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3章 悪魔裁判
5.戸惑い
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早朝に寮の自室に戻ってきたエヴァとラーシュは、ユーハンにもらった魔道具を持って、再度証言の打ち合わせをした。二人の話が矛盾するといけないからだ。
そして、昼食をとった後、改めてランバルドとウルリクから、一昨日の事件について詳しく聞き取りがあった。
ランバルドは、この後に何か用事があるらしく、慌ただしく概要だけを聞くと、ウルリクに後を任せてバタバタと執務室を出て行った。
あまりの目まぐるしさに、二人は目を白黒させながら、ウルリクに残りの説明をし、団長の執務室を辞してきた。
特に説明もなく慌ただしくランバルドが出て行ったことは、二人の間にもやもやとしたものを残した。
そして、ラーシュは、退出の直前ランバルドが、ちらりとエヴァを一瞥したことも気にかかっていた。
「あ……」
寮に戻ってきた二人は、玄関にたたずむ人影に足を止める。
――――なぜこのタイミングでこの人が……
エヴァの心臓がどきどきと嫌な音を立てる。
「お待ちしておりました。お嬢様がお呼びです」
丁寧に頭を下げたベルタに、エヴァはちらりとラーシュを見上げる。眉根を寄せこちらを見ているラーシュと目が合った。戸惑いながらもエヴァは口を開く。
「えと……僕に用事みたいだから、行ってくるね」
「……気を付けてな」
短く言葉を交わしエヴァはベルタについて行く。
◆
「まずいことになったわ」
部屋に入ると単刀直入に、アンナリーナはエヴァに切り出した。
「えっと……何が?」
「あなた、このままだと殺されるわよ」
アンナリーナの言葉は物騒で全く意味が分からなかった。エヴァは首をこてんとかしげる。
「誰に?なんで?」
「神殿長のクリストフ・バックマン。彼が、あなたを異教徒だと騒ぎ立てているの」
「……それって殺されるほどの事?」
エヴァは目をしばたかせる。確かに異教徒だとクリストフに知られた時に、ユーハンに相談したら「まずいことになった」とは言われていた。エヴァとて、断罪される可能性は承知していたが、まさか命が危ないとは……。
アンナリーナは苛々をぶつけるように閉じた扇で自分の手のひらをバシバシと叩く。痛そうだなぁ、とぼんやりエヴァが見ているとアンナリーナはびしっとエヴァの眉間に閉じた扇を突き付ける。
「本来ならば違うわ。何がどうなっているか分からないけれど、あなたに対して悪魔裁判を起こす、と。……そして、それをお父様は止めようとしないの」
「悪魔裁判?」
アンナリーナは重々しくうなずく。
「今時馬鹿らしい、前時代的な儀式よ。悪魔裁判というのはね、異教徒や教義に従わない者を弾圧するために神殿が行う、裁判とは名ばかりの公開処刑よ。ちなみに、前回の悪魔裁判が行われたのは200年も前」
エヴァはポカンと口を開ける。
オリヤンの後ろにいるはずの黒幕を警戒していたら、全く別のところで殺されそうになっていた。もしかして、神殿と黒幕は繋がっているのだろうか?
「えぇぇと、その裁判を僕に?」
「そう。養子とはいえ、公爵家のあなたにそんな意味のないものを行えるほど、今の神殿の力は強いの」
「僕、改宗してもいいとユーハン……ええと、兄上に伝えていたんだけど……」
アンナリーナは首を振る。
「もう告発状は発行されてしまったわ。今から改宗すると言っても間に合わないでしょう。……分からないのは、お父様のお考えよ。あなたの力を取り込みたいがために、わたくしとあなたの婚約まで整えたというのに。なぜ急に……」
アンナリーナも余裕がないのだろう。淑女らしからぬ態度で、左手の親指の爪を食いちぎっている。
確かに、以前エヴァが宗教の話を相談した時、ユーハンもこう言っていた。「婚約の破棄を王は許さぬだろう……」と。
アンナリーナも意味が分からないと言っているように、最近急に、状況が変化したということだろうか。
――――何が変わった?
