そうなんだ……」
ユーハンは以前の勉強会で、神族に王女を嫁がせ新たな王を得ることで、王位継承を本来の形に戻したい高位貴族と、貴族に王女を嫁がせ、皇太子の地位を確固たるものにしたい現王とで、膠着状態がしばらく続くだろうと言っていた。
今回の決定はそれを壊すということだ。
「いよいよ陛下も手段を選ばなくなってきたな……。皇太子が今年成人を迎えたから、継承争いの芽を早めに摘みたいのだろう。次期王を産む可能性のある存在を王族から排除する気なのだろうな……そもそも、アンナリーナ王女のお相手にラーシュをと以前から打診はあったのだ。我が家はそれをはね除け続けていたから相手を変えたのかもしれぬな」
ユーハンの言葉にラーシュは驚いた顔をする。
エヴァは俯いた。自分の行動が、自分だけでなく、貴族全体にまで影響を及ぼす。影響の大きさに小さく震える。
「……これからどうなっちゃうのかな」
「……分からん。しかし、今回のことで我が家は王派だと見なされるだろうな。……保守派の高位貴族と目に見える形で対立が起こるかもしれぬ」
ユーハンは淡々と事実を口にする。
それに泣きそうな顔になったエヴァを、ラーシュがそっと覗き込んだ。
「泣くな。お前のせいじゃない。大人たちには何か思惑があるんだ。お前は、王女との仲の良さを利用されただけだ」
珍しくラーシュは、エヴァを責めなかった。
慰めるような言葉に、しかしエヴァはもっと泣きたくなった。
エヴァは自分できちんと分かっていた。アンナリーナの企みを詳しく聞かず安請け合いしたのは自分だ。だから、これはエヴァの浅慮が引き起こしたことなのだと。
悲しくなって、ぎゅっとラーシュにしがみつく。ラーシュは一瞬ビクッとしたが、引き剥がすことなく、エヴァの頭をポンポンと軽く叩いた。
ユーハンはため息をつく。
「そもそも王女はどう考えているのか……」
エヴァは、そっと顔を上げアンナリーナに聞いたことを告げる。
「アンナは神族に嫁ぐのは嫌だって言ってたよ」
ユーハンは呆れたような顔をする。
「エディ、王女の愛称は彼女と二人きりの時だけにしなさい……しかし、王女もそのような……」
そこで話は終わった。後はエヴァもラーシュも淡々と授業を受けた。しかし、エヴァには全く授業の内容が頭に入ってこなかったのだった。
◆
午後、アンナリーナのもとに行こうとしていたエヴァをホールの階段の上から義母のアグネスが見下ろしていた。
朝は各々だし、エヴァは朝ごはんをしっかり食べて、昼は食べずに、アンナリーナとお茶をすることにしていた。結構たくさんのお茶請けを出してくれるのだ。
夜にもアグネスは食堂に顔を出さなかったので、エヴァがアグネスと顔を会わせるのは、実は初日以来である。
アグネスは見下ろすばかりで声を掛けてこない。エヴァには、彼女が何を考えているか分からなかったが、その碧の瞳は凍るように冷ややかだった。
エヴァは、その責めるような視線から、さっと目をそらして、屋敷を出た。
王城につき、アンナリーナの部屋に通されたエヴァは、アンナリーナにすがりつく。
「アンナ、どうしよう。僕、本当は女なのに、アンナの婚約者なんて……!」
アンナリーナは、エヴァの肩に手をのせ、その真っ赤な唇をにいっと歪めた。
「言ったでしょう?エヴァ。わたくしたちは共犯よ。裏切ることは許さないわ」
あくまで悠然と構えるアンナリーナにエヴァは唇を噛む。
アンナリーナはこのまま突き進む気だ、とエヴァにも分かった。
アンナリーナは扇を開いて口許を隠す。
「今バレるのはわたくしも困るの。エヴァの男装についてはこちらで全面的にバックアップするわ」
「……でも、あと何年ももたない……!」
「分かっているわ。わたくしが成人するまでの三年。そこまでもてばいい」
「……その後はどうするの?」
「……どのようにでも。あなたの望むように」
エヴァは俯いた。
もう後戻りは出来ない状況なのに、どうやら進んだ先にも道は無さそうだ。
ここにいる、とラーシュと約束したのに、きっとエヴァが公爵家に残る道はない。エヴァは貴族の生活には、何ら未練はないが、ラーシュとの約束を破ることになりそうだ、ということには心が痛んだ。
「ねぇ、エヴァ。婚約式は一月後よ。あまり時間がないの。ここで考え込んでいる暇があったら、準備をしましょう?」
アンナリーナは楽しそうに微笑み、パチンと扇を閉じた。
「王女との婚約が調ったらしいな。……全く父上は何を考えて……」
その硬い表情に、エヴァも顔を強張らせた。
ユーハンは額を押さえながら、一人言のように呟く。
「公爵家の筆頭たる我がオールストレーム家が神族に嫁ぐべき姫を娶るなど……後に続く家が出てもおかしくない」
