守護者の乙女

２章 騎士団の見習い

18.採集

　そこから1ヶ月、あまりにも平和だったので、エヴァはうっかりランバルドの忠告を忘れていた。
　謹慎きんしんが明けた後も、三人が全くエヴァに近寄ろうとしなかったことも大きい。
　だから、エヴァは、もう三人はエヴァに構うことに飽きたのだろうと思っていた。

　今日は、採集の日だ。
　王都から程近くの森まで騎獣を操って行き、そこで薬草を採集してくるのだ。どうやら、自分達で使うポーションの原料は自分達で用意する、と言うことらしい。
　採集は1泊2日で行い、野営の訓練も兼ねている。
　まだまだ、戦いに慣れていない見習い達だから、採集場所は比較的安全な森だと言う。それでも、護衛代わりに引率の騎士が数人ついた。
　一度にたくさんで行くと、引率の騎士達の負担が大きいため、今回は3班に分けられた。
　エヴァは、ペアのニコライとは一緒だが、ルーカスやラーシュ、リクハルドとは別の組になった。
　あまり屋敷から出歩かないエヴァは、採集の日をピクニック気分で楽しみにしていた。

「なんか楽しそうだな？」

　森についてすぐ、ニコライに声をかけられたエヴァはにこにこして答える。

「うん、王都に来てからあんまり他の場所を見て回れてなかったからね。実はピクニックみたいで楽しい」

　ニコライは残念なものを見るような目でエヴァを見た。

「それは今だけだな……野宿も携帯糧食もほんと勘弁かんべんだよ……虫も多いし」

　ニコライは本当に嫌そうに言う。
　エヴァは、そんなものかなぁと首をかしげた。

　ともあれ、まずは採集だ。

　皆、決められた範囲を散り散りになって採集を始める。
　エヴァは、ラタに薬草の位置を教えてもらいながら採集を始めた。
　暫しばらく一人で採集をしていると、団員の一人に声をかけられた。

「あぁ、お前、ちょうどよかった。道具を落としてさ。ちょっと取るのを手伝ってくれないか」

　エヴァは、軽く請け負うと、声をかけてきた団員について行く。

「あ、あの穴の中なんだけど、俺が足を持つから手を伸ばして取ってくれないか？」

　エヴァは、そっと穴の中を覗のぞき込む。
　結構深そうだな、と思ったところで思いきり後ろから突き飛ばされた。

「う、わっ……！」

　いきなりだったが、とりあえず着地の瞬間に受け身を取ったのでそれ程ひどい怪我はしなかった。
　エヴァは穴の中から上を見上げる。一人では上がれそうにない。
　すると、エヴァを誘導してきた団員ともう一人――――オリヤンが穴の中を覗き込んできた。

「悪く思うなよ。うちはクロンヘイム侯爵家には逆らえないんだ」

　エヴァを突き落とした人物は、そう言って嗤わらった。
　エヴァを静かに見下ろしてくるオリヤンの目は真っ黒だった。それを見てエヴァはなぜかゾッとした。彼はこんな表情をしていただろうか……。なにも言わず、じっと見てくるところも不気味だった。

　オリヤンは手に鳥籠とりかごのようなものを持っていた。
　そして、鳥籠から何かを取りだしナイフで切りつけた。

「これでお前は終わりだ」

　そう低く告げると、それを無造作むぞうさにエヴァにめがけて放り投げた。
　高い声をあげて落ちてくる何かを、エヴァは咄嗟とっさに腕を出して受け止めた。

『……痛い、痛いよ。母さま助けて』

　か細い声をあげる灰色の鳥の子供。
　額に魔石が嵌はまっているので魔獣だ。
　血を流し今にも事切れそうだった。

「行くぞ」

　昏くらい笑みを浮かべたオリヤンと団員は、オリヤンの号令でさっと姿を消した。
　エヴァは受け止めた魔獣の仔こをじっと見つめる。魔獣は小さく震えていた。

「ラタ」

　鋭く小リスを呼ぶと「ちょっと借りるね」と魔石に片手を翳かざした。
　真っ赤な魔石が輝きエヴァの手に光を移す。
　エヴァはその手を魔獣の子供に翳かざす。翳かざした手は淡い白色に輝き、ゆっくりと魔獣の仔の傷を癒いやしていった。
　魔獣の仔は目を瞬かせるとゆっくり体を起こした。

