ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン

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「部長! 青山部長!」
秘書の斎藤が和也に声をかけ続けていた。

「…あぁ…ごめん。」

 和也はあれ以来、心ここにあらずだ。

 朋美との離婚が決まり、そして絵梨が自分の子を身ごもっている事を聞かされた。

―絵梨…いったいどこにいるんだ…。

 和也は気づくと絵梨の事ばかり考えている。

「体調悪いんですか? 今日、例の新規開発事業の件で視察が入ってますけど…大丈夫ですか?」
斎藤は心配そうに言った。

「あぁ…問題ない。」
和也はそう言うと、カバンを持って斎藤と一緒に部屋を出た。

「今日はムーンフロント社のCEOも、自らお見えになるそうです。」
斎藤は言った。

「そうなの? 確かアメリカ在住じゃなかったっけ?」
和也は聞いた。

「日本進出を本格的に仕掛ける為、少し前に日本に戻られたそうです。」

「そうか…。」
和也は別に気にせず聞いていた。

「手始めにアメリカ全土でチェーン展開しているムーンフロントカフェの第一号店をきさらぎガーデンヒルズ駅に出店して、その後、関東全域…さらに…」

「…きさらぎ? 俺の住んでる街だよ!」

「あぁ、そうでしたね。部長、引っ越しされたんですよね。」

―ムーンフロントカフェ…。

 和也はふと思いを巡らせた。

「そして再開発エリアの目玉となっているムーンフロントインターナショナルホテルズの日本初進出…これは話題になりそうですね。」

―ムーンフロントインターナショナルホテルズ…

 和也の心に何か引っかかるものがあった。








 和也と斎藤はヘルメットを被り、現地の視察に訪れた。

 現場には関係各社の人間がたくさん集まっていた。

 和也は人だかりの中によく知っている顔を見つけた。

―アイツ…。

 横田だった。

―何でアイツがこんな所にいるんだ…。

 横田はたくさんの人に囲まれ話をしていた。

 和也がずっとその様子を見ていると、視線に気付いたのか、横田も和也がいるのに気付いた。

 横田は和也に会釈すると近づいてきた。

 その様子を横で見ていた斎藤が和也の耳元で囁いた。

「部長! ムーンフロント社のCEOとお知り合いなんですか?」

「え?」
和也は驚いた顔で斎藤の顔を振り返って見た。

「CEOの横田旬じゃないですか? もしかして知らなかったんですか? なのにどうして顔見知りなんです?」
斎藤は頭を傾げた。

「どうも。研修中の横田です。」
横田はニヤっと笑って和也に手を差し出した。

「…ったくほんとに悪趣味だな…。」
和也は横田に言った。







 
 二人は群衆から離れたところに行き、工事関係者用の椅子に座った。

「あなたが勝手に勘違いしてたんでしょ?」
横田は言った。

「だから最初から強気な態度だったんだ…。」
和也は言った。

 そしてフッと笑った。

 笑い出すと止まらなくなった。

 横田は何も言わずに遠くを見ていた。

「ムーンフロント社のCEOだったら…そりゃ朋美もなびくわ…。」
そう言う和也を横田はジッと見た。

「あんたは全く分かってないね…。彼女はそんな事でなびくような簡単な女じゃないだろ。朋美さんが俺の正体を知ったのはつい最近だし、それに正体が分かったからと言って、俺になびいたりしてないよ…。」
横田は忌々しそうに和也を見た。

「…確かに…朋美はそうだよな…。」
和也はまたフッと笑った。

「…俺…朋美と離婚する事になったよ…。」

「…そっか…」
横田は素っ気なく言った。

「朋美の事…頼む…」
和也は横田に向かって頭を下げた。

「言われなくてもそのつもりだよ。」

 横田はフッと笑って和也の腕を拳でポンと叩いた。

 和也も横田を見て微笑んだ。


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