エヴァは必死に考える。
しかし、なぜそんなことになっているのかさっぱり思い至らない。部屋の窓を少し開けてラタを呼ぶ。
「ラタ。なんでそんなことになっているか分かる?」
『さぁ?エヴァの周囲と、騎士団の中しか見てなかったからな。情報収集の範囲を広げるか?』
「そうだね、お願い」
ラタにも分からないらしい。エヴァはラタを解放すると、再びアンナリーナに向き直った。
一度部屋を辞していたベルタが戻ってきていてアンナリーナに何かを伝えている。話を聞いたアンナリーナもエヴァに視線を戻した。
「ベルタに見てきてもらったところ、ベルマン公爵も動いているみたい」
「ベルマン公爵って……リクハルドのお父さん?見てきたって……」
「お父様は緊急で関係者を招集し、オールストレーム公爵を王宮に呼び出したの」
「え?今?」
もしかして、ランバルドもそのために急いで出て行ったのだろうか。エヴァは話の展開に目を白黒させる。
「でも、何でリクハルドのお父さんが?」
「オールストレーム公爵を追い落とすまたとない好機だからでしょうね」
「えええぇぇ?」
なぜ自分の信仰の話が、公爵家の進退にかかわるのかエヴァには、全く分からない。ただすごい勢いで事態が進行していることだけは分かった。
「とにかく今はこうなった原因でなく、どう対処するかを考えるべきよ」
アンナリーナの言葉に、エヴァは顔を上げる。
「このままいけば……」
エヴァの確認するかのような独り言に、アンナリーナは律儀に答えをくれる。
「あなたは殺され、わたくしはベルマン公爵家の花嫁となる」
「え?」
「そういうことよ、ベルマン公爵が動くということは」
アンナリーナはぎりぎりと扇を握りしめる。
「今はまだ時じゃない。困るのよ、あなたに死なれたら」
アンナリーナの素直な言葉に、エヴァは思わず笑う。
「そうだね、僕もまだ死にたくないや」
「時間が無いわ。わたくしは王宮内の動きを探るわ。いいこと?あなたも、とにかく情報を集めるのよ」
エヴァはこくりと頷いた。
そして、昼食をとった後、改めてランバルドとウルリクから、一昨日の事件について詳しく聞き取りがあった。
ランバルドは、この後に何か用事があるらしく、慌ただしく概要だけを聞くと、ウルリクに後を任せてバタバタと執務室を出て行った。
あまりの目まぐるしさに、二人は目を白黒させながら、ウルリクに残りの説明をし、団長の執務室を辞してきた。
特に説明もなく慌ただしくランバルドが出て行ったことは、二人の間にもやもやとしたものを残した。
そして、ラーシュは、退出の直前ランバルドが、ちらりとエヴァを一瞥したことも気にかかっていた。
「あ……」
寮に戻ってきた二人は、玄関にたたずむ人影に足を止める。
――――なぜこのタイミングでこの人が……
エヴァの心臓がどきどきと嫌な音を立てる。
「お待ちしておりました。お嬢様がお呼びです」
丁寧に頭を下げたベルタに、エヴァはちらりとラーシュを見上げる。眉根を寄せこちらを見ているラーシュと目が合った。戸惑いながらもエヴァは口を開く。
「えと……僕に用事みたいだから、行ってくるね」
「……気を付けてな」
短く言葉を交わしエヴァはベルタについて行く。
◆
「まずいことになったわ」
部屋に入ると単刀直入に、アンナリーナはエヴァに切り出した。
「えっと……何が?」
「あなた、このままだと殺されるわよ」
アンナリーナの言葉は物騒で全く意味が分からなかった。エヴァは首をこてんとかしげる。
「誰に?なんで?」
「神殿長のクリストフ・バックマン。彼が、あなたを異教徒だと騒ぎ立てているの」
「……それって殺されるほどの事?」
エヴァは目をしばたかせる。確かに異教徒だとクリストフに知られた時に、ユーハンに相談したら「まずいことになった」とは言われていた。エヴァとて、断罪される可能性は承知していたが、まさか命が危ないとは……。
アンナリーナは苛々をぶつけるように閉じた扇で自分の手のひらをバシバシと叩く。痛そうだなぁ、とぼんやりエヴァが見ているとアンナリーナはびしっとエヴァの眉間に閉じた扇を突き付ける。
「本来ならば違うわ。何がどうなっているか分からないけれど、あなたに対して悪魔裁判を起こす、と。……そして、それをお父様は止めようとしないの」
「悪魔裁判?」
アンナリーナは重々しくうなずく。
「今時馬鹿らしい、前時代的な儀式よ。悪魔裁判というのはね、異教徒や教義に従わない者を弾圧するために神殿が行う、裁判とは名ばかりの公開処刑よ。ちなみに、前回の悪魔裁判が行われたのは200年も前」
エヴァはポカンと口を開ける。
オリヤンの後ろにいるはずの黒幕を警戒していたら、全く別のところで殺されそうになっていた。もしかして、神殿と黒幕は繋がっているのだろうか?
