恋は惚れた方が負け……?

仁星まる

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恋は惚れた方が負け……?


 多分。
 恋は惚れた方が負けだ。


「あー、今日は帰らないから」

 散々抱かれた朝、ぐったりして動けない自分を置いて颯爽とどこかへ出かけていった恋人の背中を、恨めしい気持ちで見つめていた。

 閉められたドアをじっと睨み付けても恋人が帰ってくるわけでもなく。
 どうにかこうにかして起き上がり、洗面所まで行き、鏡に映った自分の姿を見てギョッとした。

 肩にも、首にも、噛み痕が痛々しく残っており、鬱血痕なんて何かの事件後なんじゃないかと疑うくらいに全身に散らばっている。

 まるでマーキングだ。


「ったく……あいつ……」


 気遣いなど全く見せることもなく、服を着てもバッチリ見える箇所に痕をつける。こちらの人権などお構いなしだ。
 これで今日も、やばい性癖を隠しきれない三十を越えた残念なサラリーマンの出来上がりじゃないか。

 これがあいつの俺への執着、愛の証だったのなら。
 なんの文句もないのに。
 いや、噛み痕は首にくっきりつけるなバカとは言ってしまうかも。


 あいつ、風見桂人かざみ けいとは、俺、間原柳まはら りゅうの恋人。でも今日は違う奴のところへ行って帰ってこないらしい。



 ◆◆◆



 この世には、男と女しか性別が無い。男と女が結ばれるのが正しいと大多数に認識される世界で、俺の性的嗜好はバグを起こした。

 気が付かないようにと逃げに逃げた十代。
 受け入れるのに二十代を費やし。
 結局、男にしか興味がないんだから仕方ないじゃないか、と諦めたように自分を認めたのが三十代に入ってから。

