守護者の乙女

胡暖

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3章 悪魔裁判

7.母娘の会話

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 アンナリーナは、階段を下りた先で待ち構えている顔を見て、そっと眼前に構えた扇の陰でため息を吐く。

 ――――あぁ、見なかったことにして回れ右したらダメかしら……

 相も変わらず、向こうから嬉々として近づいてくる二人組。異母姉サンドラとヴィオラだ。にやにやと笑っている所を見ると、婚約者であるエヴァを取り巻くいざこざを耳にした、というところだろうか。

 ――――全く、こちらの対応も定まっていないうちに面倒なこと……

 あちら側に用があるために、引き返すこともできず、渋々と最後の階段を下りたアンナリーナに、ヴィオラが声をかけてくる。

「あなたの婚約者、大変だったみたいねぇ。大爆発で運よく生き残ったかと思えば、悪魔裁判ですって?ホント、話題には事欠かない婚約者様でうらやましいわぁ」

 アンナリーナは澄ました顔で微笑む。

「えぇ。ヴィオラお姉さまも早く話題になるような婚約者がお出来になるといいですわね」
「な……!」

 一瞬にして真っ赤になったヴィオラを、サンドラがなだめるように割ってはいる。

「まぁまぁ、ヴィオラ。アンナリーナもまだ現実を受け止めきれないのよ。悪態をつくしかできない気持ちを分かって差し上げて」
「分かりますか?サンドラお姉さま。わたくし婚約者のことが心配で心配で。何も手付かない状況なので、とてもとても雑談に興じる心の余裕がないのです。申し訳ないのですが、ここで失礼いたしますね」
「ちょっと……!あんたがそんな愁傷なわけないでしょ!」

 サンドラの言葉にうまく乗って、アンナリーナは退席することにした。ヴィオラはわめくが、ほほほと笑ってかわす。
 そそくさと立ち去り、アンナリーナは目的地へと急いだ。

「失礼いたします」

 侍女に開けてもらった扉から、中に入る。
 そこは豪奢ごうしゃな部屋だった。白を基調とした壁に金で装飾が施されている。手触りの良い緋色のソファに、ゆったりと腰かけているのは、アンナリーナの母で王の第一夫人であるベアトリスである。
 アンナリーナにそっくりな零れ落ちそうな大きな瞳と、ふわふわの金髪が年齢を不詳に見せている。しかし、目元を吊り上げるように引かれた濃い赤いアイラインと、同じような色で赤く染められた唇が、アンナリーナにはない大人の色気をかもし出していた。

「ご機嫌麗しゅうございます、お母さま」
「呼び立てて悪かったわね、アンナ」
「いいえ、わたくしもお話を聞きたいと思っておりましたの」

 アンナリーナの言葉に、ベアトリスはゆっくりと頷く。アンナリーナが、対面のソファに座るのを待って、ベアトリスは口を開いた。

「昨日の召集で集まった者は、王、神殿長、騎士団長、オールストレーム公爵……そしてベルマン公爵」
「それなのですが、なぜベルマン公爵が?」

 ベアトリスの言葉にアンナリーナは勢い込んで尋ねる。
 ベアトリスは目を伏せ首を振った。

「分からないわ。どこからぎつけてきたのか、わたくしが到着した時には、すでに話し合いの席にいたのです。そして、王はおとがめにならなかった。そうなると、他の者は何も言えなくてよ」
「わたくしあの方は好きではないわ。値踏みされるような瞳で見られると寒気が走るの」

 アンナリーナは、ぶるりと体を震わせる。

「ふふふ。今回の騒動でも、狡猾こうかつに立ち回り、自分の利を引寄せようと企んでいるのでしょうね」

 ベルマン公爵の利――――恐らく、エヴァと自身の息子リクハルドをすげ替え、王家への影響力を強めること。思い至ったアンナリーナは、ぶんぶんと首を振る。

「わたくし、リクハルドと婚約なんて絶対嫌よ。自分の意見も言えないような殿方は、好みじゃないの」
「まぁ、アンナ。王女の結婚はすべて政略よ。好みじゃなければ、好みに育て上げればよいじゃない」

 赤い唇を楽し気に歪めて笑う母にアンナリーナは、さらに強めに首を振る。

「絶対イヤ。それに、ベルマン公爵家に力をつけさせたところで、王家には何の利もないではございませんか」
「えぇ、その通りね。あなたの現婚約者のように、魔獣を操れるなどの特性を持ち、武力を強化することもできない。野心しか見えない男をのさばらせたところで、こちらには全く利はありませんわ」

 アンナリーナはベアトリスの肯定の言葉に、顔を輝かせ、言質げんちを取ろうと身を乗り出す。

「では……!」
「……でも、それはそれ。現状、婚約が破談になった場合、年回りも家格も、釣り合いが取れるのはベルマン公爵家になるでしょう。……嫌なら、あがきなさい」

 たしなめるようなベアトリスの言葉にアンナリーナは、ぎゅっと拳を握る。

「……エディが助かる道はあるのでしょうか……」

 不安そうなアンナリーナの言葉に、ベアトリスはゆっくりと、しかししっかりと頷いた。

「今回の話し合いで、悪魔裁判の開催趣旨が、エディが異教徒であることではなくなりました。代わりに、彼は一昨日の爆発騒ぎの主犯である可能性があり、もしそうであった場合、その危険思想が今後国をおびかすことを危惧きぐして裁く必要がある、と定まりました。もし、あの大爆発の件で彼が潔白であると証明出来たら、悪魔裁判自体の開催が取りやめになります。……それは王も明言なさいました」

 アンナリーナは、ベアトリスの言葉に目を輝かせる。異教徒の改宗は、神殿に拒まれたらどうしようもないが、騒動の真実究明であれば、まだこちらで操作のしようがある。
 ベアトリスはアンナリーナを優しい眼差しで見つめた。

「恐らく、騎士団長もエディの味方なのではないかと感じました。どちらかと言うと同情的だったわ。そして、騎士団長として、冷静に考えて、エディの能力を失い難く思っているのでしょう」
「……ということは、エディを消してしまいたいのは、神殿長と、ベルマン公爵?」
「……と、王も」

 アンナリーナはごくりとつばを飲み込む。

「それはなぜなのでしょう?元々、この婚約を調ととのえたのはお父様ではありませんか。わたくし混乱してしまって……」
「それは、わたくしにもわかりません。けれど、積極的ではないにせよ、オールストレーム公爵家の力を削ごうとしている、私にはそう感じられてならないのです」

 ベアトリスはゆっくりと扇で自身を仰ぎながら首を傾けた。それを見ながら、アンナリーナは唇を噛む。

 そうなのだ、王の行動だけが全く意味が分からない。

 だからこそ不気味なのだ。
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