技巧派ビルドは流行りません

フィロソフィ

文字の大きさ
2 / 2

第2話「続・冒険者になりますの」

しおりを挟む
 荷馬車で揺られること数時間。
 現在ではインフラの整備も進み、街と街とを繋ぐ道を往く程度であれば馬車の揺れも大分と緩やかになった。が、この道は未だ整備がなされていない為なのか異様に揺れが激しく思える。

「お尻が痛いわ」
「もう泣き言とは、やっぱり金持ちの道楽だった、てことだな」

 向かいに座る屈強な猪首のいかにも、な男が呆れた声音で言うと、その隣に座るやや痩身な男も釣られたように嘲笑う。「違いねえ」
 「もう」しかし、エリーデルの隣に座る淡い色味のローブを羽織った女性は二人を窘める。「ごめんなさいね」次いでこちらに困ったような笑みを向けてくる。この場に多少の良心を持ち合わせた人間が居てくれたのは朗報に違いはないのだが、この女性はこの女性でどこか楽し気に見えるのは気のせいなのだろうか。


 事の発端は、ギルドでの登録作業の最中の出来事だった。
 事務系の業務を担当する若いギルド職員の女性の指示に従いながら必要な情報をシートに記しているとき、背後からコソコソと敢えて聞こえるような声でこちらを揶揄してくる連中がいた。「領主様ってのは、ずいぶんと暇なんだな」
 「全くだ」声は二つ。どちらも男声。わざわざ顔を拝めずとも口元に張り付いているであろう下卑た笑みが目に浮かぶ。

「事情も訊かずにまた勝手なこと言って……でも、確かに気になるわよね」
「どーせ金持ちの道楽だろうよ」
「気楽な稼業だ、とでも思われてるんだろ」

 女声も加わった烏合の集は思い思いに囀る。
 覚悟はしていた。否、どこかで想定はしていた。必ずこういう輩が出てくるだろうとは思っていた。が、実際にその矢を浴びてみるとどうだろうか。身構えていたとしても、思わずに身動いでしまう。心が擦り切れてしまいそうになる。耐え難い恐怖に身が震える。
 それでも——

「聞き捨てなりませんの。その言葉、今すぐに撤回なさい」

 怯み、臆してばかりもいられない。ここで退いてしまうことこそが、愚行だ。自分は何の為にここへ赴いたというのか。こうした声たちを変える為、何よりも納得してもらう為に訪れたのではないか。
 振り返ったエリーデルの目は少しだけ潤んでいた。けれど、決してその雫を溢すことはない。見据えた先にいる冒険者たちと自分との間に埋めようのない差を覚えたとしても、決して溢し流すことは許されない。自分の為の悔し涙は、ここにいる先駆者たちへの非礼に当たる。奥歯を噛み締め喰いしばる。

「違うってのかい?」

 一番に巨躯な男が睨みを利かせてくる。頬の傷痕が強面をさらに凶悪に助長させる。竦み上がりそうになるのを気持ちだけで踏ん張る。

「当たり前ですの。わたくしは真剣に冒険者に成るべく、こちらへ赴いたのですから」

 ほう。男はにやりと口を歪める。

「それなら、テストしてやるよ。嬢ちゃんがどれだけ本気かってのを」

 不条理さを嘆きたい気分であった事は間違いない。ただ単に冒険者になりたいとしただけでこの有様である。先の女性職員の話では、登録だけであれば誰でもできるとのことであった。それなのにどうだろうか。自分が領主であるというだけでふざけ半分かどうかをテストさせられる。正直に言えば理不尽極まりない話だ。
 しかし、エリーデルは嘆くことの無意味さを知っている。嘆き、自らの立場を呪ったところで状況は好転などしない。今は亡きエドガフターの背を見て育ってきた自分なのだ。望んだ結果を得たければ、自らが切り開いてみせなくてはならないことを誰よりも知っているはず、それを学んだはずだ。

「望むところですの」



 程なくして荷馬車は停止した。
 痺れるような感覚がお尻に残りはしたものの、今のエリーデルにとっては些細なことである。猶予は残り僅かであるのだから。

「ここが依頼を受けた村ですのね」

 ゴブリン族の被害に遭っていると聞いていたにしては、村の外観は小奇麗なものだった。村であるからして在り物も必要最低限ではあるが、目立った損壊はない。女性職員が自分を脅かしていただけに過ぎないのだろうか。

「思ったよりも大丈夫そうに見えるか?」

 まるでこちらの心を読んだかのように巨躯の男が尋ねてきた。

「あのティーチェという職員からゴブリンはかなり危険な魔物であると聞かされましたの」
「そいつは間違いないさ。ただ、連中だってむやみやたらに襲ったりはしないんだよ。あいつ等だって必死に生きてんだ。本腰入れて対策されるような真似はしない。必要最低限度ってのを弁えてる」

 ただ。得意気に語っているのかと思ったその横顔には、どこか憂いにも似た感情が滲み出て見える。

「俺たち冒険者を雇われちまった時点で連中は終いだ。あとは必死こいて生き残れるように立ち回るだけだ」

 生きる為に死の危険を冒す。矛盾しているように思えるが、それが自然の摂理というものなのだろうか。少なくとも目の前のこの男は、そんな矛盾を理解した上で魔物たちと向き合ってきたのだろう。
 男から視線を外そうとした際、視界の端に黒い影がチラついた。村を囲う木製の柵に程近い草むらで動きが見えた。人影か、ゴブリンか。粘度の高い唾液が喉をゆっくりと伝っていく緊張感に、身が強張る。

「さっそくお出ましか……サム、他は任せる。俺たちは嬢ちゃんのテストだ」
「了解。なんかあったらすぐ報せる」

 軽く告げると、痩身な男は草むらの方へ走って向かう。
 心の準備をする間さえ与えられなかったエリーデルは、うまく動いてくれない身体の違和感と戦っていた。生と死とを分かつやり取りがもう間もなく始まろうとしている。急速な日常との乖離に戸惑いを覚えるよりも先に、男はエリーデルの眼前に一本の剣を差し出してきた。「こいつを使いな」
 何の飾り気もない普通の細剣。知識の内には在れど、実際に目の前にすると普通は普通ではなくなる。細を冠しているとて、ひと目でその重みが理解できる。物理的な重み以上に、その存在意義の重みに潰されそうになる。

「重い、ですわね」
「ビビったか?」

 茶化した物言いではある。が、正直ムッとはしなかった。
 けれど、ここで是と応える訳にはいかない。男の手から柄を掴んで預かり受ける。

「誰に言ってますの」

 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

男の仕事に口を出すなと言ったのはあなたでしょうに、いまさら手伝えと言われましても。

kieiku
ファンタジー
旦那様、私の商会は渡しませんので、あなたはご自分の商会で、男の仕事とやらをなさってくださいね。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...