 開き直った後は、表向きは真面目なサラリーマンを演じ、裏ではゲイの世界を満喫していた。

 仲間が居る。
 性癖を受け入れてくれる相手が居る。
 お先真っ暗だと禁忌していた世界は、意外にも生きやすかった。

 あんなに初々しくこの世界に足を踏み入れたのに、今となっては受け入れるのに抵抗しなくなった素直な身体にあの頃の自分は吃驚していることだろう。

 曲がりなりにも恋人まで出来たしな。


『柳は俺の。ごめんね、他を当たって』


 ゲイバーで隣の席に座って、少し話して。他の男に絡まれかけたら、そう言って牽制されたのが始まり。

 俺のってなんだよ。とか。
 イケメンって何言ってもさまになっててムカつくな。とか。
 色々思うところはあったんだけど。

 その日のうちにお持ち帰りされて美味しく食べられて、恋人宣言されて、合鍵まで渡されてしまった。


『離れんのもあれだし、越してくれば?付き合ってるし、それが普通だよね』


 そう堂々と言われ、不覚にもきゅんとしてしまい。
 お付き合い開始。なし崩しで同棲もスタート。
 己のちょろさには辟易するが、好きになってしまったものは仕方ない。

 自分は意外と尽くすタイプだったらしく、家事、洗濯、掃除も苦にならないし、毎日のように寝室に引っ張り込まれても、なんとかやってきた。


『柳は、俺の』


 と、噛み痕を残されても。鬱血痕が消える前に上書きされていっても。『好き』も『愛してる』も聞いたことが無かった。
 だから、自分も言ったことが無い。

 気が付いたら三年も経過していて。

 宙ぶらりんなまま、のらりくらりとやってきたのに。

 三年目の浮気ってやつ。


 最近増えた、行き先不明の泊まり。
 帰ってくると、服からうちとは違う柔軟剤の匂いがして。
 同じシャンプーの匂いは女物に変わっていた。

 ゲイなのか。
 女も愛せるバイなのか。
 確認したことなどなかったが、後者だったのだろう。


 あいつは、結婚も、子どもを持つ将来も望めるんだな、と思ったら、怒る気力すらしなかった。

 ただ、時限爆弾が爆発するときを待つように。
 やがて終わりが来ると分かっていながらも知らない振りをする。

 突然始まったのなら、きっと突然終わりが来る。
 自分たちの関係は、そんなものなのだろう。



「あー、間原先輩、飲み過ぎですってー、帰り大丈夫ですか!?恋人と一緒に暮らしてるんでしょ?」

「いいの、いいのー。だって、今日は帰ってこないんだってぇ、だから、もっと飲めるよーっ」

「お酒が人をダメにするって、間原先輩みたいな人のことを言うんでしょうね。ほら、もう水にしましょう」


 桂人の居ない部屋に帰る気がしなくて、後輩の相羽を誘って飲みに来た。案の定、酔っ払って相羽に迷惑をかけてしまっている。

 差し出された水を飲みながらも、ポロポロと涙が零れ落ちてしまう。


「三年目の浮気って……っ、おれ、どうしたらいいんだろう……」

「もー、勘違いですってー。そんなどぎつい痕残すような恋人が、先輩を手放すわけないですよー。牽制オーラが見えますもん、愛されてますよ!先輩は」

「ううううう、さらに泣かすようなことを言うなっ、相羽は優しいな。いい後輩を持って、おれはぁ……うううう」

「……だめだ、この人」


 遠い目をした後輩は、諦めたらしくとことん飲みに付き合ってくれた。
 気が付けばもう終電はなく。
 日付すら越えていた。

 泣きはらした瞼は重く、眠気に誘われる。


「先輩っ、寝ないでくださいよーっ!」


 後輩の声が遙か遠くで聞こえ、そのまま意識が途切れた。




 ◆◆◆



「あ、起きました?」


「相羽っ!?わ、悪い、俺……っ」


 朝陽が眩しくて目を覚ますと、見知らぬ部屋だった。昨日飲み過ぎて、恐らく寝てしまった自分を相羽が自身の部屋へと連れて帰ってくれたらしい。


 バッと身を起こすと、何故か上半身が裸でギョッとする。

 まさか、相羽と……?と有り得ない疑惑が浮かぶが、こいつは生粋の女好きだったと思い出す。


「先輩、ゲロって上着がダメになっちゃったから、俺んち連れてきてそのまま剥いて放っちゃいました」

「多大なるご迷惑をかけたみたいで……」

「いーえ。今度また奢ってください。それでチャラっす。あ、スマホ、何度も鳴ってましたよ。同じ人からだったから、出ちゃいましたけど。先輩のこと説明しようとしたら切れちゃって」

「え………」


 スマホを慌てて見ると、桂人からの着信が何十件と通知されていた。朝になって帰ってきたら俺が居なくて心配してくれたのだろうか。

 そして相羽が電話に出て──。

 これはまずい事態じゃないだろうか。


「わ、悪いっ、相羽。俺、すぐに帰らなきゃ……」


 相羽の服を借り、汚染されて風呂場で洗剤につけてくれていた衣服は袋に入れてもらい、慌てて自宅まで帰った。


 ドアを開けると、無表情で桂人がソファに座っていた。
 俺を一瞥すると、そのまま立ち上がった。


「お帰り。昨日はお泊まり?」

「わ、悪い、俺……っ」

「電話に出た男といたの?その服もその男の服?」


 淡々と怒りを含む声で詰め寄られる。
 こんな桂人を見たのは初めてだった。


「な、なにもないっ、酔い潰れて、後輩に泊めてもら──」

「柳は俺の、でしょ」


 遮るように口づけられる。
 逃がさないとばかりに、強く抱きしめられて、その痛みに身体が硬くなる。


「脱いで。全部。確かめるから」

「や、め……」

「はやくっ」


 ソファに押し倒されて、そのまま衣服を剥ぎ取られる。
 自分以外がつけた痕がないか、念入りに確認されて、手荒にうつ伏せに向かされた。

「……桂……?」

「黙って。挿入いれるよ」

「まっ……」


 ろくに慣らされていない後ろに、桂人のものが無理矢理ねじ込まれていく。その痛みにひゅっと息が止まりかける。追い打ちをかけるように項にも噛みつかれ、ジワジワを歯が食い込み痛みが増していく。

 肌に血が滲み、それを桂人が舐め取った。

「柳。動くよ」

「やっ………、いたっ……い」


 潤滑油も何も使わない抽挿は痛みしか感じない。桂人だって、こんなの気持ちよくないはずなのに。涙で視界が滲む。尻を突き上げて押さえつけられている自分が、まるで物になったみたいで。
『愛』なんてどこにもなかった。


 桂人が達して奥に出されたのを感じる。
 それで滑りが良くなったのかまた抽挿が開始された。快楽なんて拾えるはずがない。独りよがりのセックスの終わりを、ただただ傍観者のように待つ。

 一向に反応を示さない俺に痺れを切らして、桂人が繋がったまま、身体の向きを反転させた。


「っ……なんで……」

 漆黒の瞳が動揺したように揺れた。

「泣いてんの……」


 俺の瞳からはとめどなく涙が流れていた。
 悲しいのか、痛いのか、悔しいのか、恥ずかしいのか、わからない。

 男なのに、押さえつけられて、無力で。
 こんなに乱暴に抱かれるのも、自分よりも傷ついたような顔をする桂人の表情も、なにもかも意味不明だ。


「お、お前だって……」


 どうして俺がこんな目に遭うのか。
 理不尽だ。
 桂人だって毎週のように泊まりで出かけて、女の気配がしたくせに。
 そう思うと怒りがふつふつと湧いてくる。


「浮気……したくせにっ……」


 とうとう言ってしまった。
 時限爆弾の時計の表示が、ゼロになった。


「柳、どういうこと……?」

「しらばっくれんなよ、女がよくなったんだろ?泊まりに行くたびに、女もののシャンプーの匂いさせてきたくせに。俺とじゃ未来なんてないもんな。大体、好きだとも愛してるとも言われたこと無いし。俺のことなんて抱ければいいと思ってんだろ?その女を本命にするなり、結婚するなり勝手に──」

