守護者の乙女

胡暖

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3章 悪魔裁判

23.裁判の日

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 カシャン、と鍵の外れる音にエヴァは顔を上げた。

 エヴァがこの牢に捕らえられてから、今日で三日目が経つ。

 結局、この三日間で牢を訪れたのはリクハルドだけだった。神殿長に、エヴァをすぐに痛め付ける意思が無いことは明白だが、多少は弱っていて欲しいということだろう。
 
 しかし、食事はおろか水の一つも届かないとは。

 お陰でエヴァは、甲斐甲斐かいがいしく世話を焼くラタの働きによって、そこそこ快適に過ごしていた。流石に着替えや入浴は出来なかったので、そろそろお風呂に入って着替えたいところではある。

 鍵を開けた人物は、エヴァの知らない人だった。しかし、エヴァは、服装からして神殿関係者であろうと当たりをつける。
 彼はドサッと着替えを牢の中に投げ入れると、エヴァを忌々しげに見て、牢の鍵を再びかける。

 鼻をまんで大袈裟おおげさに顔をしかめると、エヴァに向かって吐き捨てるように言った。

「お貴族様は一人で着替えなんか出来ぬか?生憎あいにくだが、私は手伝わぬ。直ぐに迎えに来るゆえ、さっさとそれに着替えるのだな」

 意地悪そうにニヤリと笑うと、立ち去った。

 彼にとっては嫌がらせのつもりかもしれないが、エヴァとしては手伝われる方が困るので、問題ない。
 床に落ちた服を拾い上げる。手触りの悪い麻布を、丸めて雑にい合わせてあり、腕の部分に丸く切れ込みが入っていた。一応首の方が細くはなっているが、それは服というよりはもはや、筒状つつじょうの布と言う方が正しい。
 しかし、着替えずに後程、無理矢理服を脱がされる方が困るので、エヴァはいそいそと着替えた。三日間使用した高級な服よりも、簡素でも清潔な布切れの方がいいに決まっている。

 ラタが、布巾ふきんを持ってきてくれたので、軽く身体を清めてから新しい服を着たエヴァはさっぱりとした気分で笑った。

「うん。これはこれで楽でいいね」
『そんなの喜ぶのはエヴァだけだよ』

 ワンピースのようにすそを持ち、くるくる回って見せたエヴァに、ラタは呆れたようにチチチと鳴いた。

 果たして先程の人物は直ぐに戻ってきた。数人の男達を引き連れて。

 ご丁寧にエヴァを後ろ手で縛ると目隠しをして牢から連れ出す。エヴァは抵抗などしなかったが、男達は別にエヴァの様子で扱いを変える気など無かったようで、彼女の事を一切考慮こうりょしない動きで進んでいく。エヴァは転ばないように着いていくことに必死になった。

 ◆

 連れ出された時と同じように、唐突とうとつに動きが止まった。

 急に停止したことで転びそうになったエヴァはたたらをむ。
 そして、目隠しが外されたかと思うと、また急に動き出す。
 しばらく暗い地下にいたエヴァは突如連れ出された目映い世界に、目が刺すように痛んだ。
 ぎゅっと目をつむり、頬に当たる風で、どうやら屋外に出たらしいと思った瞬間、豪雨のように響いた歓声に身をすくませた。

 恐る恐る目を開けると、正面は広場のようになっていた。
 そこにたくさんの馬車と群集が半円を描くように集まっている。
 エヴァはずっと、王宮の中にある神殿の地下にいるものと思っていたが、ここはどう考えても王宮の中には見えなかった。

 市井の人には貴族の公開処刑など良い娯楽でしかないのだろう。
 おびただしいほどの人に見つめられ目を白黒していると、視界の隅に見慣れた白銀が映る。じっと視線だけを動かすと、一台の馬車の中から、ちらりとユーハンとルーカス、ラーシュの姿が見えた。心配そうな顔でエヴァを見ているラーシュに、にへらと笑って見せると、ラーシュがぎゅっと口を引き結んだ。

 豪奢ごうしゃな衣装に身を包んだ神殿長がゆっくりと前に進み出る。
 黄金に輝く錫杖しゃくじょうを、しゃんと地面に突き立てて鳴らすと、それまでの喧騒けんそうが嘘のように場が静まり返った。

「これより、オールストレーム公爵家の三男 エディ・オールストレームの悪魔裁判を開廷する」

 厳かな声で宣言する神殿長の後ろから、何やら文字の書き付けられた紙を持った神官が、その紙を掲げながら現れる。

「エディ・オールストレームは、悪魔との契約した罪により裁かれる。これは、彼の者が異教徒であること、魔獣を操る力を持つことより明らかである」

 どうやら、神官が掲げた紙に罪状が書かれているようだなと、エヴァはどこか他人事のように見ていた。
 急に神殿長がエヴァの方を向いた。

「汝、罪を認めるか?」

 問われた意味が分からずエヴァは首をかしげる。

「罪とは?」
「悪魔と契約したことだ」
「してませんが?」

 間髪かんはついれないエヴァの否定の言葉に、神殿長のクリストフの口許がピクリと動く。しかし、彼は気を取り直したように声を張り上げる。

「あくまで白を切るということだな?……では、これより尋問を開始する」

 エヴァは知らなかったが、ここからが悪魔裁判の本質である。
「自白に勝る証拠なし」と、本人が自供するまで拷問ごうもんが加えられるのだ。裁判は公開制で、毎日毎日、日が暮れるまで行われる。自供すれば、その翌日に処刑が執行され、自供せずとも次第に弱り最後には亡くなる。

 開始されれば生きて終えることが出来ないもの、それが悪魔裁判だった。

 ざざざ、っとエヴァの回りを神官が取り囲む。
 後ろ手に戒められていた紐を切られ、腕を押さえられる。大きなペンチのような物を抱えた神官が現れ、エヴァの指に対して構える。
 一瞬にして、エヴァの全身が総毛立った。

「まずは、指絞めだ」

 クリストフが楽しげに宣言した。
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