『……痛くない！』

　その姿にエヴァもほっと、体から力を抜いた。
　その時、穴の外から急に大きな声が聞こえた。

「逃げろ！竜リントヴルムだ！」
「何でこんなところに！」

　すぐにエヴァの頭上に影がさす。
　ドスンと重たいものが落ちるような音がした。
　そして、穴を覗き込む金色の眼と目があった。
　子供の魔獣が嬉しそうに鳴く。

『母さま！』

　エヴァは、魔獣の仔を見て笑う。

「君は鳥じゃなくて竜の仔だったんだね」

　そう言うと、そっと母竜の鼻先に仔竜を差し出す。
　母竜は器用に仔竜を引っ掛けると穴の外に連れ出した。
　エヴァは母竜を見上げて言う。

「ごめんね、僕もここから出してくれないかな？」

　母竜がもう一度首を下げてくれたので、エヴァは母竜にしがみつき持ち上げてもらう。
　エヴァを穴の外に下ろすと、母竜はエヴァ静かに見つめてきた。

『……お前が愛しい我が子を拐さらったのか？』
「僕？僕はどちらかと言うと連れ去られた方かな？」
『僕、怪我をさせられたの。この人が治してくれたの！』

　仔竜がそう言って母竜に顔を擦りつけると、母竜は優しく仔竜の顔を舐めた。
　そして、エヴァの方へ視線を移す。

『誰が我が子を拐ったのか知っているか？』
「知っているけど……どうするの？」

　母竜は憤怒ふんぬにギラギラと輝く目を細めて言う。

『我が子を連れ去った奴等を葬ほうむらねば気が済まぬ』

　エヴァは少し考える。以前ならばきっと止めなかっただろう。母竜の怒りはもっともだからだ。
　けれど、エヴァは王都に家族と友達ができた。母竜が暴れたら、王都は大変なことになるだろう。

「それは……気持ちは分かるよ。でも、堪こらえてもらうことはできないだろうか。この辺りで暴れられると君達を討伐しないといけなくなる。坊やが無事だったことに免じて怒りを収めてくれないかな」
『我が人間に負けると……？』

　エヴァは首を振る。

「君は強い。分かるよ。だけど人間は数が多い。それに、きっと僕も矢面に立たされる。僕・が・君達と争いたくはないんだ。君は大きいから、もう気づかれている。けど、今急いで遠くまで逃げてくれたら、ここには見習いしかいないから、きっと逃げ切れる」

　母竜はじっとエヴァを見つめた後、仔竜を優しく口に咥くわえると飛び上がった。

『お前に免じてここは去る。しかし、また我らに手を出すと今度はどうなるかわからぬぞ』
「わかった。ありがとう」
『ばいばい！』

　竜の親子が飛び去るのをじっと見つめていたエヴァに、遠くからニコライの声が聞こえた。

「エディ―！どこだ、無事か―！」

　エヴァは、声の方に歩きだす。

　そこには、全員が集められていた。
　オリヤンと、エヴァを突き落とした団員は、エヴァの姿を見て亡霊でも見たように目を見開く。
　エヴァの姿を見たニコライが駆け寄ってくる。

「姿が見えないから焦ったぞ！どこにいたんだよ」
「あっちの方。採集に夢中になってたみたいだ」
「全く、しょうがない奴だな。リントヴルムが出たんだ、採集は中止だ。帰るぞ」