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第一章 天界の追放
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澄み渡る光の世界――天界。無数の天使たちが調和の中で生きるこの場所に、ひときわ目立つ天使がいた。純白の翼を持つリリス・ルミエール。その姿は清廉で愛らしく、天界の住人たちからも「最高の天使」と讃えられていた。
だが、今日ばかりはその彼女が評議会の前に呼び出され、厳粛な空気の中で審議を受けている。
「リリス、君がこれまで天界にもたらした数々の善行には感謝している。しかし――」
評議会の長老がゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。
「その善行が過ぎるのだ。」
「過ぎる、ですか?」
リリスは首を傾げた。その仕草は無邪気で、罪の意識など微塵も感じられない。
「例を挙げよう。洪水に苦しむ村を救うため、天界の水源を流用しただろう。」
「はい! 水が足りないと聞いて……あれで皆さん、助かりましたよね!」
「そのせいで天界の湖は半分枯れかけた。」
リリスは思わず目を見開いた。確かに水源が少し減ったのは知っていたが、そんなに大きな影響が出るとは思わなかった。
「さらには、人間界の戦争を止めるために武器を錬成し、兵士たちを眠らせた。これがどれほど人間の歴史を狂わせるか分かっているのか?」
「でも、戦争を止めない方が悪いですよね?」
「……君は善行の意味を完全に誤解している。」
評議会の天使たちは一斉にため息をついた。善行の果てに悪影響を与える――それこそがリリスの抱える問題だった。
「リリス、君の行動は天界の秩序を乱し、人間界の運命を狂わせている。これは重大な問題だ。」
長老の一人が厳しい目で彼女を見つめる。
「ええっ!? でも、私はみんなを幸せにしたくて……」
リリスの声は困惑と戸惑いに満ちていた。
「これ以上君を天界に置いておくことはできない。」
評議会の中央に座る最高位の天使、セラフィムが重々しく告げた。
「罰として、君を人間界に転生させる。」
その言葉に、リリスの目がさらに大きく開かれる。
「転生……ですか?」
「そうだ。君の行動の本質を学ぶため、特別な使命を与える。」
セラフィムは静かに立ち上がり、天使の杖を振ると、天界の光がリリスを包み込んだ。
「君を、ある乙女ゲームの世界に送り込む。その世界では“悪役令嬢”という役割を与える。」
セラフィムの言葉に、リリスは目をぱちくりとさせた。
「悪役令嬢……ですか?」
「そうだ。その役割は多くの試練と困難を伴うだろう。だが、それこそが君に必要な学びの場だ。」
「試練……?」リリスは小首をかしげる。「でも私、試練を受けるほど悪いことしてませんよね?」
その無自覚な返答に、評議会全員がため息をついた。セラフィムは呆れたように言葉を続ける。
「君は、善意が常に正しい結果をもたらすわけではないことを学ぶ必要がある。そして、その“悪役令嬢”という役割を通じて、人々の本当の気持ちや世界のバランスを学ぶのだ。」
「そんな……でも、私はみんなを幸せにしたいだけで……!」
リリスの抗議にも、セラフィムは揺るがない。
「その想いが、時に他者にとって災いになることもある。君はそれを理解しなければならない。」
光が一層強まり、リリスの純白の翼が消え始める。驚いたリリスはその場で飛び上がろうとするが、もう天使としての力は働かない。
「せめて、せめてどんな人間に転生するか教えてください!」
最後の希望を込めて叫ぶリリスに、セラフィムは冷静に告げた。
「君が転生するのは“クラリッサ・フォン・エーデルシュタイン”という名の貴族令嬢。彼女は乙女ゲームの中で“悪役令嬢”として描かれ、最終的には破滅を迎える運命にある。」
「破滅……ですか?」
「そうだ。君の使命は、その破滅の運命を回避しながら、自分と他者の幸せを同時に追求することだ。」
リリスは焦りながら、言葉を選んだ。
「それって、善行をしてはいけないってことですか?」
「善行そのものが問題ではない。ただし、それが他者にどのような影響を与えるかを考えなければならない。君の“善意”を正しく使う方法を学べ。」
光が最高潮に達し、リリスの体が透き通るように消え始める。
「わかりました……天使としての使命、必ず全うしてみせます!」
そう言い切ったリリスの声にはまだ迷いが残っていたが、その決意をセラフィムは黙って見送った。
目覚め――クラリッサとしての第一歩
目を覚ますと、リリスは豪奢な天蓋付きのベッドに横たわっていた。周囲には見たこともない華やかな家具が並び、窓の外には壮大な庭園が広がっている。
「ここは……どこ?」
自分の声がいつもより少し低く、大人びていることに気づく。ふと手を見れば、以前の天使の透明感ある姿とは違い、見事に磨き上げられたネイルが施された貴族らしい白い手だった。
「お嬢様、起きられたのですね!」
ドアを開けて飛び込んできたのは、優しそうなメイドの女性だった。その後ろからさらに数人のメイドが現れ、リリスを囲む。
「今日も素敵なお姿でいらっしゃいますね! お茶の用意をしてございます!」
「お嬢様の美しい笑顔で、今日も宮廷が輝きますわ!」
次々と聞こえる取り巻きたちの言葉に、リリスは混乱するばかりだった。
「ちょ、ちょっと待って! ここはどこ? それに、クラリッサって――」
言葉が途中で途切れた。リリスの頭の中に、クラリッサという女性の記憶が流れ込んでくる。
――クラリッサ・フォン・エーデルシュタイン、王太子アレクシスの婚約者でありながら、ヒロインのセリアを妬んで策略を巡らす悪役令嬢。