「えぇぇと、その裁判を僕に?」
「そう。養子とはいえ、公爵家のあなたにそんな意味のないものを行えるほど、今の神殿の力は強いの」
「僕、改宗してもいいとユーハン……ええと、兄上に伝えていたんだけど……」
アンナリーナは首を振る。
「もう告発状は発行されてしまったわ。今から改宗すると言っても間に合わないでしょう。……分からないのは、お父様のお考えよ。あなたの力を取り込みたいがために、わたくしとあなたの婚約まで整えたというのに。なぜ急に……」
アンナリーナも余裕がないのだろう。淑女らしからぬ態度で、左手の親指の爪を食いちぎっている。
確かに、以前エヴァが宗教の話を相談した時、ユーハンもこう言っていた。「婚約の破棄を王は許さぬだろう……」と。
アンナリーナも意味が分からないと言っているように、最近急に、状況が変化したということだろうか。
――――何が変わった?
エヴァは必死に考える。
しかし、なぜそんなことになっているのかさっぱり思い至らない。部屋の窓を少し開けてラタを呼ぶ。
「ラタ。なんでそんなことになっているか分かる?」
『さぁ?エヴァの周囲と、騎士団の中しか見てなかったからな。情報収集の範囲を広げるか?』
「そうだね、お願い」
ラタにも分からないらしい。エヴァはラタを解放すると、再びアンナリーナに向き直った。
一度部屋を辞していたベルタが戻ってきていてアンナリーナに何かを伝えている。話を聞いたアンナリーナもエヴァに視線を戻した。
「ベルタに見てきてもらったところ、ベルマン公爵も動いているみたい」
「ベルマン公爵って……リクハルドのお父さん?見てきたって……」
「お父様は緊急で関係者を招集し、オールストレーム公爵を王宮に呼び出したの」
「え?今?」
もしかして、ランバルドもそのために急いで出て行ったのだろうか。エヴァは話の展開に目を白黒させる。
「でも、何でリクハルドのお父さんが?」
「オールストレーム公爵を追い落とすまたとない好機だからでしょうね」
「えええぇぇ?」
なぜ自分の信仰の話が、公爵家の進退にかかわるのかエヴァには、全く分からない。ただすごい勢いで事態が進行していることだけは分かった。
「とにかく今はこうなった原因でなく、どう対処するかを考えるべきよ」
アンナリーナの言葉に、エヴァは顔を上げる。
「このままいけば……」
エヴァの確認するかのような独り言に、アンナリーナは律儀に答えをくれる。
「あなたは殺され、わたくしはベルマン公爵家の花嫁となる」
「え?」
「そういうことよ、ベルマン公爵が動くということは」
アンナリーナはぎりぎりと扇を握りしめる。
「今はまだ時じゃない。困るのよ、あなたに死なれたら」
アンナリーナの素直な言葉に、エヴァは思わず笑う。
「そうだね、僕もまだ死にたくないや」
「時間が無いわ。わたくしは王宮内の動きを探るわ。いいこと?あなたも、とにかく情報を集めるのよ」
エヴァはこくりと頷いた。
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