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しおりを挟む由紀子はその頃、軍需工場で働かされていた。疎開で生徒数が減った小学校が臨時に軍需工場の下請け工場となり、そこで由紀子は軍へ納めるゲートルなどを作る作業をしていた。
この作業は由紀子にとっては都合がよかった。黙々と作業をしていると、考え込む暇が無くなるからだ。何もしてないと、常に健二のことばかり考えてしまって、辛くて耐えられなかったのだ。とにかく一生懸命働いて、悪い事は考えないようにしよう。健二さんの無事だけを祈っていよう。由紀子はそう心がけるようにしていた。
やがて、由紀子の住む街にも空襲が始まるようになった。作業中に空襲警報が鳴り、急いで防空壕に避難することも多くなった。空襲が止んで、外に出てみると、街の至る所から火の手が上がっているのが見えた。この分では、私もいつか空襲で焼け死んでしまうかもしれないと思った。由紀子は不安な気持ちを落ち着かせるために、健二の写真と四葉のクローバーを見た。
私は死ぬわけにはいかない。
ここで健二さんの帰りを待っていなければ。
健二さんと約束したんだから!
その日の夕方、由紀子は一緒に作業をしていた友達と、仕上げた品物を箱に入れ、一時保管場所になっている教室へ運ぶ作業をしていた。重い箱を二人で持って階段を上がり終えた時、空襲警報が鳴り出した。とりあえず保管場所に指示されていた、目の前の教室に箱を置きに行った。ドアを開けた時、由紀子は窓の外を見て驚いた。夕焼けのせいなのか、空襲のせいなのか、空が真っ赤に染まっていた。美しい夕焼けの空ではなく、血に染まったようなどす黒い恐ろしい色だった。由紀子と友達は手が震えて思わず箱を落としてしまった。
「由紀ちゃん!逃げましょう!」
友達は叫んだ。
しかし由紀子の体は恐怖で凍り付いてしまって動けなかった。
友達は由紀子の手を引っ張った。
「あれ、何かしら…?」
由紀子が指差す前には、見た事も無い巨大な真っ黒の物体が、ゆっくり窓の外を飛んできた。
その時、凄まじい爆発音がして、由紀子のいた校舎は由紀子もろとも吹き飛ばされてしまった。由紀子が最後に見た爆撃機は、街をことごとく破壊しつくした。健二が由紀子に一目惚れした由紀子の実家の本屋も、二人で密かに歩いた道も、大事な思い出の場所が燃えた。二人が出会って恋をした事さえも、燃えつくされてしまったように、全てなくなってしまった。
ただ四番橋とその袂の柳の木だけは、二人の記憶を大事に抱え込むように、悲しく焼け残っていた。
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