技巧派ビルドは流行りません

フィロソフィ

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第2話「続・冒険者になりますの」

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 荷馬車で揺られること数時間。
 現在ではインフラの整備も進み、街と街とを繋ぐ道を往く程度であれば馬車の揺れも大分と緩やかになった。が、この道は未だ整備がなされていない為なのか異様に揺れが激しく思える。

「お尻が痛いわ」
「もう泣き言とは、やっぱり金持ちの道楽だった、てことだな」

 向かいに座る屈強な猪首のいかにも、な男が呆れた声音で言うと、その隣に座るやや痩身な男も釣られたように嘲笑う。「違いねえ」
 「もう」しかし、エリーデルの隣に座る淡い色味のローブを羽織った女性は二人を窘める。「ごめんなさいね」次いでこちらに困ったような笑みを向けてくる。この場に多少の良心を持ち合わせた人間が居てくれたのは朗報に違いはないのだが、この女性はこの女性でどこか楽し気に見えるのは気のせいなのだろうか。


 事の発端は、ギルドでの登録作業の最中の出来事だった。
 事務系の業務を担当する若いギルド職員の女性の指示に従いながら必要な情報をシートに記しているとき、背後からコソコソと敢えて聞こえるような声でこちらを揶揄してくる連中がいた。「領主様ってのは、ずいぶんと暇なんだな」
 「全くだ」声は二つ。どちらも男声。わざわざ顔を拝めずとも口元に張り付いているであろう下卑た笑みが目に浮かぶ。

「事情も訊かずにまた勝手なこと言って……でも、確かに気になるわよね」
「どーせ金持ちの道楽だろうよ」
「気楽な稼業だ、とでも思われてるんだろ」

 女声も加わった烏合の集は思い思いに囀る。
 覚悟はしていた。否、どこかで想定はしていた。必ずこういう輩が出てくるだろうとは思っていた。が、実際にその矢を浴びてみるとどうだろうか。身構えていたとしても、思わずに身動いでしまう。心が擦り切れてしまいそうになる。耐え難い恐怖に身が震える。
 それでも——

「聞き捨てなりませんの。その言葉、今すぐに撤回なさい」

 怯み、臆してばかりもいられない。ここで退いてしまうことこそが、愚行だ。自分は何の為にここへ赴いたというのか。こうした声たちを変える為、何よりも納得してもらう為に訪れたのではないか。
 振り返ったエリーデルの目は少しだけ潤んでいた。けれど、決してその雫を溢すことはない。見据えた先にいる冒険者たちと自分との間に埋めようのない差を覚えたとしても、決して溢し流すことは許されない。自分の為の悔し涙は、ここにいる先駆者たちへの非礼に当たる。奥歯を噛み締め喰いしばる。

「違うってのかい?」

 一番に巨躯な男が睨みを利かせてくる。頬の傷痕が強面をさらに凶悪に助長させる。竦み上がりそうになるのを気持ちだけで踏ん張る。

「当たり前ですの。わたくしは真剣に冒険者に成るべく、こちらへ赴いたのですから」

 ほう。男はにやりと口を歪める。

「それなら、テストしてやるよ。嬢ちゃんがどれだけ本気かってのを」

 不条理さを嘆きたい気分であった事は間違いない。ただ単に冒険者になりたいとしただけでこの有様である。先の女性職員の話では、登録だけであれば誰でもできるとのことであった。それなのにどうだろうか。自分が領主であるというだけでふざけ半分かどうかをテストさせられる。正直に言えば理不尽極まりない話だ。
 しかし、エリーデルは嘆くことの無意味さを知っている。嘆き、自らの立場を呪ったところで状況は好転などしない。今は亡きエドガフターの背を見て育ってきた自分なのだ。望んだ結果を得たければ、自らが切り開いてみせなくてはならないことを誰よりも知っているはず、それを学んだはずだ。

「望むところですの」



 程なくして荷馬車は停止した。
 痺れるような感覚がお尻に残りはしたものの、今のエリーデルにとっては些細なことである。猶予は残り僅かであるのだから。

「ここが依頼を受けた村ですのね」

 ゴブリン族の被害に遭っていると聞いていたにしては、村の外観は小奇麗なものだった。村であるからして在り物も必要最低限ではあるが、目立った損壊はない。女性職員が自分を脅かしていただけに過ぎないのだろうか。

「思ったよりも大丈夫そうに見えるか?」

 まるでこちらの心を読んだかのように巨躯の男が尋ねてきた。

「あのティーチェという職員からゴブリンはかなり危険な魔物であると聞かされましたの」
「そいつは間違いないさ。ただ、連中だってむやみやたらに襲ったりはしないんだよ。あいつ等だって必死に生きてんだ。本腰入れて対策されるような真似はしない。必要最低限度ってのを弁えてる」

 ただ。得意気に語っているのかと思ったその横顔には、どこか憂いにも似た感情が滲み出て見える。

「俺たち冒険者を雇われちまった時点で連中は終いだ。あとは必死こいて生き残れるように立ち回るだけだ」

 生きる為に死の危険を冒す。矛盾しているように思えるが、それが自然の摂理というものなのだろうか。少なくとも目の前のこの男は、そんな矛盾を理解した上で魔物たちと向き合ってきたのだろう。
 男から視線を外そうとした際、視界の端に黒い影がチラついた。村を囲う木製の柵に程近い草むらで動きが見えた。人影か、ゴブリンか。粘度の高い唾液が喉をゆっくりと伝っていく緊張感に、身が強張る。

「さっそくお出ましか……サム、他は任せる。俺たちは嬢ちゃんのテストだ」
「了解。なんかあったらすぐ報せる」

 軽く告げると、痩身な男は草むらの方へ走って向かう。
 心の準備をする間さえ与えられなかったエリーデルは、うまく動いてくれない身体の違和感と戦っていた。生と死とを分かつやり取りがもう間もなく始まろうとしている。急速な日常との乖離に戸惑いを覚えるよりも先に、男はエリーデルの眼前に一本の剣を差し出してきた。「こいつを使いな」
 何の飾り気もない普通の細剣。知識の内には在れど、実際に目の前にすると普通は普通ではなくなる。細を冠しているとて、ひと目でその重みが理解できる。物理的な重み以上に、その存在意義の重みに潰されそうになる。

「重い、ですわね」
「ビビったか?」

 茶化した物言いではある。が、正直ムッとはしなかった。
 けれど、ここで是と応える訳にはいかない。男の手から柄を掴んで預かり受ける。

「誰に言ってますの」

 
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