ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン

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「高橋さん…ちょっと…。」
沙也加は上司から呼ばれた。

 何故呼び出されたんだろう…と隣にいた江原さんに目配せしてみたら、彼女は眉を八の字にしながら首を振った。

 上司はそのまた上司の刈谷部長の所へ沙也加を連れて行った。


「高橋さん、まぁ、座って。」
刈谷部長は笑顔で言った。沙也加は言われるがままに席に着いた。

「今度、きさらぎガーデンヒルズに新しくうちのコールセンターが出来るの、知っているかな?」

―きさらぎに? 

「存じませんでした。」

 沙也加はそっちに移るように言われるのかと思った。

 それならそれでいい。今の職場よりずっと近い。

「それでだね…。」
刈谷部長はデスクに肘をついて身を乗り出した。

「高橋さん! 君、そこのチーフをしてくれないか?」

「えっ?」
沙也加は驚いた。

 驚きすぎて、さっきつまんだドーナツが胃から逆流しそうになった。

「…私が…ですか?」

「うん。是非、高橋さんに引き受けてもらいたいんだ!」
刈谷部長は笑顔でそう言った。




―私がチーフ…私が…私がぁ~!?
帰りの廊下を沙也加はブツブツ言いながらフラフラ歩いた。

 未だに信じられない。

「ねっ! 何だったの?」
席に戻ると、さっそく江原さんが聞いてきた。

 沙也加はさっきの部長室での事を話した。

「え~! 大出世じゃない! 羨ましぃ~…。」
江原さんは嫉妬心丸出しで沙也加に言った。

「…嘘じゃないよね?」
沙也加はキツネにつままれたような気分が抜けなかった。

「嘘でそんな事言わないでしょ! エイプリルフールでもあるまいし…。」
江原さんは上目遣いに沙也加を見ながら言った。

「あ~あ、いいなぁ~。私にもそんないい話湧いてこないかな…。ねぇねぇ、小野寺ちゃん!」
江原さんは小野寺ちゃんを捕まえて沙也加の話に花を咲かせた。

 にわかには信じられなかったが、沙也加の上司も刈谷部長も沙也加の今までの仕事ぶりを評価してくれた。

 勤続年数の長さや、同僚たちから信頼されているところも、今回の人事の理由だったと聞かされた。

―きさらぎガーデンヒルズかぁ…。みんなが住んでるあの街だよね…。

 沙也加の頭にモッコや絵梨、そしてずっとその存在が羨ましくてたまらなかった朋美の顔が浮かんだ。

 朋美の事を想った瞬間、沙也加の心の中に燃えたぎる闘志が湧いてきた。

―そうよ! 私だってまだ終わっちゃいない! チーフになって、イキイキとした人生を送ってやるんだ!

 沙也加は無言でガッツポーズをした。










 その日の昼休み、輝也のスマホに弟の拓也から電話が入った。

「お~、久しぶり! どしたぁ~?」

「兄ちゃん、元気にしてんのか?」

「…ハァ…。ま、俺の事はいいよ。そっちはどうだ? みんな元気にしてんのかぁ~?」

「まぁ、父さんと母さんは相変わらずだけど…」

 輝也の父は数年前に倒れて今は実家の系列の施設に入っている。

 母は最近痴呆が進み、父と同じ施設に入居したと聞かされた。

「なぁ、兄ちゃん、そろそろ帰ってこないか?」

「お~、最近ずっと帰ってないからな。正月にでも純を連れて帰るよ。沙也加はきっと一緒には来ないだろうから。」

「…そうじゃなくて…」
拓也は口ごもった。

「…何だ?」

「…そろそろうちの病院を継いでくれないかって…」

「ハァ?」

 青天の霹靂に輝也は言葉が出なかった。


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