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しおりを挟むタヌ子は自分の仕事が暇な時、僕の事務所に来て雑用を手伝ってくれた。僕の知らないうちに内田君とも既に仲良くなっている。
―いつの間に二人、親しくなったんだ?
二人で楽しそうに話しているところを見ると、なぜかイラっとしてしまう。
お腹がポッコリと出た、毛がフサフサの信楽焼きのようなタヌキと部下が話しているという、普通だったら異様な光景なんだが…。まあ、考えてもしょうがない事だ。
「タヌ子~!これ郵便局に出しに行ってくれるー?」
僕はタヌ子にお使いを頼んだ。
「タヌ子の本気、見せたるわー!」
タヌ子は目と眉をシャキーンとして、尻尾をピーンと立て、僕から封筒を受け取るや否や、猛々しく事務所を出て走り去って行った。
郵便物を持って行くだけなのに、そこまで本気を出さなくてもいいんだけど…。
「ヒロキさん、なんで彼女さんのこと、タヌ子って呼んでるんですか?」
内田君がパソコンのキ―ボ―ドをパチパチと叩きながら僕に聞いてきた。
「ん? だって、タヌキだからでしょ。タヌキだからタヌ子。ってか、彼女じゃ無いし…。」
僕はありのままを答えた。
「何でタヌキなのか謎なんスけど、あんなにキレイなのに失礼じゃないスか? てか、彼女じゃ無いんスか? 一緒に住んでるんでしょ? 有り得ないわ~。つかヒロキさん酷いわ…。同じ男として有り得ないわ~。いや、マジ、ヒロキさん…クズだわ…。いや、ゴミだわ…。」
内田君は呆れるような顔で僕を見た。
―それにしても内田…俺の事、クズって…ゴミって…仮にも上司に対してそれはちょっと言い過ぎじゃない?
内田君から発せられる言葉と目線は、僕に対するあからさまな軽蔑を感じる…。
―うぅぅ…ま、そう思うのもしょうがない。僕にはタヌキにしか見えないけど、もし本当にタヌ子が女の子で、彼女でも無いのに一緒に住んでいるんだったら、僕でもそんな男の事は軽蔑するだろう!
「お前の目には、タヌ子はどう見えてるの?」
―他の人に映るタヌ子の容姿って、どんなだろう?
「どうって、背もスラっとしててスタイル良くて、髪もサラサラで、めちゃ美人。」
―え? スタイル良くて美人だって? タヌ子が?
「ん、信楽焼きのタヌキみたいにお腹プックリ出てない?」
僕は訳が分からなくなってまた聞いてみた。
「…ヒロキさん、いっぺん眼科に行った方がいんじゃないスか?」
内田君はどうも僕が冗談を言っているのだと思ったようだ。
「ん~、俺も最近そんな気がしてきた。」
―今日帰りに病院に行ってみようかな…。
「それはそうと…ヒロキさん…もしかして本名すら知らないんじゃないですか? タヌ子さんの名前、知ってます?」
内田君に言われるまで、タヌ子の本名なんて気にもしなかった。犬を拾ったような感覚で、本名があるなんて思いもしなかったから…。タヌ子が人間の女の子だとしたら、当然名前もあるよな…。
「タマラさんっていうそうですよ。」
―タマラ? え? タヌ子って…外人さんなの?
「珠羅! 珠玉の珠に羅生門の羅で珠羅さん! 玉森珠羅っていうらしいです。タマ…が多い名前ですよね…。ハハハ…。ま、タマラとタヌ子って…響きが近いと言えば近いかもだけど…。一緒に住んでるんだったら、名前くらい知っといてくださいよ!」
「珠羅…か…。外国の血でも入ってるのかな…。」
タヌ子にも家族がいるんだよな…。
「お祖母さんが外国の方らしいですよ。」
内田が言った。しかし彼は何故、僕よりタヌ子の事に詳しいんだ!
「内田君…タヌ子の事…よく知ってるね…。」
また原因不明のイライラが発症してきた。
「そりゃあ、あれだけ可愛いし、僕じゃ無くても質問攻めにしますよ! ヒロキさん! うかうかしてたら誰かにタヌ子さん取られちゃいますよ! それはこの僕だったりしてねっ!」
内田君はドヤ顔で言った。
「おまえ彼女いんだろ!」
いつになく僕の心はざわめいていた。
―何故だ…何故なんだろ…。
タヌ子は事務所を出てから一時間近くたっても帰ってこなかった。
ここから郵便局までは、10分もあれば着く。
さすがに少し心配になってきたら、やっとタヌ子は帰ってきた。ニコニコしながらたい焼きがたくさん入った包みを大事そうに抱えて。
「この辺って、いろいろお店あるんだね~! いい匂いにつられて行ったら、鯛焼き屋さん発見したの! 有名店みたいで人がいっぱい並んでたんだけど、がんばって買ってきたよっ! みんなの分あるよ~!」
タヌ子は鼻息まじりで得意げに話した。
「白、黒、カスタード、チョコもあるよ~。どれがいい~?」
タヌ子の頭の中はたい焼きで埋め尽くされている。僕は嫌な予感がした。
「タヌ子…郵便は出してくれた?」
念のため聞いてみた。
「! ! !」
―やっぱり…。コイツ、忘れてやがったな!
タヌ子は全身の毛を逆立てて、郵便局に向かいまっしぐらに走っていった。
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