あれ?とエヴァは首を捻った。そう言えば、エヴァは、アンナリーナとしか会ったことはないが、王の子はいったい何人いるのだろうか。
「……王女様は他にもいる?」
「あぁ、あと二人いる。どちらも第二妃の娘で、サンドラ様とヴィオラ様だな。御二人ともまもなく成人くらいの年だったはずだ」
「そうなんだ……」
ユーハンは以前の勉強会で、神族に王女を嫁がせ新たな王を得ることで、王位継承を本来の形に戻したい高位貴族と、貴族に王女を嫁がせ、皇太子の地位を確固たるものにしたい現王とで、膠着状態がしばらく続くだろうと言っていた。
今回の決定はそれを壊すということだ。
「いよいよ陛下も手段を選ばなくなってきたな……。皇太子が今年成人を迎えたから、継承争いの芽を早めに摘みたいのだろう。次期王を産む可能性のある存在を王族から排除する気なのだろうな……そもそも、アンナリーナ王女のお相手にラーシュをと以前から打診はあったのだ。我が家はそれをはね除け続けていたから相手を変えたのかもしれぬな」
ユーハンの言葉にラーシュは驚いた顔をする。
エヴァは俯いた。自分の行動が、自分だけでなく、貴族全体にまで影響を及ぼす。影響の大きさに小さく震える。
「……これからどうなっちゃうのかな」
「……分からん。しかし、今回のことで我が家は王派だと見なされるだろうな。……保守派の高位貴族と目に見える形で対立が起こるかもしれぬ」
ユーハンは淡々と事実を口にする。
それに泣きそうな顔になったエヴァを、ラーシュがそっと覗き込んだ。
「泣くな。お前のせいじゃない。大人たちには何か思惑があるんだ。お前は、王女との仲の良さを利用されただけだ」
珍しくラーシュは、エヴァを責めなかった。
慰めるような言葉に、しかしエヴァはもっと泣きたくなった。
エヴァは自分できちんと分かっていた。アンナリーナの企みを詳しく聞かず安請け合いしたのは自分だ。だから、これはエヴァの浅慮が引き起こしたことなのだと。
悲しくなって、ぎゅっとラーシュにしがみつく。ラーシュは一瞬ビクッとしたが、引き剥がすことなく、エヴァの頭をポンポンと軽く叩いた。
ユーハンはため息をつく。
「そもそも王女はどう考えているのか……」
エヴァは、そっと顔を上げアンナリーナに聞いたことを告げる。
「アンナは神族に嫁ぐのは嫌だって言ってたよ」
ユーハンは呆れたような顔をする。
「エディ、王女の愛称は彼女と二人きりの時だけにしなさい……しかし、王女もそのような……」
そこで話は終わった。後はエヴァもラーシュも淡々と授業を受けた。しかし、エヴァには全く授業の内容が頭に入ってこなかったのだった。
◆
午後、アンナリーナのもとに行こうとしていたエヴァをホールの階段の上から義母のアグネスが見下ろしていた。
朝は各々だし、エヴァは朝ごはんをしっかり食べて、昼は食べずに、アンナリーナとお茶をすることにしていた。結構たくさんのお茶請けを出してくれるのだ。
夜にもアグネスは食堂に顔を出さなかったので、エヴァがアグネスと顔を会わせるのは、実は初日以来である。
アグネスは見下ろすばかりで声を掛けてこない。エヴァには、彼女が何を考えているか分からなかったが、その碧の瞳は凍るように冷ややかだった。
エヴァは、その責めるような視線から、さっと目をそらして、屋敷を出た。
王城につき、アンナリーナの部屋に通されたエヴァは、アンナリーナにすがりつく。
「アンナ、どうしよう。僕、本当は女なのに、アンナの婚約者なんて……!」
アンナリーナは、エヴァの肩に手をのせ、その真っ赤な唇をにいっと歪めた。
「言ったでしょう?エヴァ。わたくしたちは共犯よ。裏切ることは許さないわ」
あくまで悠然と構えるアンナリーナにエヴァは唇を噛む。
アンナリーナはこのまま突き進む気だ、とエヴァにも分かった。
アンナリーナは扇を開いて口許を隠す。
「今バレるのはわたくしも困るの。エヴァの男装についてはこちらで全面的にバックアップするわ」
「……でも、あと何年ももたない……!」
「分かっているわ。わたくしが成人するまでの三年。そこまでもてばいい」
「……その後はどうするの?」
「……どのようにでも。あなたの望むように」
エヴァは俯いた。
もう後戻りは出来ない状況なのに、どうやら進んだ先にも道は無さそうだ。
ここにいる、とラーシュと約束したのに、きっとエヴァが公爵家に残る道はない。エヴァは貴族の生活には、何ら未練はないが、ラーシュとの約束を破ることになりそうだ、ということには心が痛んだ。
「ねぇ、エヴァ。婚約式は一月後よ。あまり時間がないの。ここで考え込んでいる暇があったら、準備をしましょう?」
アンナリーナは楽しそうに微笑み、パチンと扇を閉じた。
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