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1.餅
きな粉餅とお雑煮 2
しおりを挟む―何という事だ、何という事だ!
ミノルは寒空の中、家路へと向かっていた。頭の中は今日の昼の事で一杯だった。
―あの充実感と言ったら何だ? あれはいつもうちで食べているのと同じ餅なのか? まるで別物じゃないか? だけど、自分で持って行った餅だから間違いない。きな粉だって同じだ。とすると、あのテーブルコーデのせいなのか? 演出のせいなのか? だとしたら、俺は今まで食べてきた食べ物を全て無駄にしていたという事なのか?!
ミノルは立ち止まって拳を握りしめた。
―食材の皆さん…ごめんなさい…
ミノルの目から一粒の涙が零れ落ちた。
その時、ポケットに入っていたスマホが振動した。
(明日はお雑煮にしませんか? 繁充君はお餅だけ持ってきてもらえればよいので。 立川)
―立川さん…明日も一緒に食べるつもりなの?
メッセージを読んで、ミノルは眉間に皺を寄せた。
―雑煮か…そんなに好きではない…いや、むしろ嫌いな類だ…。
ミノルは顔を歪めた。
(雑煮はあまり好きじゃないです。餅はあげるから立川さんだけでどうぞ)
これでよし…とミノルはメッセージを送信した。
ピコッ
速攻で返信が来た。
(あの…自分で言うのもなんだけど…絶対に美味しいって言ってもらえる自信があるの! 騙されたと思って試して下さい。)
―絶対だと? 大きく出たな、立川さん。いいだろう。騙されてみようじゃないか、君の絶対と言える、その圧倒的な雑煮とやらを!
翌日
大陸から寒気が流れ込み、朝から粉雪が舞っている。ミノルは家の外に出ると、寒さでブルっと震えた。
「…雑煮日和…。」
ミノルは手のひらに舞い落ちて消えた雪を見て呟いた。
―天候まで雑煮の味方をしてやがる…。もはや嫌いな雑煮が楽しみで仕方がない…。
ミノルが教室に入ると、すでに綾女はそこにいた。彼女は窓際で女友達と話していた。ミノルは違和感を感じた。
今まで綾女の存在を全くというほど認識していなかったからだ。せいぜい名前を知っている程度だ。
しかし今日は違う。彼女はミノルにとってもはや特別な存在だ。そう彼女はミノルにとって、特別な雑煮なのだ。
―それも完膚なきまでに俺の常識を叩き壊せるほどの圧倒的のな…
「繁充~! 今日、学食行かね?」
同じクラスの光貞がミノルに話かけた。
いつものミノルなら、すぐに光貞の誘いに応じるはずだ。普段ミノルは弁当を持ってくることは無く、昼は学食が売店で買って済ますのが常だったからだ。
しかし今日は違う!
「ごめん! 今日は行けないんだ。」
「そっか。じゃ、また今度な。」
光貞は笑って答えた。
光貞の笑った顔ですら、ミノルには雑煮に見えてしまっている。ミノルは窓辺の綾女をもう一度見て首を傾げた。
―女ってのは、みんなあんな能力を持っているのか?
ミノルは自分の母親以外の女とあまり接したことが無い。興味が無いのだ。ミノルがそうなったのも、そもそも母親のせいであるのだが、それはまた別のお話で。
―あと五分。
ミノルは時計を見た。窓辺の席に座っている綾女を見ると、背筋をまっすぐに伸ばし、落ち着いた様子で退屈極まりない授業に集中している。
―こんなにも俺が雑煮で頭がいっぱいだというのに、なんて肝が据わった女なんだ!
ミノルはシャープペンをギリギリと噛んで綾女を睨んだ。腹時計はとっくにお昼の鐘を鳴らしまくっている。
キーンコーンカーンコーン
四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
―よしっ!
ミノルは机の上を片付けると、餅の入ったバッグを抱え上げた。
その時!
綾女に近づく大きな影が!
「立川さん。ちょっと来てくれない?」
ラグビー部の砂原が綾女に話しかけている。後ろから砂原の友達が囃し立てていた。
「うるせー、おまえら。」
砂原は真っ赤になって彼らに文句を言った。
「やっぱりね~! 砂原、昔から綾女に気があったもんね!」
ミノルの前に座っている女生徒たちのコソコソ話がミノルの耳に入った。
「あ、あの、今じゃないと…ダメなのかな…。」
綾女は戸惑っている。当然だ。昼休みはミノルに雑煮を振舞う約束をしていたからだ。
「少しでいいんだ。時間はとらせないから。」
砂原はじっと綾女の目を見つめて言った。
スタスタスタスタ
ドンッ
綾女と砂原の間に壁ドンっ
「悪いけど…」
二人の中に割って入ったのはミノルだった。クラス中の目が三人に釘付けになった。
「ちょっとちょっと、どういうこと? 繁充君も綾女の事好きだったの?」
「…三角…関係?」
「繁充君って、あんな感じの人だったっけ?」
「意外~。てか、めっちゃおもしろいんだけど…」
クラスメイトがざわざわと囃し立てる。
「この雑煮は、俺が先約だから!」
ミノルは砂原を睨みつけて言った。
「雑煮? は?」
砂原は左頬をヒクヒクさせながら言った。
「とにかく俺が先約だから!」
ミノルはそう言うと、綾女の手首を掴んでクラスから出て行った。
「ヒューーーーーーーーーーーーーー」
クラスから囃し立てる声が響き渡った。
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