ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン

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 子供たちは楽しそうに泳いでいた。

 モッコはスイミングスクールの観覧席から子供たちの姿をボーっと眺めていた。

―あの人…いったいどこで寝泊まりしてるのかしら? 着替えは充分にあるのかしら…食事は…?

 浩太の事が憎らしいと思いながらも、ついそんな事が気になってしまう。

 モッコはバッグからスマホを取り出した。
 
(ちゃんと食べてるの?)
そう書いて送信ボタンを押した。




 昼もとっくに過ぎているのに、浩太はまだベッドの中にいた。

 カーテンも開けてない部屋の中は真っ暗だ。

 スマホの着信音に気付くと、重たい体を起こしてスマホを手に取った。

 そしてモッコからのメッセージを呼んだ。


 (ちゃんと食べてるの?)


― …余計なお世話だ。

 浩太は泣きそうになった。

 そしてまた布団を頭からかけてベッドにもぐりこんだ。

 するとまた着信音が鳴った。見ると、


 (ワイシャツ、足りないんじゃない? 着替え持って行くから場所を教えて!)


 浩太は背中を丸めてベッドの端に座り、モッコからのメッセージをじっと見つめた。







 ピンポーン

 ドアが開いた。

 ドアの向こうには、すさみきった夫の情けない姿があった。

 頭はくしゃくしゃで髭は伸び、ヨレヨレのTシャツにトランクスを履いている。

― …ハァ…

 モッコは溜息を洩らした。

 そして中へ入ってまずカーテンを開け、窓を少し開いて部屋の空気を入れ替えた。

 床に散らばっている汚れも物を持って来たビニール袋に入れて、バッグの中から清潔な下着やピンとアイロンのかかったシャツやズボンなどを取り出し、クローゼットにしまった。

 浩太はその間、ベッドの端に腰かけて何も言わず俯いたままだった。

「…ユナ先生…幼馴染と結婚するんですってね…。」
モッコはタッパーに詰めた料理をテーブルの上に置きながら素っ気なく言った。

「…おまえ…心の中で俺のこと笑ってるんだろ…。」
浩太は呟いた。

 モッコは溜息を洩らし、腕組みして浩太の前に立った。

「ええ! 笑ったわよ! いい気味よ! 家族をないがしろにするからバチが当たったのよ!」
モッコは怒鳴った。

 浩太は何も言い返さなかった。

「あなたバカよ! 何が人生最後の恋よ! 笑っちゃうわ!」
モッコの怒りは止まらなくなった。

 思いのたけを吐き出すと、喉が渇いてきた。

 モッコは冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、ゴクゴクと飲んだ。

 そして大きく深呼吸をした。

 何度も何度も深呼吸して、荒ぶる気持ちを落ち着けようとした。


「…もう…帰ってきなさいよ。」
モッコは小さな声で言った。

「…帰ってきていいのか?」
浩太は聞いた。

「勘違いしないでね、私、離婚はするつもりだから!」
モッコがそう言うと、浩太は驚いたような顔をしてモッコを見た。

「…ただ…リクとルイを悲しませるような事はしたくない。だから…あの子たちが独り立ちするまで…私たち、猶予期間を設けましょう!」

「…猶予期間?」

「そうよ! 猶予期間! あと十何年か先にあの子達が独り立ちするまで、今までと変わらず、いい家庭を作っていくの! そして、その時が来たら本当に離婚がいいのか…そうじゃない方がいいのか改めて話し合いをしましょう!」

「…おまえはそれでいいのか? 俺はあんな酷い事言って家族を捨てようとしたのに…」

「…私だって…あなたの気持ちが分からなくもない…。年を取ったって、結婚したからって、誰かを好きになることだってあるし、もう一度違う人生を生きてみたいって思う事だってあると思う…。」

 モッコの頭に輝也の顔が浮かんだ。

 輝也の笑顔を思い出すと、鼻先がツンとして涙が出てきそうになったが、モッコは必死に堪えた。


「…ごめん。」
浩太は小さく呟いた。

―ほんとに冴えない男だわ…。私と同じ…。

 うなだれた夫を見て、モッコはそれを自分と重ね、胸が痛くなった。

「これ食べたら一緒に帰りましょう! リクとルイが待ってるわ! あの子達、今日はスイミングの後、お友達の家に行ってるのよ! 一緒に迎えに行きましょう!」
モッコは笑顔で言った。

 浩太は泣いているのか、顔を見られまいと後ろを向いた。

「肉じゃが…ちょっと冷めちゃったけど美味しいのよ~! おにぎりは鮭とおかかと…」
モッコはタッパーを開けて浩太に箸を差し出した。

 浩太はモッコの作った料理を口いっぱいに頬張って食べた。

 久しぶりの家庭の味に涙が出てきた。

「…うまいな…。うちの飯は…。」
浩太は涙を流しながらおにぎりにかぶりついた。

―そうやって泣きながら貪り食べる姿…本当にブサイクだわ…。

 モッコは思った。

 しかし何故か、そんなブサイクな夫の顔が、懐かしく、そして愛しく感じたのだった。

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