「これって……本当に“悪役令嬢”じゃない!」
叫ぶリリスの胸中には、早くも運命に対する不安が渦巻いていた。天使としての誇りと使命を胸に、リリスは“クラリッサ”としての新しい人生を歩み始めることになる
だが、今日ばかりはその彼女が評議会の前に呼び出され、厳粛な空気の中で審議を受けている。
「リリス、君がこれまで天界にもたらした数々の善行には感謝している。しかし――」
評議会の長老がゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。
「その善行が過ぎるのだ。」
「過ぎる、ですか?」
リリスは首を傾げた。その仕草は無邪気で、罪の意識など微塵も感じられない。
「例を挙げよう。洪水に苦しむ村を救うため、天界の水源を流用しただろう。」
「はい! 水が足りないと聞いて……あれで皆さん、助かりましたよね!」
「そのせいで天界の湖は半分枯れかけた。」
リリスは思わず目を見開いた。確かに水源が少し減ったのは知っていたが、そんなに大きな影響が出るとは思わなかった。
「さらには、人間界の戦争を止めるために武器を錬成し、兵士たちを眠らせた。これがどれほど人間の歴史を狂わせるか分かっているのか?」
「でも、戦争を止めない方が悪いですよね?」
「……君は善行の意味を完全に誤解している。」
評議会の天使たちは一斉にため息をついた。善行の果てに悪影響を与える――それこそがリリスの抱える問題だった。
「リリス、君の行動は天界の秩序を乱し、人間界の運命を狂わせている。これは重大な問題だ。」
長老の一人が厳しい目で彼女を見つめる。
「ええっ!? でも、私はみんなを幸せにしたくて……」
リリスの声は困惑と戸惑いに満ちていた。
「これ以上君を天界に置いておくことはできない。」
評議会の中央に座る最高位の天使、セラフィムが重々しく告げた。
「罰として、君を人間界に転生させる。」
その言葉に、リリスの目がさらに大きく開かれる。
「転生……ですか?」
「そうだ。君の行動の本質を学ぶため、特別な使命を与える。」
セラフィムは静かに立ち上がり、天使の杖を振ると、天界の光がリリスを包み込んだ。
「君を、ある乙女ゲームの世界に送り込む。その世界では“悪役令嬢”という役割を与える。」
セラフィムの言葉に、リリスは目をぱちくりとさせた。
「悪役令嬢……ですか?」
「そうだ。その役割は多くの試練と困難を伴うだろう。だが、それこそが君に必要な学びの場だ。」
「試練……?」リリスは小首をかしげる。「でも私、試練を受けるほど悪いことしてませんよね?」
その無自覚な返答に、評議会全員がため息をついた。セラフィムは呆れたように言葉を続ける。
「君は、善意が常に正しい結果をもたらすわけではないことを学ぶ必要がある。そして、その“悪役令嬢”という役割を通じて、人々の本当の気持ちや世界のバランスを学ぶのだ。」
「そんな……でも、私はみんなを幸せにしたいだけで……!」
リリスの抗議にも、セラフィムは揺るがない。
「その想いが、時に他者にとって災いになることもある。君はそれを理解しなければならない。」
光が一層強まり、リリスの純白の翼が消え始める。驚いたリリスはその場で飛び上がろうとするが、もう天使としての力は働かない。
「せめて、せめてどんな人間に転生するか教えてください!」
最後の希望を込めて叫ぶリリスに、セラフィムは冷静に告げた。
「君が転生するのは“クラリッサ・フォン・エーデルシュタイン”という名の貴族令嬢。彼女は乙女ゲームの中で“悪役令嬢”として描かれ、最終的には破滅を迎える運命にある。」
「破滅……ですか?」
「そうだ。君の使命は、その破滅の運命を回避しながら、自分と他者の幸せを同時に追求することだ。」
リリスは焦りながら、言葉を選んだ。
「それって、善行をしてはいけないってことですか?」
「善行そのものが問題ではない。ただし、それが他者にどのような影響を与えるかを考えなければならない。君の“善意”を正しく使う方法を学べ。」
光が最高潮に達し、リリスの体が透き通るように消え始める。
「わかりました……天使としての使命、必ず全うしてみせます!」
そう言い切ったリリスの声にはまだ迷いが残っていたが、その決意をセラフィムは黙って見送った。
目覚め――クラリッサとしての第一歩
目を覚ますと、リリスは豪奢な天蓋付きのベッドに横たわっていた。周囲には見たこともない華やかな家具が並び、窓の外には壮大な庭園が広がっている。
「ここは……どこ?」
自分の声がいつもより少し低く、大人びていることに気づく。ふと手を見れば、以前の天使の透明感ある姿とは違い、見事に磨き上げられたネイルが施された貴族らしい白い手だった。
「お嬢様、起きられたのですね!」
ドアを開けて飛び込んできたのは、優しそうなメイドの女性だった。その後ろからさらに数人のメイドが現れ、リリスを囲む。
「今日も素敵なお姿でいらっしゃいますね! お茶の用意をしてございます!」
「お嬢様の美しい笑顔で、今日も宮廷が輝きますわ!」
次々と聞こえる取り巻きたちの言葉に、リリスは混乱するばかりだった。
「ちょ、ちょっと待って! ここはどこ? それに、クラリッサって――」
言葉が途中で途切れた。リリスの頭の中に、クラリッサという女性の記憶が流れ込んでくる。
――クラリッサ・フォン・エーデルシュタイン、王太子アレクシスの婚約者でありながら、ヒロインのセリアを妬んで策略を巡らす悪役令嬢。
「これって……本当に“悪役令嬢”じゃない!」
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