技巧派ビルドは流行りません

フィロソフィ

文字の大きさ
1 / 2

第1話「冒険者になりますの」

しおりを挟む
 —―お嬢様。
 てくてく。
 ――お嬢様。
 てくてくてく。
 ――お嬢様。

「いい加減にしてくれますの、しつこいですわよっ」
「しかしお嬢様、私めも務めがございます故、引く訳にはいきません」
「現領主であるわたくしが命を下していますのよ、聞き分けなさいのっ」
「ですが、前領主であるお父上様より賜っておりますご命が……」
「領主として相応しい淑女になれ、ですわね」
「はい」
「だからこそ、わたくしは成らねばなりませんの——」


 召使の方へ振り返り、両手を腰に当てて仁王立ってみせる背の低い金髪タテ巻きツインテ美少女。このお方こそ、この物語の主役エリーデル=アス=シェリーフィード・ランゲルシュタインその人。
 ランゲリッツは幾つかの鉱山を抱える中規模の領地であると同時に、首都ラインデリアにも近しいことからひっきりなしに行商人が往来する商業都市としての側面も持ち合わせる。端的に言えば国内でも有数の主要都市。
 エリーデルはそんなランゲリッツの現領主である。が、当の本人はランゲリッツの領主であることがいったいどういうことを意味しているのか、イマイチ理解しきれていない様子。先代の頃から仕えている給仕長アンリエルも頭を痛める日々が続いていた。

「アンリエルさん、お嬢様はいずこへ?」
「冒険者ギルドへ行かれました……」
「冒険者、ギルド?」

 部下の面喰った表情がアンリエルの疲弊しきった胸を抉る。
 何の考えもなしに好奇心とその場の勢いとで突っ走ってくれる阿呆であれば幾らかの笑い話で事足りるだろう。が、エリーデルの奇行はその手の阿呆な輩のソレとは一線を画す。画してしまうのである。

 ――剣士になる。

 エリーデルの一言がいつまでも脳内で反復する。
 主要都市のひとつとして数えられる領地の領主が突然に「剣士になる」と言い出したのだ。アンリエルにとってこの一言は正気の沙汰ではない。もっと言えばエリーデルは十四の少女。普通の十四歳の少女として見ても、この発言は稀有な部類に入ることだろう。
 しかし、アンリエルが去って行くその後ろ手を引き留められなかったのは、その後に続いた言葉の所為だった。熱に浮かされているように見えた顔が急速に冷え切り、思わず零れ落ちたと称する以外に表現しようのない言葉だった。

 ――認めてもらいたいから。

 悲痛。アンリエルはその表現を嫌った。否、それでは足りないと思った。
 お互いに気を遣っていなかったと言えば嘘になる。が、騙し騙しの関係でもなかった。それでも、敢えてどちらからも触れようとはして来なかった話題でもあった。暗黙の裡に禁と化していた話題。
 前領主のエドガフター=アス・ランゲルシュタインは生涯未婚であり、当然に子供もいなかった。故にエリーデルはエドガフターの養女であり、禁とはこの事に他ならない。
 エリーデルのことを知っているのは本人を含めて給仕長のアンリエルの二人のみ。世間には給仕長との間に授かった子であると噂を流しつつ、隠し子だったとして公表もしている。遠い昔に面白がってこの話題を掘り下げようとした輩もいたが、いつの間にか風化してしまい以来、この件について言及する者はいなかった。
 しかし、エドガフターの死去に伴う領主の交代に際し、今後のランゲリッツを案ずる声が各所から出始めると、エリーデルの出生についての話題が蒸し返された。

「ごきげんよう」

 その瞬間、ギルド内は凍りづいた。
 ドラゴンにでも睨まれたかのごとく、誰一人として身動ぎのひとつもできなかった。場違いな程に小奇麗な身なりをした少女ひとりを除いて。

「いったいどうしたというのです、ここは冒険者ギルドですわよね?」

 少女がカウンター越しに見上げる男はようやく呼吸を再開した様子で声を絞り出す。「あ、ああ」
 だが、未だに信じられないものを見ているかの様子に変わりはない。さすがの少女も異変に気付く。

「どこかお具合でも?」
「いやそりゃ、こっちのセリフで……」

 まずい。男は首をブンブンと横に振り、精一杯の愛想笑いを浮かべる。「ははは」
 「可笑しな方」少女は怪訝に男を見返す。が、次にはその目がキラリと輝く。

「さっそくですが、わたくしをこのギルドの冒険者として登録してくださいませなの」

 男の困窮が頂点へと至る。魔物にでも化かされているかのような気分である。
 何を企んでいるのか、目の前の少女の狙いを読み切ることが何よりも重要な局面である。自ら足を運んでギルドの運営状況を査察しようとしているのか、それとも何らかの粗を見付けようとしているのか。男は一瞬の間にありとあらゆる想定を頭の中で張り巡らせた。
 どこからでも来い。息を呑むと同時に覚悟を決め、少女を睨む。

「な、なんですの……ダメ、ですの?」

 困惑と落胆とが入り混じった少女の表情を見て、男は平静を取り戻す。
 他意はないのだろうか。自身の疑念に疑問を抱きつつ、始点へ顧み終ぞ至る。

「なにが狙いだ?」
「はい?」

 疑問符に疑問符を返されたが、結果としては良かった。

「単に冒険者になりたいってのか?」
「そうですの」

 無垢な瞳がこちらを見据える。
 虚偽でないことが悩ましい。男は少女の無垢さを呪った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

男の仕事に口を出すなと言ったのはあなたでしょうに、いまさら手伝えと言われましても。

kieiku
ファンタジー
旦那様、私の商会は渡しませんので、あなたはご自分の商会で、男の仕事とやらをなさってくださいね。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...