守護者の乙女

胡暖

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2章 騎士団の見習い

12.魔道具

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 そのまま野生の魔獣舎を出る。
「時間余ったなぁ」と言いながら、困ったような顔をしたバルトサールは、少し考える素振そぶりを見せた後、エヴァを別の建物に案内した。程近ほどちかくにあったその建物は、野生の魔獣舎と同じように四角く重厚じゅうこうな造りだったが、少しこじんまりとしている。

「ここは、何をするところですか?」
「ん?魔道具の試作品が置いてある魔道具試作棟だよー」
「……僕、入っていいんですか?」
「あはははー。ばれなきゃいいって」

 魔道具の話になった時のランバルドとウルリクの様子を思い出し、躊躇ちゅうちょしたエヴァだが、バルトサールは笑ってエヴァを中へいざなう。エヴァはしり込みしながら中へ入った。

 建物の中は広い空間になっていて、入ってきたのとは反対側に一か所だけ扉があった。一辺の壁に魔道具の縄でつながれた試作品が並べられている。その反対側には的があり、的に向かって試し撃ちができるようになっていた。
 エヴァが並べられた魔道具を興味深く見ていると、バルトサールが奥に一つだけあった扉の方に誘導ゆうどうした。

「ここは僕の執務室なんだけどね。まぁ別に鍵もかけてないから、皆がここで魔道具の術式を書いたり、起動をしたりしてるんだ。城で製作すると試作棟までが遠くて面倒でね」

 そう言って、バルトサールは術式の書かれた紙と魔石を机の上に置いた。

「見たことあるかな?」
「家で。兄上に生活魔道具の術式起動を見せてもらいました」
「そう。……やってみる?」
「でも、僕は平民だから魔力がないって……」
「まぁ、物は試しだ。やってみたら?」

 エヴァは沈黙ちんもくした。バルトサールはにっこり笑う。

「エヴァは孤児だろう?だとしたら、両親のどちらかに貴族の血が入っていることもあるかもしれないだろう?」

 引かないバルトサールにエヴァは嘆息たんそくした。
 術式の上に置かれた魔石にそっと手をかざす。

 ゆっくりと、術式が光っていく。平面から立体へとその形を変化させた。

「おや?本当にご両親のどちらかが貴族だったかな?」

 バルトサールの問いにエヴァは肩をすくめることで答えた。

「このこと、公爵は?」
「知りません。……僕も、自分に魔力があるなんて思いませんでした」
「ふーん。それにしては、君落ち着いてない?」

 バルトサールの言葉に、エヴァはぎくりとする。
 「そんなことない」と愛想笑あいそわらいをした。
 エヴァは自分の手を握ったり開いたりする。

 エヴァの両親はまごうことなき平民、だと思う。

 そしてエヴァは、ルーカスの授業を受けるまで、この力を皆が使えないなんて思ってもいなかった。
 
 平民でありながら、何故エヴァは魔力を扱えるのだろう。しかも、これは

 あのスレイプニルはエヴァのことを『神に愛された娘』だと言った。

 ――――自分はいったい何者なのか……。

 考え込むエヴァに、バルトサールは気軽に言った。

「まぁ、そんな悩むことじゃない。将来の選択肢が増えるんだ。魔力が使えてラッキーぐらいに思っておけばいいよ」

 気の抜けるようなバルトサールの調子に思わず、笑みを浮かべたエヴァは、しかしまた表情を引き締める。

「あの、このこと他の人には……」
「ん?言わないよ。ただでさえ君は危険視されているからね。能力は少し隠した方がいい。このことは僕と君の二人だけの秘密だ」

 バルトサールにウインクされ、エヴァは目をぱちくりする。そして再び微笑んだ。

 ◆

 魔道具試作棟から出て、寮に戻ろうとしていたら、途中でラーシュと会った。
 というより、彼女の帰りを待っていたラーシュは、エヴァを見つけるなり、怖い顔をしてすごむ。

「お前、午後どこに行ってたんだ」
「あ」

 「あ、じゃない」とため息を吐くラーシュに、帰りながら、エヴァはバルトサールの手伝いをすることになった話をする。
 話を聞いて、ラーシュは少しほっとした顔をした。ラーシュなりに、訓練でご飯も食べられないほど衰弱すいじゃくしたエヴァを心配していたのだ。しかも今は訓練だけでなく、面倒くさい先輩たちに対する心労もある。


「や、やめてよ。返して!」
「うるせぇ!俺たちは先輩だぞ。口答えするんじゃねぇよ!」

 突然、寮の裏の方から聞こえてきた声に、エヴァとラーシュは顔を見合わせた。
 エヴァがぱっと、声の方に駆ける。

「あ、待て、こら。一人で行くな!」

 ラーシュもエヴァを追いかけてきた。

「何してるの?」

 そこには、リクハルドを取り囲むオリヤンとエリアスとパトリックがいた。
 エヴァの声にぱっと振り返った三人は、横にいるラーシュを見て舌打ちして去っていった。
 元孤児で体格も小さいエヴァと、ひょろりとして弱そうなリクハルドには強く出られるが、ラーシュにはそうではないらしい。

「……あいつらホント仕方ないな」

 ラーシュがあきれたように言った。

「リクハルド大丈夫?」

 エヴァは心配そうにリクハルドに声をかける。

「ありがとう。大丈夫だよ。あいつら、一応僕が高位貴族だから手は上げてこないんだ。先輩風を吹かせて持ち物を取られただけ……」

 そう言って、リクハルドは肩を落とした。

「大切なものだったんじゃないの?」
「いいんだ。親に言ってまた買ってもらうよ。じゃ。」

 リクハルドは言葉少なに去っていった。

「あ……一緒に戻ればいいのに」
「そっとしておいてやれよ」

 エヴァは去っていくリクハルドに心配そうな顔を向けた。
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