「柳──」


 桂人の声が一段と怒りを含んだ。情けないことにその怒りのオーラに気圧されて口をつぐんだ。

 下を向き、涙を流し続ける俺を見て、チッと舌打ちした桂人が俺の中から出ていき、そのままソファに俺を残してスタスタと台所まで歩いて行く。

 冷蔵庫を開け、大きめのタッパー片手に戻ってきた。

 なに?今、どんな状況なの?と丸裸で寝かされた間抜けな格好の俺は阿呆みたいな顔しかできない。


「これ」


 蓋を開けると、中には、所々こげついた何かが入っていた。

 本当になに?


「肉じゃが」

「……にく、じゃが……」

「実家で習ってた」


 実家……。
 車で三時間以上するって前に言っていた。結構遠い桂人の実家。行くなら泊まりにはなるよな。母子家庭って聞いたことがあるような。まさか、柔軟剤もシャンプーも……。


「お前、手料理食べたいって言っただろう」

「え……?」

「テレビ見てたとき」


 言った……かもしれない。
 そんなの自分ですら覚えていなかった。
 まさか、些細な一言で、料理のりの字さえも存在していなかった桂人が、実家まで帰って──そう思いつくと、どうしても堪えきれなかった。


「こげ……っ、すぎ……」

「これでも一番うまく出来たんだ。笑うな」

「……食ってもいい?」


 起き上がってタオルケットを身体に巻き、そのままダイニングテーブルまで行き、黒焦げの固まりに箸をのばした。


「…………かなりこうばしい」

「よく火を通せと言われた」

「………うまいよ。その、ありがとう。……誤解、だったんだな」


 正直に言えば焦げの味しかしないホクホクすぎる固まりだけど、何度も何度も実家で習ってくれたと思うと、不思議にどんな料理よりも美味しく感じてしまった。


「女なんて興味ない。柳しかいらないって、わからない?」

「わかんないよ。言ってくれないし」


 でも、想われているって、なんとなくわかった。
 この真っ黒焦げの肉じゃがが、自分の中の靄を全て消し去ってくれたような気がした。


「さっきも、痛かった」

「……ごめん。嫉妬した。電話の男に」

「……それは俺も悪かった。ごめん、もうしない」


 すっかり引っ込んだ涙に、桂人は優しく目を細めた。
 そうだ。
 この時々見せる優しい顔に最初からやられたんだったな、なんて。


「仲直り……する?」


 今度は、優しく抱きしめられて、そのまま寝室のベッドに沈められた。


 ◆◆◆


「あっ……桂人っ……」


 さっきからずっと、潤滑油を後ろに塗られ、指で傷がないか丹念に確認されている。一応、手酷く抱いたことは反省しているようだ。

 目立った傷もなく、ホッとしたと同時に、与えられる刺激がもどかしくて仕方ない。

 前立腺も器用に刺激してくる奴は本当にずるい。降参とばかりに兆してしまった俺のものを、躊躇いなく咥えられた。両方の刺激で達しそうになるが、欲しいのはこれじゃない。


「桂人がいいっ、挿入れてっ……」

 恥ずかしくも、懇願してしまった俺に、桂人は口端を上げた。いつもそうだ。ドロドロに溶かされて、変になる。それでも、縋り付いてしまうのは、やはりちょろい男なのだろうか。

 ゆっくりと気遣いながら入ってくる桂人のものに、先ほどは全く感じなかったのに、全てが蕩けるような麻薬みたいな快楽に支配される。

 呆気なく白濁液を放った俺に、容赦なく抽挿が開始される。


「柳っ──」

「ああ、イッたばかりなのにっ……お前っ、少しは手加減……っ」

「好きだ」


 飛びかけている時に、耳元で囁かれた。

 こんな時に言わなくても。
 そう思わなくはないが。


「俺もっ……桂人っ、好き……だっ」


 便乗して言ってみた。
 照れくささも、こんなドロドロになった中では麻痺してしまった、ということにしておく。

 俺の中で更に大きくなった桂人のものに。
 少しの恐怖を覚えながら。


 やっぱり恋は惚れた方の負けだ。

 そう思うのだった。






 END








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