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第1話「冒険者になりますの」
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—―お嬢様。
てくてく。
――お嬢様。
てくてくてく。
――お嬢様。
「いい加減にしてくれますの、しつこいですわよっ」
「しかしお嬢様、私めも務めがございます故、引く訳にはいきません」
「現領主であるわたくしが命を下していますのよ、聞き分けなさいのっ」
「ですが、前領主であるお父上様より賜っておりますご命が……」
「領主として相応しい淑女になれ、ですわね」
「はい」
「だからこそ、わたくしは成らねばなりませんの——」
召使の方へ振り返り、両手を腰に当てて仁王立ってみせる背の低い金髪タテ巻きツインテ美少女。このお方こそ、この物語の主役エリーデル=アス=シェリーフィード・ランゲルシュタインその人。
ランゲリッツは幾つかの鉱山を抱える中規模の領地であると同時に、首都ラインデリアにも近しいことからひっきりなしに行商人が往来する商業都市としての側面も持ち合わせる。端的に言えば国内でも有数の主要都市。
エリーデルはそんなランゲリッツの現領主である。が、当の本人はランゲリッツの領主であることがいったいどういうことを意味しているのか、イマイチ理解しきれていない様子。先代の頃から仕えている給仕長アンリエルも頭を痛める日々が続いていた。
「アンリエルさん、お嬢様はいずこへ?」
「冒険者ギルドへ行かれました……」
「冒険者、ギルド?」
部下の面喰った表情がアンリエルの疲弊しきった胸を抉る。
何の考えもなしに好奇心とその場の勢いとで突っ走ってくれる阿呆であれば幾らかの笑い話で事足りるだろう。が、エリーデルの奇行はその手の阿呆な輩のソレとは一線を画す。画してしまうのである。
――剣士になる。
エリーデルの一言がいつまでも脳内で反復する。
主要都市のひとつとして数えられる領地の領主が突然に「剣士になる」と言い出したのだ。アンリエルにとってこの一言は正気の沙汰ではない。もっと言えばエリーデルは十四の少女。普通の十四歳の少女として見ても、この発言は稀有な部類に入ることだろう。
しかし、アンリエルが去って行くその後ろ手を引き留められなかったのは、その後に続いた言葉の所為だった。熱に浮かされているように見えた顔が急速に冷え切り、思わず零れ落ちたと称する以外に表現しようのない言葉だった。
――認めてもらいたいから。
悲痛。アンリエルはその表現を嫌った。否、それでは足りないと思った。
お互いに気を遣っていなかったと言えば嘘になる。が、騙し騙しの関係でもなかった。それでも、敢えてどちらからも触れようとはして来なかった話題でもあった。暗黙の裡に禁と化していた話題。
前領主のエドガフター=アス・ランゲルシュタインは生涯未婚であり、当然に子供もいなかった。故にエリーデルはエドガフターの養女であり、禁とはこの事に他ならない。
エリーデルのことを知っているのは本人を含めて給仕長のアンリエルの二人のみ。世間には給仕長との間に授かった子であると噂を流しつつ、隠し子だったとして公表もしている。遠い昔に面白がってこの話題を掘り下げようとした輩もいたが、いつの間にか風化してしまい以来、この件について言及する者はいなかった。
しかし、エドガフターの死去に伴う領主の交代に際し、今後のランゲリッツを案ずる声が各所から出始めると、エリーデルの出生についての話題が蒸し返された。
「ごきげんよう」
その瞬間、ギルド内は凍りづいた。
ドラゴンにでも睨まれたかのごとく、誰一人として身動ぎのひとつもできなかった。場違いな程に小奇麗な身なりをした少女ひとりを除いて。
「いったいどうしたというのです、ここは冒険者ギルドですわよね?」
少女がカウンター越しに見上げる男はようやく呼吸を再開した様子で声を絞り出す。「あ、ああ」
だが、未だに信じられないものを見ているかの様子に変わりはない。さすがの少女も異変に気付く。
「どこかお具合でも?」
「いやそりゃ、こっちのセリフで……」
拙い。男は首をブンブンと横に振り、精一杯の愛想笑いを浮かべる。「ははは」
「可笑しな方」少女は怪訝に男を見返す。が、次にはその目がキラリと輝く。
「さっそくですが、わたくしをこのギルドの冒険者として登録してくださいませなの」
男の困窮が頂点へと至る。魔物にでも化かされているかのような気分である。
何を企んでいるのか、目の前の少女の狙いを読み切ることが何よりも重要な局面である。自ら足を運んでギルドの運営状況を査察しようとしているのか、それとも何らかの粗を見付けようとしているのか。男は一瞬の間にありとあらゆる想定を頭の中で張り巡らせた。
どこからでも来い。息を呑むと同時に覚悟を決め、少女を睨む。
「な、なんですの……ダメ、ですの?」
困惑と落胆とが入り混じった少女の表情を見て、男は平静を取り戻す。
他意はないのだろうか。自身の疑念に疑問を抱きつつ、始点へ顧み終ぞ至る。
「なにが狙いだ?」
「はい?」
疑問符に疑問符を返されたが、結果としては良かった。
「単に冒険者になりたいってのか?」
「そうですの」
無垢な瞳がこちらを見据える。
