守護者の乙女

胡暖

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3章 悪魔裁判

10.暴走

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 ランバルドは嬉しそうにエヴァを見た。

「俺はお前が、魔獣を呼んで仲間を殺すなんてどうやっても思えなかった。あの晩の爆発に説明がつくなら、お前の疑いはじきに晴れるだろう」

 楽天的なランバルドの言葉に、ウルリクはため息を吐く。

「馬鹿。バルトサール殿は仮定の話をしたんだ。それが真実だとは言っていない。……問題はベルマン卿と神殿長がそれで引くかだ」

 ウルリクの言葉にラーシュは声を荒げた。

「副団長、そもそもです!エディはずっと被害者です。なぜ、こちらに疑いの目が向くのですか!?」
「……いじめに耐えかねて、思わず手を出した……だとすれば、動機とするには十分だろう?」
「……それで殺されたなら自業自得じゃないか!」

 ラーシュが不貞腐ふてくされたように呟いたので、エヴァは思わず苦笑した。

「やってないよ、僕は」

 バルトサールがパンパンと手を打つ。珍しく事態の収拾に動く気になったらしい。

「まぁ、確かに。この魔道具の解析結果だけでは、爆発の原因と断定するには弱いだろう。ただ、この魔道具はいくら高位貴族とはいえ、とても駆け出しの見習いに手にできる代物ではないよ。裏で、大人が動いているはずだ。……黒幕をあぶりだせれば、多少は事態の好転につながるかもね」
「……黒幕」

 エヴァは手を握った。コンラードが動いている、という話を聞いてから、ずっとエヴァの中に拭いきれないモヤモヤが燻っていた。あの日からずっと休んでいる。

 ――――ねぇ、リクハルド。僕をめたの?

 ドンドンドン

 一瞬静かになった部屋に、ノックの音が響き渡る。ランバルドが声を張り上げて応答する。

「今取り込み中だ!何の用だ!」
「すみません!……神殿長が、複数の僧兵を連れ、門の前でエディを出すようにと騒いでおります……!」
「はぁ?何だと!?」

 扉の外から聞こえてきた思いもよらない事態に、ランバルドは腰を浮かせた。
 ウルリクが冷静に立ち上がり、扉を開けた。

「詳しく状況を話せ」
「は……。半刻ほど前に、急に僧兵20名ほどを引きつれ、神殿長が訓練場の方に現れました。その……エディは悪魔付きだから、神殿で詳しく事情聴取をする必要があるため、即刻引き渡すようにと……。我々が、騎士団長の判断を仰ぐと言うと、いきなり武器をこちらに向け、そのままなだれ込んできそうになったため、やむを得ず見習いの年長組で応戦中です。騎士団長と副団長に判断を仰ぐために私は抜けてきました!」

 ランバルドは状況を聞くや否や、訓練場に走っていった。ウルリクも、報告を持ってきた見習いをねぎらうと、エヴァとラーシュに視線を移し「ここで待っているように」と伝え、出て行った。

「……どうしよう。僕、行かなくていいのかな」
「お前が行ったってどうしようもないだろう!」
「そうだね。君が行くと火に油だろう。ここで待っているといいよ」

 バルトサールとラーシュに言われ、エヴァは俯いて、浮かせかけた腰を下ろした。

 ◆

「これはこれは神殿長。見習いとはいえ騎士団に剣を向けるとは……国家に対する反逆ですか?」

 猛然もうぜんと駆けて行ったランバルドは、門の前まで来ると立ち止まり、息一つ乱すことなく、声を張り上げた。
 ランバルドの姿に鼻白んだように、クリストフは目を細めると、手を上げた。僧兵たちが、剣を引き一歩下がった。
 訳も分からず応戦していた見習いたちは、肩で息をしている。皆が、団長の顔を見て安堵あんどしたように息をついた。

「ふん、騎士団長。罪人の隠し立ては感心しませんな。早くあの悪魔を出してもらおうか」
「はて、悪魔とは?うちにはそんな奇っ怪な人間は居りませんが?……速やかにお引き取り願おうか」
「悪魔をかくまうは重罪……このままだと、其方の身もどうなるかわからんぞ?」
「ははは、面白いことをおっしゃる。まだ黒だと確定したわけでも無いのに先走りもはなはだしいですな。そもそも、エディへの事情聴取は、王よりご指示を頂いた、この騎士団長ランバルドが承ったこと。既に目に余る越権行為えっけんこういですが……王へのご報告を御望みですかな?」

 ランバルドがそう言い切ったところで、後ろからたくさんの足音が聞こえてくる。ウルリクが騎士団に招集をかけたのだ。
 バックマンは血相を変えて唾を飛ばしながらわめきたてる。

「私と事を構える気か!?」
「いいえ?こちらは攻撃されたので仕方なく応戦しているのですよ。さぁ、どうしますか?まだやりますか?」

 あっという間に、ランバルドの後ろに、ウルリクを筆頭とした騎士団員が50名ほど並ぶ。とっさに連れ出せたのがこの人数だったのだろうが、僧兵は20名ほどだ。分が悪いと悟ったバックマンは唇を噛み締めると、ランバルドを射殺しそうな眼で睨み付けた後、撤退していった。

「……全く、老害が」

 去っていく一団を見ながら、苦々し気にランバルドは呟く。横でウルリクが眼鏡を押し上げながら同意の意を示した。
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