ミスリード役のワガママ小物王女は、ひねくれた不憫系ラスボスを懐柔したい

いずみ

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永遠の愛の誓い

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 激しい行為の後に、深い眠りに落ちたガーネットのウェーブがかった豊かな髪を梳きながら、コークスは自分の人生を振り返っていた。

 幼い時は見た目のほとんど変わらないアダマスと自分に、どうしてこんなに差があるのかわからなかった。自分には無いものがアダマスには備わっていると信じる事で精神を支えていた時もある。

 成人してもお祝いの電報ひとつなく、その頃は完全に実家から見放されていた。このまま聖職者の道を歩むのも悪くないと考えた矢先に、幼少期からお世話になってきた司祭に「そろそろ上を目指す気はないか」と声をかけてもらえたのだ。
 育ての親同然である司祭はコークスの扱いに常に心を痛めており、コークスはこれでようやく恩返しができると胸が軽くなったのを覚えている。

 自分で自分の道を初めて決めた次の日。コークスはずっと疎遠だったジルコニア家に呼び出され、無理やり還俗させられたのだ。

 今思えば、親と離れ教会にいた時の方が心の平穏は保たれていたように思う。そもそも、親も比べられる対象であるアダマスもそばにいないのだから当然だった。

 いざ、アダマスのそばにつくようになると扱いの違いをより顕著に感じるようになりその事実はコークスの精神を確実に蝕んでいった。

 兄の補佐として初めはジルコニア公爵家の領地管理や公務をこなし、さらに騎士団の経理も兼任する事になっていった。果ては王族の雑用まで務めることになり、兄の婚約者であるガーネットの教育係まで押し付けられたのがおよそ半年ほど前の話しだ。

 コークスはガーネットが苦手だった。

 彼女の事を嫌っていたわけではない。嫌いと思えるほどにコークスは彼女の事を知らなかった。

 ただ、遠巻きに見てもわかるほど一途にアダマスに対してその愛情が注がれている事だけはわかった。

 ガーネットの空回りしている行為ひとつひとつが、まるで"家族に愛されたい"と願い、許容範囲を超えた仕事を受け入れる事で誰かに必要とされたがっている浅ましい自分を投影して、共感性羞恥により見ていられなかった。

 "お前は、我が家の宝であるアダマスの事だけを常に考えろ。出来損ないの貴様が余計な野心を持った瞬間にこの剣で貫いてやる"

 還俗してから父や母から毎日のようにこう言われ続け、早朝から深夜まで兄の補佐役となるべくすべてを叩き込まれた。
 出来なければ平気で鞭が飛んできて、脳みそが揺れるほどに殴られた事も何度もあった。
 元々双子は忌み子で不吉とされていた歴史もあり、母親の妊娠中に罹患した病の影響で視力が落ちた事がコークスとアダマスの明暗の差と知った時は、絶望を通り越して声を出して笑ってしまった。

 それでもコークスは、アダマスを兄として同じ男として尊敬していた。

 アダマスは、高位貴族ゆえか他人が自分のために動く事が当たり前という環境で生まれ育った人間であり、どんなに尽くしても別に感謝をしてもらえるわけでもなかったが、そんな事は関係なかった。
 コークスは段々と自分の存在意義は、アダマスの役に立っているかどうかで判断するようになっていた。

 ガーネットの態度が急に変わったのは、ちょうどそんな時だった。

 いつもアダマスに対して燃えていた愛の炎はすっかり消え、冷静に判断する為政者の片鱗を見せるようになった。ガーネットの突然の変化についていけず、彼女にひどい言葉を投げてしまった事は、今後コークスの生涯をかけて償っていくつもりである。

 あのダンスパーティの後にアレキサンドライト王の寝室で見た悍ましい光景は、幼いコークスが昔、教会裏の森で見た蛇の交尾を思い出させた。
 何人もの男達の太い腕や足を絡め合うその様子は、まるで互いを絞め殺そうとばかりに絡み合いうねうねと脈動し蠢く、あの時見た蛇の交接を彷彿させ、一気に吐き気を催したのだ。

 コークスは一年前の恥ずかしい場面を思い出してしまい、こんこんと眠り続けるガーネットへと再び視線を落とした。
 彼女の金髪をわけると華奢な肩が現れ、あまりの愛おしさにそっと指で撫ぜた。首筋に再び唇を這わせれば、ガーネットから可愛らしい吐息が漏れる。

 今、この瞬間を手に入れたとあれば、家族から蔑ろにされてきた過去も、教会に身を捧げる事が叶わなかった事も、唯一の兄に認められる事がなかった事も、全てがもうどうでもよかった。

「……愛しています、ガーネット。私は、永遠に貴女の側に」

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