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 その時、「居酒屋ぽんぽこ」の大将の話と、不思議な信楽焼のタヌキの事を思い出した。


―大将は三か月前に店の前で殺傷事件があったと言っていた。若い女性が刺されたと…。

そしてあの不思議な信楽焼のタヌキは、その時刺された女性の魂の半分を救ったと…確かにそう言っていた…。

それって…もしかして…タヌ子の事なんじゃないか? あの時、そのバケモノからタヌ子は襲われたんだ。 


 僕の中でストーリーは合致した。頭の中でタヌ子がうちに初めてやって来た日の事が走馬灯のように巡る。

“ヒロキ君、いつでも来てイイよって、言ってくれてすっごく嬉しかった。あんまりすぐ行くのもガッついてるって思われそうで怖かったんだけど、なんだか来ずにはいられなかったの”

 タヌ子が恥ずかしそうに体をくねらせてモジモジしている可愛い姿が次々と目に浮かんで来た。

“あ…あでぃがど…う…うぅ…うぅ…ヒロキ君…親切だがだぁ…。こんだでぃ…優しい…ひどぉ…初めでなのぉ…オウッ…オウッ…ううう…”

 部屋へ入れてあげた時、タヌ子は涙と鼻水まで垂れ流して喜んでくれた。

 タヌ子の記憶には無くなっていたんだろうけど…きっとあのバケモノから刺されて死にそうになった時、僕の事を思ってくれたに違いない! 

 だから半分の魂で、僕のとこにやって来てくれたんだ! 

 玄関で僕に微笑みかけたタヌ子の顔は、それはもう涙と鼻水でグチャグチャだったけど、可愛くて堪らなかった。

 その笑顔が目に焼き付いて、自分の不甲斐なさと後悔の念で、僕の心臓はえぐられるような痛みが走った。

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
僕は声を枯らして泣き叫んだ。



「モウホントニ 時間ガ無イ。 急イダホウガイイ。」

 エマの話は、こういう事だった。

 本物のタヌ子は三か月前、さっきのバケモノに襲われて、その時に魂の半分が奴に奪われてしまった。

 残り魂の半分と体はすごく強い力がある何者かが守ってくれた。

 ここに横たわっているタヌ子は、守ってくれている物から映し出された幻影という事なのだ。

 そしてタヌ子の体はどこかにあって魂が抜けた状態になっている。

 守りが強かったので今まで生きてこれたが、それも今は限界になってきているというのだ。



「どうしたらタヌ子を助けられる?」
エマに聞いた。

「ソノ男ニ会ッテ、タヌ子ノ魂ヲ 取リ返ス シカナイ。男ハ必ズ タヌ子ノ魂ヲ奪イニ行クハズ。タヌ子ノ魂ノ半分ノアリカガ 分カレバ イイノダケド。」
エマは溜息をついて語った。

「わかる! 俺、タヌ子の魂がどこにあるか知っている!」

―そうだ! 「居酒屋ぽんぽこ」のあの信楽焼のタヌキだ! あの中にタヌ子の魂の半分はある!

 息子のサトシさんは苦手なタイプだったけど、あの店の案件を受けて本当に良かったと感謝した。

 もしかすると、あの案件を受ける事は…運命だったのかもしれない。

 僕は拳を握りしめた。

 事態を把握していないウッチーはポカンとして僕を見ていた。

 エマは…鋭い目線で僕を見てニヤリと笑った。

 彼女には分かっているのだろう。


 僕は二人に信楽焼のタヌキが語った事を話した。そして僕は寝ているタヌ子の元へ行った。

「タヌ子、俺が絶対助けてあげるからな!」

 タヌ子にそう告げると、僕はウッチーの家を飛び出して、居酒屋ぽんぽこへ向かって全速力で走った。

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