虚偽でないことが悩ましい。男は少女の無垢さを呪った。
てくてく。
――お嬢様。
てくてくてく。
――お嬢様。
「いい加減にしてくれますの、しつこいですわよっ」
「しかしお嬢様、私めも務めがございます故、引く訳にはいきません」
「現領主であるわたくしが命を下していますのよ、聞き分けなさいのっ」
「ですが、前領主であるお父上様より賜っておりますご命が……」
「領主として相応しい淑女になれ、ですわね」
「はい」
「だからこそ、わたくしは成らねばなりませんの——」
召使の方へ振り返り、両手を腰に当てて仁王立ってみせる背の低い金髪タテ巻きツインテ美少女。このお方こそ、この物語の主役エリーデル=アス=シェリーフィード・ランゲルシュタインその人。
ランゲリッツは幾つかの鉱山を抱える中規模の領地であると同時に、首都ラインデリアにも近しいことからひっきりなしに行商人が往来する商業都市としての側面も持ち合わせる。端的に言えば国内でも有数の主要都市。
エリーデルはそんなランゲリッツの現領主である。が、当の本人はランゲリッツの領主であることがいったいどういうことを意味しているのか、イマイチ理解しきれていない様子。先代の頃から仕えている給仕長アンリエルも頭を痛める日々が続いていた。
「アンリエルさん、お嬢様はいずこへ?」
「冒険者ギルドへ行かれました……」
「冒険者、ギルド?」
部下の面喰った表情がアンリエルの疲弊しきった胸を抉る。
何の考えもなしに好奇心とその場の勢いとで突っ走ってくれる阿呆であれば幾らかの笑い話で事足りるだろう。が、エリーデルの奇行はその手の阿呆な輩のソレとは一線を画す。画してしまうのである。
――剣士になる。
エリーデルの一言がいつまでも脳内で反復する。
主要都市のひとつとして数えられる領地の領主が突然に「剣士になる」と言い出したのだ。アンリエルにとってこの一言は正気の沙汰ではない。もっと言えばエリーデルは十四の少女。普通の十四歳の少女として見ても、この発言は稀有な部類に入ることだろう。
しかし、アンリエルが去って行くその後ろ手を引き留められなかったのは、その後に続いた言葉の所為だった。熱に浮かされているように見えた顔が急速に冷え切り、思わず零れ落ちたと称する以外に表現しようのない言葉だった。
――認めてもらいたいから。
悲痛。アンリエルはその表現を嫌った。否、それでは足りないと思った。
お互いに気を遣っていなかったと言えば嘘になる。が、騙し騙しの関係でもなかった。それでも、敢えてどちらからも触れようとはして来なかった話題でもあった。暗黙の裡に禁と化していた話題。
前領主のエドガフター=アス・ランゲルシュタインは生涯未婚であり、当然に子供もいなかった。故にエリーデルはエドガフターの養女であり、禁とはこの事に他ならない。
エリーデルのことを知っているのは本人を含めて給仕長のアンリエルの二人のみ。世間には給仕長との間に授かった子であると噂を流しつつ、隠し子だったとして公表もしている。遠い昔に面白がってこの話題を掘り下げようとした輩もいたが、いつの間にか風化してしまい以来、この件について言及する者はいなかった。
しかし、エドガフターの死去に伴う領主の交代に際し、今後のランゲリッツを案ずる声が各所から出始めると、エリーデルの出生についての話題が蒸し返された。
「ごきげんよう」
その瞬間、ギルド内は凍りづいた。
ドラゴンにでも睨まれたかのごとく、誰一人として身動ぎのひとつもできなかった。場違いな程に小奇麗な身なりをした少女ひとりを除いて。
「いったいどうしたというのです、ここは冒険者ギルドですわよね?」
少女がカウンター越しに見上げる男はようやく呼吸を再開した様子で声を絞り出す。「あ、ああ」
だが、未だに信じられないものを見ているかの様子に変わりはない。さすがの少女も異変に気付く。
「どこかお具合でも?」
「いやそりゃ、こっちのセリフで……」
拙い。男は首をブンブンと横に振り、精一杯の愛想笑いを浮かべる。「ははは」
「可笑しな方」少女は怪訝に男を見返す。が、次にはその目がキラリと輝く。
「さっそくですが、わたくしをこのギルドの冒険者として登録してくださいませなの」
男の困窮が頂点へと至る。魔物にでも化かされているかのような気分である。
何を企んでいるのか、目の前の少女の狙いを読み切ることが何よりも重要な局面である。自ら足を運んでギルドの運営状況を査察しようとしているのか、それとも何らかの粗を見付けようとしているのか。男は一瞬の間にありとあらゆる想定を頭の中で張り巡らせた。
どこからでも来い。息を呑むと同時に覚悟を決め、少女を睨む。
「な、なんですの……ダメ、ですの?」
困惑と落胆とが入り混じった少女の表情を見て、男は平静を取り戻す。
他意はないのだろうか。自身の疑念に疑問を抱きつつ、始点へ顧み終ぞ至る。
「なにが狙いだ?」
「はい?」
疑問符に疑問符を返されたが、結果としては良かった。
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無垢な瞳がこちらを見据える。
虚偽でないことが悩ましい。男は少女の無垢さを呪った。
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