守護者の乙女

胡暖

文字の大きさ
上 下
36 / 74
2章 騎士団の見習い

9.一石二鳥

しおりを挟む
 見習いは、三日間訓練をこなすと一日休み、というスケジュールになっている。ただし、獣舎の世話は飛ばすわけにはいかないので、午前中だけは交替で出ることになる。
 昨日の今日で運よくお休みだったエヴァは、早速アンナリーナに相談に来ていた。

「そう……それは厄介ね。こちらも少し、面倒なことになっているのよね」

 アンナリーナは細い指をからめたカップをそっと置いて扇を広げた。
 その後ろに控えるベルタは息子が怪我をさせられそうになったことを聞いて、さすがに眉を寄せている。

「面倒なこと?」
「えぇ。現王には三人のお妃さまがいることは知っているわよね?」

 エヴァが頷くのを見て、アンナリーナは言葉を続ける。

「第二妃の娘……サンドラとヴィオラというのだけれど……わたくしが婚約してからひどくうるさいのよね」
「それは……僕が孤児だから?」

 アンナリーナはエヴァの言葉に、いつもは眠そうなとろんとした目をぱっちりと開き、首を傾げた。

「あら、エヴァ。あなたそんなに卑屈ひくつな人だったかしら?」
「……騎士団で毎日のように言われていればね」
「ふふ。あなたを選んだのはわたくしよ。恥じることなく胸を張りなさい。生粋きっすいの貴族であっても選ばれないのだから。それに、あの二人が煩いのは、もともとよ。自分たちの降嫁先こうかさきがいつまでたっても見つからないのに、年下のわたくしが先に婚約したことが気に入らないだけなのよ。瑕疵かひとも言えないことを引き合いに出して騒ぎ立てるほどにね」

 それを聞いて、エヴァはこてんと首をかしげる。

「じゃぁ、アンナは何に困っているの?」
「困ってはいないわ。面倒くさいのよ」

 アンナは扇を閉じてぱしぱし自分の手を数回たたく。
 そして、またばっと広げて口元を隠した。

「話を戻すわ。先ほどのエヴァの困りごとだけど。わたくしがランバルドにてて、婚約者の身を案じているむねをしたためた手紙を書きます。でも、それだけでは弱いわよね?」

 エヴァは、こくりと頷く。

「要は、首謀者しゅぼうしゃのオリヤンを抑えられればいいのよね。だから、わたくしとあなたが仲睦なかむつまじいところを実際に見せて、この婚約は政略ではなく恋愛の感情で成り立っていると広めるのはどうかしら。エヴァに手を出したら公爵家だけでなく、王女が出て来るぞ、とね」
「……アンナの好きな人に誤解ごかいされちゃわない?」
「それはまだいいの。それに、政略でなく恋愛感情によって結ばれたものであれば、二人の心が離れたといって、のちのち解消しやすくなると思わない?まだ幼い二人の事ですもの。だから、この設定を広めた方が今後の面倒が少なくなると思うの」
「そっか……でも、どうやってオリヤンに二人の仲を見せるの?」
「ここで、最初の面倒事よ。……実は、サンドラとヴィオラ主催のお茶会に招待されているの。オリヤンというのは侯爵家の出身なのでしょう?二人のお相手が決まっていない以上、二人が主催のお茶会には、未婚の高位貴族なら必ず呼ばれているはずよ」

 エヴァは「なるほどー」と間延まのびした声を上げる。
 アンナリーナはふう、とため息を吐く。

「決して楽しい会ではないけれど、のらりくらりとかわすのも面倒で……ここらで、相手の思惑おもわくに乗ってあげるのもいいかしらね」

 アンナリーナは心底面倒くさそうであったが、エヴァは何であれ、こちらから仕掛けることができる提案に顔を明るくした。お礼を言って城から下がる。
しおりを挟む

処理中です...